8.魚釣り
願いごとを何でも叶えてやろう。
あの時の魔王様は憂憂とそう語っていた。
遊びを楽しむ為のスパイスとして、賞品を出そうと思っていたら、魔王様が先に提案した内容だ。
「願いごとか……」
正直、私に願いごとは無い。
いや、あるにはあるが、それは叶えていい願いではない。
とはいえ、何か願いを言わなければ、この状態はいつまでも続くだろう。
人類のことを考えるならば、それはそれで良いのかも知れないが、有るか無いか分からない魔王としての威厳が失われてしまう恐れがある。
それは……まあいいか。
とにかく、この願いごとを早く解決しなければならない。
「魔王様」
「あっ⁉︎ シロちゃんと約束してたんだった!」
私を避けるように出て行く魔王様の肩を、ガッと掴んで止める。
「魔王様、願いごとが決まったのですが、よろしいですか?」
「ええ〜……なんのことかなぁ〜……」
目を泳がせて必死に知らんふりをしているが、残念ながらネタは上がっている。
「私と遊びに行きませんか?」
「遊びに?」
「ええ、私の遊びに付き合って下さい。それが私の願いです」
◯
アウトドアな服装に着替えて、釣竿とバケツ、他の道具が入ったボックスを手に川辺を歩いて行く。
「なあ〜ロキ〜まだか〜?」
その声は、いつもとは違う服装の魔王様。
闇の衣を常時身に付けている魔王様だが、それを縮めて、私と色違いのアウトドアな服装に着替えている。
「もう直ぐ見えて来ます。……あそこが、今回の遊び場になります」
今回の目的地は、絶景の釣りスポット。
素晴らしい景色を楽しみながら、釣りをする。
その場合、かなり危険な場所だったりするのだが、私達は危険とは無縁の存在なので、その心配もない。
「おお、良い景色だ」
魔王様は腰に手を当て、渓流を眺めて満足そうに頷いている。
「岩場は滑りやすくなっていますから気を付けて下さいよ」
「分かってるって。これくらいで我が転ぶかわっ⁉︎」
「言った側から……」
浮遊魔法で魔王様を浮かして、ちょうど良さそうな場所に誘導する。
そこは砂利の上だが、近くには腰を下ろせそうな岩場もあり、川の流れも緩やかで、水面を泳ぐ魚の姿が見えていた。
「コホン。それで、釣りとはどうやるのだ?」
「説明するよりも、お見せしましょう」
釣竿に針と錘、ウキなどの仕掛けを行い、ねり餌を針に付ける。
川幅もそれほど広くはないので、軽く投げて仕掛けを落とす。それから直ぐに手応えがあり、リールを巻いて魚を釣り上げる。
「おおっ⁉︎ 凄いな! これで釣れるのか!」
「はい、これは小さいですが、大きい魚ともなると抵抗が強く、魚との駆け引きが楽しめますよ」
「おお、そうなのか⁉︎ じゃあ、早速やってみるぞ!」
魔王様は私から釣竿を受け取ると、川に向かって勢いよく投げる。そして、針は魔王様に引っ掛かり、一緒に投げてしまった。
「あああーーー⁉︎⁉︎」
どうしてそうなる?
と考えて、浮遊魔法を解除していないのを思い出した。また転んではいけないと、念の為に掛けた状態にしていたのだ。それでも、
「まさか、自らを飛ばすとは⁉︎」
正に驚愕である。
そんな魔王様だが、空中でくるんとして、見事に水面に着地した。
「おっおおー⁉︎ びっくりしたー⁉︎ 心臓が飛び出るかと思った」
「大丈夫ですか?」
「まさか我が餌になると思わなかったぞ。釣りとは恐ろしいな……」
「流石に、どこからツッコんだらいいのか困りますね」
情報量が多過ぎる。
気を取り直して、釣りを開始する。
魔王様が水面に着地した影響で、あの場所にいた魚は逃げてしまった。なので、撒き餌をして魚を誘き寄せておく。
「……釣れんな」
「釣りとはそういうものです」
「……暇だな」
「それも含めて、楽しむのが釣りなんです」
「……あっ……餌食べられた」
「餌を付けましょう」
「……釣りって、何が楽しいんだ?」
「魚を釣るのもそうですが、静かな時間を過ごして心身を癒すんです。楽しいとは、少し違いますが」
「……魚取るなら、魔法でよくない?」
「……」
「あっ、ごめん。怒った?」
「いえ、違うんです。……前にも、同じこと言われたので」
「そう、か? 前って、誰と来たんだ?」
「もう千年以上昔になりますが、小さな子供と行きました」
「ふーん……」
「魔王様?」
「ふーーんーーっ!」
「魔王様、もう少しお静かに。魚が逃げてしまいます」
「……ふーん……」
しょんぼりとした魔王様だが、その手に持つ釣竿に反応があった。
「おおっ⁉︎ 来たっ! どうするのだ⁉︎」
「リールを巻いて下さい。相手は大物のようです。焦らず、ゆっくりと、体力を奪いながら慎重に巻いて行きましょう」
言うのは簡単だが、これが難しい。
こちらが楽しむのと違い、魚は生きる為に必死に抵抗する。圧倒的な力差があるのならば、抵抗も大したものではないが、同じ力を持つのなら、その抵抗は水中にいる魚の方が有利。
「ぬおぉぉ⁉︎ 引っ張られるぅぅ⁉︎」
「大丈夫です。支えていますから、落ち着いてリールを巻いて下さい」
ふぬーっふぬーっと鼻息荒くリールを巻いて行き、着実に魚との距離を縮める。
しなる釣竿。
ギチギチと張る釣り糸。
職人により作られた両品なので、折れたり切れたりする心配はない。もし魚を逃すとすれば、魔王様の体力が原因だろう。
ならば、魚は逃げられない。
「ぬおーーっ‼︎‼︎‼︎」
何故なら魔王様は体力お化けだからだ。
釣り上げられた魚は空中を舞い、ピチピチと跳ね回る。
大きさからして、この川の主かも知れない。
これだけの大物を釣るのは、実力だけでなく相応の運も必要だろう。
「おめでとう御座います魔王様」
「うむ! 我が手に掛かれば、これくらいどうということはない!」
ぬははは! と高らかに笑う魔王様を横に、魚から針を抜き、水の入ったバケツに……入りそうもない。
仕方なく、魔法で水を空中に浮かせ、結界を張りその中に入れておく。他にも釣っていた魚を入れると、空中に浮かぶ水槽のようになってしまった。
魚の鱗がキラキラと光を反射して、様々な色を演出する。
よく見ると、魚の種類によって色が違っているようだった。
「……綺麗だなぁ」
「そうですね」
「この魚達はどうするんだ?」
「食べます」
「え?」
「この魚達が、本日の昼食になります」
「お魚さんが…………、酷い! どうしてそんなことを言うんだ⁉︎ お魚さんだって生きているんだぞ! それを食べるだなんて、この鬼! 悪魔!」
暇つぶしに人類滅亡させようとする奴に言われたくない。
「では、昼食はどうなさいます?」
「我慢する」
「そうですか……。仕方ないですね、魚は川に帰しておきましょう」
「いいのか?」
「ええ、サンドイッチはありますから」
あるんかい⁉︎ と魔王様が言ってる隣で、魚達を元の居場所に放流する。
針で傷付けてしまったので、回復魔法も忘れない。
ピチピチと跳ねていく魚達。
その先には、この川の精霊らしき姿が見えた。
青いタツノオトシゴの姿をしているが、内包する力は間違いなく精霊の物だった。
「おお、騒がしくしてしまったか? すまなかったな」
魔王様が告げると、精霊は首を振って否定する。
「そうか、ここは良いところだな」
そう言うと、精霊は嬉しそうにして姿を消してしまった。
ただ、それだけの出来事だった。




