#004 遠足はパニック味!
「勘弁してくれよ……」
渡部春文は額に手を当てて項垂れていた。
6班のメンバーの顔を改めて見回す。
鷺沼颯斗。無愛想の塊。不真面目ではないが協調性はない。
榊原夕葉。感情爆発ガール。基本的に鷺沼に対して怒っている。
葛西敦。お調子者の陽キャ。鷺沼とは話せるようだが役に立つかは。
藤川美陽。ゆるふわガール。榊原の手綱を握ってほしいが放任主義なのを知っている。
(何がどうなったらこうなる?)
何らかの作為というか悪意を感じずにいられない。
バスを降りてキャンプ場に着いた風上高校一行は実に楽しそうだ。この班を除いて。
バスの座席まで運がなく、最後尾が当たってしまった。二人が揉めないようにそれぞれ端に配置して、話ができる二人を隣に置いた結果、真ん中になった春文は完全に孤立した。学級委員長でもなければ仕切りたがりな性格でもない。できるかぎり平穏に過ごしたい文学少年なのに、このメンバーでは彼が頑張らないと何も始まらない。
「ほら、昼飯の準備するぞ」
喋ってばかりの女子二人に、動画を見ている男子二人。
「やるって言ってんだろ!」
声を張り上げると四人はしぶしぶ彼の方を向いた。
「他の班はとっくの前に取りかかってるぞ。俺らだけ昼飯作って終わりで良いのかよ」
「あー、それは嫌だね」
敦はまだ物分かりが良さそうだ。
男子が火起こしをしている間に女子が食材を切るという役割分担をして、颯斗と夕葉が関わらないように工夫していたはずだが、何かうるさいなと思ったら口論を始めていた。
「なんでだよ! どうしたら火起こししてる鷺沼と野菜切ってる榊原が揉めることになる!?」
「こいつの鞄があたしのの上に思いっ切り乗っかってんの! 有り得ないでしょ!」
「んなの知るかよ。べたっと寝かせやがって」
「葛西ー! 藤川ー!」
子猫の世話は親猫がちゃんと見てくれとよく言い聞かせてから、班長渡部は次の衝突が起きないように見守ることにした。
それでも肘がぶつかったのに謝らなかっただの、少しの間鍋を見ていてと頼んだら本当にただ見つめているだけだっただの、よくもまあそんなに頻繁に火種を燃え上がらせられるなと思うようなことがあった。
他班より随分遅れて出来上がったカレーは、普通に美味だったが、まとまりのない班員たちで作ったというスパイスのせいか昨年よりも成功に思えた。
「良いか、面倒事起こすなよ、ただでさえ目立つこの班をこれ以上目立たせるなよ」
敦と美陽は苦笑いをしているが、当の本人たちはそっぽを向いている。
「お前らだ! お前ら! とにかく一緒の方向に行くな! 極力離れてろ!」
颯斗にいたっては気怠そうに溜め息を漏らした。
「葛西、藤川、自分らのツレ、ちゃんと手綱握っておいてくれよな?」
「はいはい」
「はーい」
四人が二手に分かれたのを確認すると、ようやく春文は一息つくことができた。理科的にも快晴と言うにふさわしい空をようやく感じられたのが、午後二時も回ってのことだなんて。一緒に過ごしたい友人がいるわけではなかったから別に良いのだが、貧乏くじを引いたという意識はやはりあった。
「ま、これで俺もようやく自由だ」
大きく伸びをして湖畔へ歩いていく。彼の趣味のために、この時間が待ち遠しかったのだ。
「お前はあいつらの所行かなくて良いのか?」
颯斗が目をやった先では男子たちがフリスビーを飛ばして遊んでいる。
「良いよ。あいつらとはいつでも遊べるからね。颯斗はすぐどっか行っちゃうから、今日はせっかく一緒なんだし、ここにいるよ」
「そうか」
喜ぶでもなく嫌がるでもなく腰を下ろした颯斗に、敦はここ最近気になっていたことを聞くことにした。
「颯斗さ、何か良いことあった?」
「ん……?」
「最近機嫌良さそうに見えること増えたなって」
「あれに絡まれてイライラしてる日の方がよっぽど多いんだが……最近ハイペース過ぎるだろ」
「榊原さんのことは傍目には去年とさして変わらないように見えるけどなぁ。颯斗を喜ばせることがあったんじゃないか、って話だよ」
「何て言うか、モチベになるもの見つけた、的な」
「それ、かその人かな。よほど好みなんだね。颯斗に影響を与えるなんて、凄くない?」
「……確かに?」
昨夜目にしたしろももの絵が浮かぶ。深い海に沈んでいく最中の少女の絵。落書きとだけ添えられていたが、素人目には完成された絵として見ても何ら遜色がないように感じられた。僅かにこちらを向いた両の瞳は海中にいるにもかかわらず涙をこぼして見える。深い碧色をしたツインテールの毛先は海面に手を伸ばすかのごとく上を向いていた。
少女の肌は境界がほんのりと光るよう、淡くぼかしてあり、光と闇のコントラストが、見る者にそれぞれのストーリーを想像させる余地を与えているようだった。
こんなにも素敵な絵を描く人は、いったいどんな人なんだろう――
颯斗の中で、しろももに対するイメージが、ますます美化されて行く。きっと聡明で、可憐で、けれどどこか儚げな女性――別に、全然そうでなくても構わないが、彼の中では彼女はそのような輪郭を帯びつつあった。
魅力を感じるあまり、彼はその投稿をリポストした。コメントを添えようかとも思ったが、引用はいかがなものかと感じて控えた。
「いつもその顔してたら、モテそうだね。っておい、言ったそばから眉間にシワ寄せるなよ」
「サムいこと言わないでくれ」
「素直じゃないんだからさ」
敦の発言を受けて、少しだけ誰かと歩む未来を想起した。ぼんやりと隣にいる誰かは、特段誰に似てもいなかった。
衝突なく一日を終えられたことに春文がホッとしている頃、夕葉は話し相手の美陽が肩で眠ってしまって手持ち無沙汰だった。
リュックの外ポケットからスマホを出すと、Xを開いた。通知欄を何とはなしに確認すると、昨夜投稿したイラストが上場の反応を得ていた。
それからおすすめ欄をいくらかリロードしていたら、麗音の〝ねむ〟というポストが目に入った。たった二文字の呟きにしろもものイラストよりもリアクションがあった。本当に物凄い人気がある人なのだと感じれば、自然と彼のプロフィール欄に飛んでいた。
そして思いもしない光景に、呼吸が止まりかけた。
自分のイラストがリポストされている。二度見してしまったが、見間違いではない。どうやら彼は、しろももの絵を良いと思ってくれているらしい。熱い塊が腹の底からせり上がってくるような感覚を覚えた。それは凄まじすぎて、今すぐに絵を描きたいという欲求には結びつかなかった。その代わりに、夕葉にイヤホンを取り出させた。
プロフィール欄のURLを踏んで、彼のYouTubeチャンネルに飛ぶ。上から三つ目にあった『サラヌワカレヲ』に触れた。二十秒のイントロの後、低くもたれかかるような麗音の声が聞こえる。
ずっと一緒だった幼なじみは、今は離れ離れ。笑いかけてくるのは、駅の広告になった彼女。日常ですれ違う彼女はまるで彼にだけ声をかけないように青い。
〝背中を押した幼い僕をずっと憎むよ〟
麗音の涙がイラストでなく彼が落としたもののように見える。もしや麗音の実体験ではないかと思わせるほど、彼の声は震えて、強い。
きゅう、と胸が苦しくさせられる。夕葉の心は今、物語としっかり結びついていて、思わず鎖骨の中心に軽く握った拳を当てた。
ふいに横を向いた颯斗は、その仕草と横顔に、感情より速く、美しさを見た。




