表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

第18話 群れの影


夜明け前。


塔の結界は、まだ張られたままだった。

淡い光が、霧のように外周を包んでいる。

トールは、一睡もしていなかった。

眠れなかったのではない。眠らなかったのだ。


「……結界、持ってるな」


「今は、なだにゃ」


クロは、結界核の近くで座り、外を見据えている。


「だが、消耗しているにゃ」


トールは、その言葉を否定しなかった。

魔力を流し続ける感覚が、はっきりと分かる。


(……削られている)


十四歳の管理者が、魂ぐらいから少女を守った十一日目だった。




朝。


結界を、一段階だけ緩める。


「……これ以上、張り続けるのは逆効果だ」


「判断として、正しいにゃ」


クロは、短く言った。


「常時最大出力は、いずれ破綻するにゃ」


結界が薄くなると同時に、空気が軽くなった。


だが――

安心感はない。



バルコニー。


トールは、遠くの森を見つめていた。


風に揺れる枝。何の変哲もない景色。


「……見えるか」


「見えるにゃ」


クロも、同じ方向を見ている。


「魔力の濁りが、増えているにゃ」


「……集まってる」


魂ぐらいは、近くにいる。


姿は見えなくても、待っている。



応接室。


サヨコは、窓の外を眺めていた。


「……静かだね」


「静かな時ほど、危険だにゃ」


クロの声は、低かった。


「魂ぐらいは、獲物が逃げないと分かっている時、急がないにゃ」


サヨコは、小さく息を吸った。


「……群れで来る、んだよね」


「来るにゃ」


クロは、断言する。


「数も、知恵も、昨日とは比べ物にならないにゃ」


サヨコは、黙って頷いた。



昼。


トールは、蔵書階層にいた。


異世界転移、魂の帰還、霊体固定。


関連する書を、片っ端から開く。


「……肉体ごと、が多い」


ページをめくる指が、止まる。


「魂だけ、という記述は……」


少ない。


あっても、失敗例ばかりだ。そもそも、肉体ごとでも失敗例だらけだ。


クロが、背後から言う。


「方法がないわけではないにゃ、焦らず探すにゃ」


「……でも」


「時間が、足りないのも事実にゃ」


トールは、歯を食いしばった。



夕方。


三人は、同じ空間にいた。


「……ね」


サヨコが、静かに言う。


「わたしね」


「……何だ」


「帰るって、決めた時」


サヨコは、一度だけ目を閉じた。


「怖かったけど」


「……」


「それ以上に、ここに残る方が怖かった」


トールは、何も言えなかった。


否定できない。



「……トール」


「……ああ」


「無理しないで」


サヨコの声は、穏やかだった。


「師匠が帰るまで待てるなら、それが一番だと思う」


「……でも」


「でも、待てないかもしれない」


二人の視線が、自然とクロに向く。


「……群れが来る前に決断する必要があるにゃ」


クロは、淡々と告げた。



夜。


結界の外で、何かが鳴いた。


一体ではない。重なり合う声。


トールは、即座に立ち上がる。


「……始まる」


クロが、低く言った。


「これは、警告だにゃ」


「……」


「今回は、本気だにゃ」


サヨコは、静かに拳を握った。

逃げ場は、ない。

残された選択肢は、一つしかない。


「……トール」


「……分かってる」


トールは、はっきり答えた。


「準備する」


それは、戦う準備ではない。

別れの準備だった。



夜空の向こうで、赤い光がひとつ、またひとつ、瞬いた。

群れは、確かにそこにいる。


そして時間は、もう、味方ではなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ