第10話 料理という会話
夜。
炊事場に立つトールの背中を、サヨコは少し離れた位置から見ていた。
鍋に水を張り、乾燥野菜を入れる。魔道カセットコンロの火は安定している。手際も悪くない。
だが――
出来上がるものは、
いつも同じだった。
「……ね、トール」
「何だ?」
鍋を見つめたまま、短く返す。
「それ、悪くはないけど」
「……けど?」
サヨコは、言葉を選ぶように一拍置いた。
「体、もたないと思う」
トールの手が、
一瞬止まる。
「……具体的には?」
「炭水化物と、
タンパク質はある」
サヨコは、
指折り数えるように言った。
「でも、量が少ないし、種類も偏ってる」
クロが、床から口を挟む。
「ボクも、そう思っていたにゃ」
「……いつから?」
「三日前からだにゃ」
「言えよ」
「言ったにゃ」
クロは平然としている。
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トールは、鍋の火を弱めた。
「……お前、料理できないだろ」
「うん。魂だから」
サヨコは、あっさり認めた。サヨコは何も触ることができないのだ。
「でも、教えることはできる」
「……理由は?」
トールは、少し警戒した。
サヨコは、少しだけ視線を伏せてから言った。
「わたし、栄養士を目指してた」
その言葉は、静かだった。
「高校三年で、受験生で」
「……エイヨウシ」
聞き慣れない職だ。
「食べることで、体を作る仕事」
サヨコは、簡単に説明する。
「病気の人とか、成長期の子とか」
トールは、自分のことを思い浮かべた。
十四歳。
成長途中。
魔力を使う日々。
「……オレに、当てはまるな」
「うん」
サヨコは、即答した。
⸻
クロが、低く唸る。
「理にかなっているにゃ」
「……クロ?」
「魔力効率が、ここ数日でわずかに落ちている」
「……気づいてたのか」
「管理しているからにゃ」
トールは、鍋を見下ろした。
「……教えてくれ」
その言葉は、思ったより早く出た。
サヨコは、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……いいの?」
「管理の一環だ」
トールは、そう言い切った。
「体調を整えるのも、塔を守ることの一部だろ」
サヨコは、ふっと笑った。
「……真面目だね」
「ウエル師匠の弟子だからな」
⸻
サヨコは、鍋の中を覗き込みながら言う。
「まず、野菜を増やそう」
「乾燥じゃ、だめか?」
「だめじゃないけど、足りない」
「……買い出しか」
「うん。近くに野菜を売る店とかないかな」
クロが、即座に言う。
「村に商店があるにゃ。トールの許可されている行動範囲の内側だにゃ」
「……判断が早いな」
「管理者が迷っている時点で、補佐が動くにゃ」
サヨコは、少し楽しそうだった。
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その日の夕食は、結局いつも通りだった。
だが、違いが一つだけある。
「……明日から、変わる」
トールが、そう言った。
「急には無理だけど、少しずつ」
「それでいい」
サヨコは、優しく答える。
「食事は、積み重ねだから」
夕食後。
帳面に、新しい項目が追加された。
――生活改善
・食事内容の見直し
・外部調達、要検討
トールは、その文字を見つめる。
魔導ソーラーパネル。
結界。
蔵書。
そして――
食事。
守るべきものが、また一つ増えた。
だがそれは、重荷ではなかった。
初めて生きるための話を、師匠とクロ以外と共有した夜だった。
十四歳の管理者が、体調管理の必要性に気づいた六日目だった。




