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第14話 整備士のおじさん


午前。


塔の前庭に、見慣れない男が立っていた。


年の頃は五十代半ば。日に焼けた顔に、肩から提げた工具袋。


「ワシは、魔導ソーラーパネルの定期点検に来た整備士じゃ」


名乗りは、それだけだった。


「トールです。留守を預かっています」


トールは、一礼して応じる。


クロは足元で、静かに男を見上げていた。


サヨコはあらかじめ来客が来た際は姿を見せない約束をしていたので蔵書階層に隠れていた。



「……バルコニーへ案内します」


塔の中へ入る前、トールは一瞬だけ、クロと視線を交わした。


(……サヨコは、上だな)


クロが、小さく頷く。

二人の間で、言葉はいらなかった。



バルコニー。


魔導ソーラーパネルの前で、整備士のおじさんは膝をついた。


工具を取り出し、外装を慎重に外していく。


「……ふむ」


「異音がするのですが、何か、分かりますか」


トールは、

必要最低限の質問だけをする。


「機械的な故障はない」


整備士のおじさんは、率直だった。


「回路も健全じゃ。劣化もない」


クロが、低く唸る。


「では、原因は外部だにゃ」


「その通りじゃ」



「……実はな」


整備士のおじさんは、工具を拭きながら言った。


「この魔導ソーラーパネル、霊的なものを引き寄せる例が、すでに三件ほどある」


その言葉は、塔の蔵書階層にまでとどいてしまった。



三階、蔵書階層。


サヨコは、本棚の陰に浮いたまま、息を潜めていた。


(……霊的な、もの……)


声は、下から聞こえてくる。

盗み聞きはよくないと思った。


けれど――

動けなかった。

声は届いてくる。



「一件は、肉体のある場所に無事戻せた」


整備士のおじさんの声。


「……残りは?」


トールの声。


「一件は、消滅させた」


サヨコは、思わず胸元を押さえた。


(……消滅)


「もう一件は、記録が途切れておる」


淡々とした説明。


だが、その淡々さが、何より怖かった。



バルコニー。


トールは、表情を変えなかった。


「……再発の可能性は」


「高い」


即答だった。


「この技術は、まだ新しい。完全な制御はできん」


クロが、静かに言う。


「つまり、また起きる」


「そうじゃ」



「……直せますか」


トールの問いに、整備士のおじさんは首を横に振った。


「パネル自体は、正常じゃ」


「ただし」


一拍置く。


「引き寄せる“性質”までは、消せん」



蔵書階層。


サヨコは、その場から動けずにいた。


(……戻れた人もいる)


(……でも、消された人も……)


自分が、どちらになり得るのか。

考えたくなくても、考えてしまう。


(……トールは、知ってる)


その事実が、胸を締めつけた。



点検を終え、整備士のおじさんは工具袋を担ぎ直す。


「ワシの仕事は、ここまでじゃ」


「……ありがとうございました」


トールは、深く頭を下げた。


「若い管理者よ」


去り際、整備士のおじさんは言った。


「判断を先延ばしにするのも、判断の一つじゃ」



整備士のおじさんが去った後、塔は静まり返った。


トールは、バルコニーで帳面を開く。


――魔導ソーラーパネル

 ・霊体吸引の前例あり(三件)

 ・再発の可能性、高


クロが、低く言った。


「……聞いていたな、にゃ。サヨコ」


しばらくして、蔵書階層からサヨコが降りてきた。


「……うん」


声は、落ち着いていた。


だが、その目は少しだけ揺れている。


「……立ち聞きしてごめんなさい」


「……いい」


トールは、

正直に言った。


「隠すつもりはなかった」


「……管理者として?」


「……ああ」


サヨコは、小さく息を吐いた。


「……知ってよかった」


強がりではなかった。


「知らないままより、ずっと」


クロが、静かに締める。


「消滅の可能性があるなら時間は、限られているにゃ」


塔は、変わらずそこにある。


だが――

三人の中で、

“終わり”が、

 はっきりと輪郭を持った瞬間だった。


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