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#006 麗音と愉快な仲間たち

「次呼び方間違えたら、お出かけ禁止だからね?」

「うー、気を付けるよぉ」

 会場の最寄り駅で降りた三人は、テレビでもよく見かける特徴的な形の建物を目指して歩く。

「切り替え切り替えっ、うんっ! 颯斗っ! 久しぶりだねっ!」

 覗き込むように身体をひねって、ビシッと敬礼を決める恵実。お調子者なところは得意ではいが、彼女の歌唱力の確かさゆえか、嫌いだと思ったことはない。

「ああ、久しぶり」

「この前の新しいやつ聞いたよーっ! やっぱり良かった、れ――颯斗っ!」

「恵実、三秒で覚えたこと忘れたりしてて、本当に大丈夫? もう少ししたら中間テストだよ?」

「あーあー聞こえなーい、テストなんて単語は私の辞書には無いですしー」

「今度は前日になって泣きついてこないでね」

「えっ、無理無理無理! 海奈に教えてもらわなきゃ古典とか絶対終わるんだよ? 知らないの!?」

「なんで私が無知を責められてるみたいになるのよ……」

 こうして寸劇を見ている分には、ネットで七色の声色を操る人気ユニットと評されるWitCherry(ウィッチェリー)だとはとても思えない。

〝心を惑わす蠱惑的な二人組〟だったり、

〝魔性の歌声でリスナーを魅了する異端の魔女〟だったり。

 二人はどこにでもいる女子高生にしか見えないし、実際、そうでしかない。

(あの人もそこら辺にいたりするんだろうな)

 そう考えていたら、会場入り口の待機列の最後尾に着いた。

「颯斗、何ぼーっとしてるのー?」

「何でもない」

「えー、何々〜、私気になるよ〜」

 シッ、と海奈が人差し指を唇の前に当てている。次いで一つ前の女子二人組を微かに指差していた。その顔は少し強張っている。

 右の子が横に向けたスマホの画面をもう一人に見せている。画面の向こうではWitCherryが歌っている。

(えっ、私たち!?)

(今下手に喋ったら気付かれるかも!)

(リスナーって本当身近なところにいるんだな)

 二人は一つのイヤホンをシェアしていて、外の声も聞こえるだろう。

 海奈が恵実ににじり寄って、口にチャックをするジェスチャーを何度も繰り返すから、恵実はぎこちない足取りで入場ゲートにまで進んだ。

 会場に無事入れたかと思うと、海奈は「友達のサークルに顔出してくるね!」とあっさりいなくなってしまった。

「れ――じゃない、颯斗、どっから回るー?」

「どこでも良いよ、俺は」

「えー、そんなこと言わずにー。ほらほら、気になるサークルとかない?」

 サークルカタログをぺらぺらとめくって見せてくる恵実だが、颯斗からすれば距離がおかしい。左右の距離は普通にゼロだ。

「うーん……」

「そんなんだったら、私が気になるところ片っ端から見て回っちゃうよ?」

「いや、それは……」

「何よー」

「お前全然止まらないじゃんか……」

「それが嫌なら、ほら、行きたいところ探すー!」

 少し離れた所で海奈は恵実のことを見守っていた。

 颯斗も誘おうと提案したのは海奈だった。コミギャに足を運ぶと言ってきた恵実はせっかくのチャンスなのに全くその可能性を考えもしていなかったというのだから、親友の恋路の前途が多難だと思わずにいられなかったのだ。

 実を言えば恵実が恋と言い張るそれは年相応のものではなさそうにも思えるのだが、それでも上手くいかなければ全力で涙するだろうし、だったら叶えてあげたかった。

(良い感じじゃない。頑張れ、恵実)

 本当色々手のかかる子なんだから、と思いつつも海奈の口元は弛んでいた。


 のんびり二周ほどした頃、恵実から〝合流しないの〜?〟とメッセージを受け取った。

 行き詰まったら助けを呼ぶように言っていたから、そろそろ限界なのだろう。

(手強い相手ね……)

 あのダウナーさについていける人などいるのだろうか。恵実の破天荒さなら釣り合いは取れていそうだとも思うが。

「おーいっ!」

 合流した瞬間、その声がして、海奈は今日のチャンスタイムが完全に終わったのを悟った。

「声デケぇよバカ」

 季節を間違えていそうな半袖のアロハシャツに短パンビーチサンダルの浅黒い男と、会場の女性陣の目を一手に集める西欧系の高い鼻立ち、シルクのようなプラチナブロンドの髪をより引き立てる黒いライダージャケット。黒いスラックスがそのスタイルの良さを強調してやまない。

「何や世界の悪意を感じるんやけど!」

「その顔で電波なこと言ってんじゃねぇ」

 関西弁のアロハ野郎・浅井あざい虎太郎こたろうの臀部を蹴飛ばしたのはモデル顔負けの汐留しおどめミシェル。

「あー! ハンちゃん! おせ――」

「恵実〜?」

 恵実は両手をバタつかせた。海奈が制止しなければ、ミシェルのことをハンニバル、虎太郎のことをおせんべとハンドルネームで呼んでいただろう。

「こたとミシェも遊びに来たの?」

「このボンクラが一人で行くのは気が引けるって言ってな。このガタイで何言ってんだか」

「もー、ハンちゃんはすぐそう言うこと言うんだからー。誰だってひとりぼっちは嫌だよ?」

 ミシェルは大きくあくびをした。すぐ近くのサークルの売り子の女性がその様子をまざまざと見ていた。

「せやんな、せやんな! 恵実はよう分かってるわ。颯斗といいミシェルといい、物言いが冷たいわ」

 巻き込まれた颯斗はムスッとした表情を虎太郎に向けた。

「ボサッとしてんなよ。蓮哉れんやのとこ行くんだろ」

「ほぇ? ゆー君出てるの?」

 夕戀の名前が出た瞬間、海奈はぴくっと硬直した。誰もその僅かな変化には気付かなかった。

「正確にはフリッカが出てる」

「フーちゃん出てるの? それらしい人見なかったよ?」

「今日は男の格好だしな」

「論より証拠や、行こ行こ!」

 五人揃って歩き出そうとしたところで、ミシェルが虎太郎の前に手を伸ばして待てのジェスチャーをした。

「お前はダメだ」

「えっ、なんでや!」

「お前だけ面割れっ割れなんだよ」

「は?」

「なんならこのイベントのパンフレットにも顔乗ってたな」

 大人数でいる時にあまり口を開かない颯斗の言葉に一同がさっと振り向く。

「目立ちすぎだろ、このお祭りハッピー野郎が」

「しゃあないやんか! この男前世界に晒さんと世界が損やろ」

「お花畑野郎の方がぴったりか。一緒に行動したけりゃ変装の一つでもしてこい」

 この中で唯一顔出ししながら歌い手をしている虎太郎を置いて、四人はミシェルを先頭に歩きはじめた。後方に「置いてかんで〜やぁ」とすがりつく声が聞こえるが、誰も同情する様子は見せなかった。


(セバスチャンだ)

(セバスチャンね)

(セバスチャン……)

 三人は思わず目で会話した。この切れ長の目の男性が実は女性だなどと誰が気付けるだろう。

「エイミー! ミーナ! 来てたんだ! うれしい!」

 中低音の声が左右のブースの出展者をびくっとさせた。フレデリカはぺこぺことお辞儀する。

「え、ミシェ、このフーちゃんの隣に立ってるすっっっごく可愛いお嬢様が?」

「ああ、蓮哉だ」

「なんで連れてきたんだよ! ってかなんでこんな勢揃いなんだよ!」

 クラシカルなドレスをまとった方は、声は高めだが男性とはハッキリ分かる。

「お前……こういう趣味があったのか」

「違う! 断じて違う! おい颯斗! その憐れみの目を今すぐやめろ! 僕が好きでこんな真似してると思ってるのか!」

「してるんじゃないのか」

「そんなわけないだろ! 罰ゲームだ! 罰ゲーム!」

「フリッカが執事をやりたいって言ってな、俺も虎太郎もほら、こんな格好できないだろ?」

 180cmを超えるミシェルと、ガタイが良すぎる虎太郎には確かに不似合いにも程がある。

「僕もできないよ!」

「似合ってるよ、蓮哉」

「海奈は僕の味方してほしいなあ!」

「お嬢様、ヒンイがおちますよ」

「フレデリカは茶番劇始めないで!」

「……よく分かんないが、蓮哉がやるって立候補したと」

「颯斗はめんどくさいからって雑にまとめるなよ! どうしてもやらせたいなら僕をゲームで倒せって言ったんだ! そしたらなんだ! 普段あんなに強くないだろ!」

「火事場の馬鹿力ってやつだね」

「お嬢様、おちつきなさいませ」

 颯斗は一歩下がった。学校ではこんなにも賑やかなメンバーに囲まれることは行事でもない限り存在しない。

 本来苦手なはずのこれが不思議と心地良く感じられる理由が、颯斗にはまだ分からなかった。

 盛り上がる面々は、颯斗がとても柔らかな笑みを浮かべて彼らを見ているとは気付かない。


 けれど、その表情を見逃さない少年が一人、遠巻きに口角を上げた。

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