第13話 魔法と身体
午前中の光が、塔の高い窓から差し込んでいた。
トールは、中庭に立っている。
結界の内側。安全が確保された空間だ。
「……確認する」
誰に言うでもなく、そう呟いて、魔力を練る。
木の魔法。癒しと成長を司る術。
これまで何度も使ってきた、慣れた魔法だ。
だが――
今日は、いつもと少し違う感覚があった。
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魔力を流す。
地面から、細い若枝が伸びる。
速度は速すぎず、遅すぎもしない。
「……制御、しやすい」
枝は、トールの意図通りの位置で止まり、それ以上は伸びない。
以前なら、少し過剰に成長していたはずだ。
「無駄が、減っているにゃ」
クロが、静かに言った。
「魔力の通り道が、整っている」
「……身体か」
トールは、自分の手を見る。
震えはない。息も乱れていない。
「身体が整えば、魔法も整う」
クロは、当然のように続けた。
「魔法使いが、体調を疎かにするのは、刃こぼれした剣を使うようなものだにゃ」
「……分かりやすいな」
⸻
次は、癒しの魔法。
軽く擦りむいた腕に、魔力を流す。
傷は、ゆっくりと塞がっていく。
「……速いにゃ」
クロが声をかけた。
「前より、自然だにゃ」
「……そう見えるか」
「うんだ、にゃ」
即答だった。
「無理してる感じが、しない」
トールは、小さく息を吐いた。
「……前は、無理してたんだな」
「自覚ができたなら、上出来だにゃ」
クロが、尻尾を揺らす。
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昼。
蔵書階層で、過去の記録を読み返す。
師匠の手記。訓練中の失敗例。
そこには、似たような記述があった。
――体調不良時、
魔法の制御が不安定になる。
原因は、魔力ではなく、身体側。
「……同じこと、書いてある」
トールは、ページをなぞる。
(読んでたはずなのに……分かってなかった)
「知識は、経験しないと本当にはならないにゃ」
クロの言葉は、厳しくもあった。
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午後。
軽い訓練を終え、トールは椅子に腰を下ろした。
疲労感はある。
だが、嫌な重さではない。
「……これなら、続けられる」
「続ける前提なのが、いいね」
サヨコは少し嬉しそうだった。
「無理して一気に強くなろうとしない」
「……師匠に、言われた」
トールは、遠くを見る。
「急ぐな、って」
「正しかったんだね」
「……ああ」
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夕方。
帳面を開き、
今日の記録を書く。
――魔法訓練
・制御性向上
・疲労感、軽度
・生活改善との相関あり
トールは、
ペンを置いた。
「……魔法は、特別な力だと思ってた」
サヨコが、静かに聞いている。
「でも、
身体の延長なんだな」
「うん」
サヨコは、柔らかく頷く。
「だから、生き方が出る」
その言葉に、トールは少しだけ考え込んだ。
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夜。
灯りを落とした塔の中で、三人はそれぞれの位置にいた。
「……なあ」
トールが、ぽつりと言う。
「オレ、前より……ちゃんと、生きてる気がする」
サヨコは、何も言わず、微笑んだ。
クロは、目を細めて言う。
「それが、成長だにゃ」
異音は、まだ消えていない。
だが――
それに向き合う準備は、確実に整ってきていた。
魔法と身体。
生活と判断。
それらが、ようやく一つの線で結ばれ始めていた。
十四歳の管理者が、魔法と身体の関係に気づいた九日目だった。




