第17話 魂ぐらい
夜。
塔の結界は、いつもより厚く張られていた。
淡い光が、円筒形の塔を包み込む。
「……これで、どれくらい持つ?」
トールは、結界核に手を添えたままクロに尋ねた。
「単体なら、十分だにゃ」
クロは即答する。
「だが、相手は“単体”じゃない」
その言葉が、静かに重かった。
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バルコニー。
月明かりの下、トールは周囲を見渡す。
何もいない。風の音だけ。
だが、見られている感覚が消えない。
「……来るにゃ」
クロの声と同時だった。
空が、一瞬だけ暗くなる。
次の瞬間、赤い光が点いた。
一つ、
また一つ。
「……二体」
「いや、三体だにゃ」
影が、結界に触れた。
ギィ……
金属を削るような、嫌な音。
結界が、わずかに歪む。
「……思ったより、重い」
トールは、歯を食いしばった。
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「侵入を、試している?」
クロが言う。
「知恵がある証拠だにゃ」
「……ただ突っ込んでくるだけじゃない」
「そうだにゃ」
クロは、赤い光を睨む。
「弱点を、探っているにゃ」
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トールは、結界に魔力を追加する。
木の魔法。成長と再生。
結界の膜が、内側から補強される。
「……耐えろ」
魂ぐらいが、一斉に鳴いた。
耳ではなく、魂に響く声。
サヨコは、応接室で膝を抱えるように浮いていた。
(……来てる)
怖い。だが、パニックにはならない。
(……トールが、守ってる)
それだけが、心を支えていた。
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数分。
それは、永遠のようにも感じられた。
やがて――魂ぐらいたちは、一斉に距離を取った。
赤い目が、闇に溶けていく。
「……退いた?」
トールが、慎重に問う。
「一時的だにゃ」
クロは、はっきり言う。
「様子見だにゃ」
「……次は?」
「もっと多い。もっと賢いにゃ」
トールは、拳を握った。
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結界の内側。
クロは、トールの前に座る。
「第一陣は、防いだにゃ」
「……でも」
「本命じゃないにゃ」
クロの目が、鋭く光る。
「魂ぐらいは、餌場を諦めないにゃ」
「……サヨコが、ここにいる限り」
「そうだにゃ」
言い切りだった。
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沈黙。
トールは、
結界の向こうを見つめる。
守れる。
今は。
だが、永遠には続かない。
「……クロ」
「何だ」
「オレ、間違ってるか?」
クロは、少しだけ考えた。
「いいや、にゃ
守ろうとした判断は、間違っていないにゃ」
「……じゃあ」
「だが、にゃ」
クロは、言葉を切る。
「今後も同じ判断を続けるのは、別の話だにゃ」
その言葉は、重かった。
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応接室。
トールは、サヨコの前に立つ。
「……あのね」
サヨコは、少しだけ笑った。
「わたし、帰ろうと思う」
トールは、息を呑んだ。
「……本当は、もっと前から決めてた」
サヨコの声は、震えていなかった。
「でも、言えなかった」
「……」
「ここにいると、誰かを危険にする」
「それは……」
「分かってる」
サヨコは、遮った。
「自分で帰ろうと思っても何もできないことは。結局はトール任せなんだけどね。」
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トールは、深く息を吸った。
「……オレが、必ず元の世界に戻す」
その声には、迷いがなかった。
「師匠が戻る前でも、方法を探す」
「……うん、ありがとう」
サヨコは、小さく頷いた。
「信じる」
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夜は、まだ続く。
結界の外では、何かが確実に準備をしている。
そして塔の中では、別れに向けた準備が静かに始まった。




