第15話 再報告
夜。
塔の中は、いつもより静かだった。
音が消えたわけではない。
魔力の巡りも、結界の脈動も、普段と変わらない。
それでも――
言葉にしない事実が、空気を重くしていた。
トールは、応接室の机に向かっていた。
白い紙。
ペン。
そして、
開かれた帳面。
「……整理しよう」
独り言のように言って、ペンを取る。
⸻
一通目の報告は、「異変が起きた」という連絡だった。
二通目は、違う。
判断の報告だ。
トールは、淡々と書き始めた。
『北部の調査、引き続きご苦労様です。
塔の管理は、現在も安定しています。
魔導ソーラーパネルについて、整備士による点検を受けました。機械的な異常は確認されていません。』
ペン先が、
一度止まる。
「……ここからだ」
⸻
『霊体吸引の前例が、過去に三件あることが分かりました。
一件は肉体へ帰還。
一件は消滅。
一件は記録不明。』
事実だけを書く。
感想は、
挟まない。
『今回の事象も、同様の性質による可能性が高いと判断されます。再発の可能性は高いとのことです。』
トールは、一度深呼吸をした。
⸻
『現在、異世界由来と思われる魂は無害で安定しています。私は引き続き、観察と保留を継続しています。』
ここまでは、前回の方針と同じだ。
だが――
次の一文は、違う。
『ただし、再発時には周囲への危険が生じる可能性があります。
オレの判断として、長期的な保留は望ましくないと考えます。』
書き終えた瞬間、ペン先がわずかに震えた。
⸻
クロが、机の端に座る。
「覚悟のいる文面だにゃ」
「……事実だ」
トールは、そう答えた。
「最初から何も隠していない」
クロは、何も言わなかった。
それが、承認だった。
⸻
封をし、魔力を込める。
通信術式が起動し、紙が淡く光る。
「……行ってくれ」
光は、静かに消えた。
⸻
返事は、思ったより早かった。
深夜。
応接室の空気が、わずかに揺らぐ。
「……来た」
紙が、机の上に現れる。
トールは、すぐにそれを開いた。
『状況は把握しました。判断も、妥当です。』
短い文。
だが、次の一行で、息を呑む。
『北部の件は、思ったより厳しい状況でしたが、目処が立ちつつあります。
可能な限り、早く帰還します。』
トールは、紙を握りしめた。
「……師匠」
⸻
クロが、低く言う。
「帰る準備に、入るということだにゃ」
「……ああ」
それは、安心であり、
同時に――
しかし確実な日付までをも約束するものではなかった。
⸻
応接室の奥。
サヨコは、静かに浮いていた。
トールが何かを書いていたことも、返事が来たことも、分かっている。
「……返事、来た?」
「ああ」
トールは、正直に答えた。
「師匠は、できるだけ早く戻るそうだ」
サヨコは、一瞬だけ目を伏せ、それから微笑んだ。
「……そっか」
声は、落ち着いていた。
だが――
その笑顔は、準備の始まりのものだった。
⸻
夜が、さらに深まる。
塔は、変わらずそこにある。
だが、これまでとは違う。
時間が、確かに前へ進み始めていた。
保留は、永遠ではない。
管理とは、先延ばしではない。
選ぶために、待つことなのだと。
トールは、その意味をはっきりと理解し始めていた。
十四歳の管理者が、師匠に意見を伝えた十日目だった。




