第12話 整っていく生活
朝。
目が覚めた瞬間、トールは少しだけ違和感を覚えた。
「……?」
身体が、軽い。
昨日まであった、寝起きのだるさがない。
「……気のせい、じゃないな」
ベッドを出て、軽く伸びをする。
関節の動きが、滑らかだった。
「起きたかにゃ」
クロが、窓辺から声をかける。
「今日は、魔力の巡りもいいにゃ」
「……分かるのか?」
「分かる」
クロは、当然のように答えた。
「塔全体が、安定している」
トールは、その言葉を胸に留めた。
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朝食。
昨日の残りを活かした、簡単な食事。
だが、量も内容も、以前とは違う。
「……これ、作るのに時間かからないな」
「慣れればね」
サヨコは、いつもの位置で浮かびながら言う。
「ちゃんとした食事を作るのって、特別なことじゃない」
「……今まで、特別にしてたな」
サヨコは、否定も肯定もしなかった。
ただ、静かに見守る。
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午前。
結界の点検。
魔力を流した瞬間、違いがはっきりと分かった。
「……抵抗が、少ない」
「無駄な力が、抜けているにゃ」
クロが言う。
「魔法は、身体の延長だにゃ」
トールは、ゆっくりと頷いた。
(……師匠が言ってたこと、こういう意味だったのか)
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蔵書階層。
以前なら、昼前に集中が切れていた時間帯。
だが今日は、文字が頭に入る。
「……早いな」
ページをめくる速度が、自然と上がっていた。
「ね」
サヨコが、声をかける。
「顔色がいいよ」
「……そうか?」
「うん」
即答だった。
「余裕がある」
トールは、少し考えてから言った。
「……余裕って、作れるんだな」
「作れるよ」
サヨコは、優しく笑う。
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昼。
村へ行く準備をする。
「今日は、買い出しだな」
「うん」
サヨコは、どこか楽しそうだった。
クロが、念を押す。
「無理はするなにゃ」
「分かってる」
トールは、以前よりも軽い足取りで扉を開けた。
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夕方。
買い出しから戻り、新しい食材を並べる。
「……色が、違うな」
「食卓は、目でも食べる」
サヨコの言葉は、どこか懐かしさを含んでいた。
「……サヨコも、そう教わった?」
「うん」
「コハルの家?」
「そう」
短い会話。
だが、そこには温度があった。
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夜。
一日の記録を書く。
――体調
・起床時の疲労感、軽減
・集中力、維持
・魔力循環、良好
トールは、ペンを止めた。
「……管理って、こういうことか」
塔を守る。
魔道具を守る。
蔵書を守る。
そして――
自分を整える。
クロが、静かに言った。
「それができるようになった時、初めて“守れる”にゃ」
サヨコは、その言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。
「……良かったね」
「……ああ」
短い返事。
だが、その一言には確かな実感があった。
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塔は、今日も静かだった。
異音は、まだ消えていない。
だが――
トールの中には、揺らがない軸ができつつある。
整った生活が、判断を支える。
判断が、誰かを守る。
その循環が、確かに始まっていた。
十四歳の管理者が、整った生活を実感した八日目だった。




