6.早口言葉
「う〜ん、う〜ん、う〜ん……暇。暇だなー、暇だーなー、暇ー! 暇ー! ひ〜ま〜ひまっ暇っひまーっ!」
「何ですか、暇過ぎて暇の歌でも作ったんですか?」
「暇なんだー! もうこうなったら人類滅ぼすしかない⁉︎」
「暇つぶしに滅ぼされる人類が哀れで涙が出ますね」
人類が可哀想なので、今回も助けて上げましょう。
「魔王様、早口言葉という物をご存知ですか?」
「それくらい知っとるわい。生麦がなんちゃらだろう? まさか、早口言葉で遊ぼうとでもいうのか?」
キラリと目が光る魔王様。
まるで獲物を見つけた肉食獣のようだ。
「ええ、その通りです。早口言葉で勝負しましょう」
私が告げると、魔王様は下を向きクックックッと笑い始め、その声は段々と大きくなった。
「ふはははっ! 馬鹿め! 墓穴を掘ったなロキ! 我が早口言葉が得意なのを知らなかったようだなぁ! その勝負受けてやるぞ! 首を洗って待っておれよ!」
「待ちません、今からやりますよ。勝負というのですから、何か賞品が欲しいですね」
「賞品か。そうだなぁ、我に勝てば何でも願いを叶えてやろう」
「そうですか。では私は、私が出来る範囲の願い事を叶えることにしましょう」
「うむ、いいだろう」
玉座から立ち上がり、私に近付いて来る魔王様。
背の低い階段があるので、ちょうど良い高さになる。
目の前の魔王様の顔は勝ち確信しており、何をお願いしようか考えている様子だ。
どうしてそんなに自信があるのだろう?
そんな疑問はどうでもいいので、必要な人員を呼ぶ。
「では審判を呼びましょう」
「審判?」
「勝負ですので、公平なジャッジが必要でしょう。シロ、入って来なさい」
「なぬ、シロちゃんとな⁉︎」
扉が開かれて入って来たのは、獅子の獣人シロ。
今年四天王になったばかりの新人でもある。
「やっほー魔王ちゃん、遊びに来たよー」
「やっほーシロちゃん、今日は我の勝利する姿を見ていってくれ。あっ、あそこのお菓子食べていいから、飲み物は椅子の裏側にある冷蔵庫から取って」
えらく仲が良くなっているな。
これまでの四天王の中では最速ではなかろうか?
それにしても、ちゃん呼びか。
大変仲が良くてよろしい!
シロを四天王に選んで良かった。そう本気で思った瞬間だった。
「魔王様、ルール説明をいたします。シロが持つ用紙に、早口言葉が書かれています。それを三回噛まずに言えたら成功。途中で詰まったり噛んだりしたら失敗です。同じお題で間違えたら、どちらがより多く喋れていたかで勝敗を確定します。よろしいですか?」
「うむ、それで問題ないぞ」
「先行後行どちらになさいますか?」
「先行はロキでいいぞ、せめてもの情けだ」
「……本当によろしいのですか?」
「魔王に二言はない!」
このルールの場合、先行が有利だ。
先行が成功すれば、後行はプレッシャーにさらされ失敗する可能性が上がる。だというのに、自ら後行を選ぶとは、絶対の自信の表れだろう。
「では勝負を開始しましょう。シロ、お題を」
シロに指示を出すと、用紙をめくって一つ目のお題が出る。
「行きます。……生麦生米生卵! 生麦生米生卵! 生麦生米生卵!」
この程度の早口言葉ならば、まず噛むことはない。
魔王様の顔も余裕の表情で、まるで己の失敗を考えていない。
「流石は我が参謀「宰相です」、この程度で失敗はないか」
参謀になった記憶は無い。
有事の際は似たことをやったりはするが、誰も私を参謀と認識していないだろう。
「ロキさん成功、じゃあ次は魔王ちゃん」
シロが促すと、魔王様は準備に取り掛かる。
その様子をムッと見ながら、魔王様の挑戦を待った。
「その耳に刻め、我が早口を。…… 生麦生米生卵! 生麦生米生卵! 生麦生米生卵! どうだ⁉︎」
「おお! 魔王ちゃん成功! ロキさんよりも早い!」
「ふっ、シロちゃん、この程度朝飯前、さ!」
ファサとたなびく魔王様の髪。
その勝ち誇った顔は、真っ直ぐに私に向けられていた。
確かに魔王様の早口言葉は早かった。だが、
「魔王様、肉体強化の魔法は使用禁止とします」
「なにぃ⁉︎」
そう、魔王様は口から喉に掛けて肉体強化の魔法を使っていたのだ。
「なんで急に⁉︎ そんなの横暴だ横暴‼︎」
「肉体強化の魔法を使えば、誰でも成功してしまいます。それでは、永遠に決着が付きません」
「そっ、そんなの分からないだろう⁉︎ もしかしたら失敗するかも知れないじゃん!」
「そうかも知れません。ですが、今回は禁止です」
「そんな〜」
先程までの自信はどこへやら、一瞬でシュンとしてしまった。
そんな魔王様に、「魔王ちゃん大丈夫?」とシロが心配しており、改めて採用さ正解だったと確信する。
「うぅ、大丈夫。まだやりようはあるから」
「そうですか。シロ、次のお題を」
ペラッとめくられた用紙に、次の早口言葉が表示される。今度のはやや難しく、慣れなければ失敗するだろう。
「では…… 坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた! 坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた! 坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた!」
「おおー、成功です」
シロが拍手をして讃えてくれる。
それはいいとして、次は魔王様だ。
果たして、ちゃんと言えるのだろうか?
私はどうぞと、魔王様に順番を回す。
何やら微弱な魔力を感じるが、一旦見逃してみよう。
「……うおっほん! では…… 坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた。坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた。坊主がびょうぶに上手に坊主の絵を書いた……どうだ?」
「成功! 魔王ちゃん成功! 凄いよ魔王ちゃん!」
シロに成功と言われて、ふふんと勝ち誇っている魔王様。しかし、
「魔法で音を発生させるのも禁止にします。もはや、早口言葉でもありませんからね」
口パクやってドヤ顔はいただけない。
「ぐぬぬっ、あれもダメこれもダメと、ロキは我の母親か⁉︎」
「いやいや、それは流石にダメだって⁉︎ 口パクじゃ喋ってないよ⁉︎」
「く〜、シロちゃんまで味方に付けて、このスケコマシめ‼︎」
ただ私もシロも正論を言っただけというのに、酷い言われようだ。
しかし、スケコマシか……。魔王様は言葉の意味を知っているのだろうか? というか、誰から聞いたのだろう?
「魔王様、そのスケコマシという言葉は誰から教わりました?」
「スケコマシ? サリーがこの前「ロキ様は天然のスケコマシだから気を付けてね」と言っておったぞ。意味はしらん」
「そうですか……」
あの女、許さん。
「おっおい、大丈夫か? なんかドス黒い物が背中から出ているぞ」
「大丈夫ですよ、私はいたって冷静です」
いかんいかん、殺意が溢れ出てしまった。今は早口言葉の勝負の最中。余計な考えは、一旦横に置いておいて、後できっちりけじめを付けるべきだろう。
サリーの処分を考えつつ、次の早口に進むとしよう。
シロに目配せすると、そのシロがTの文字を作ってタイムを取る。
一体何があったんだろうか?
シロは魔王様をジッと見て、その小さな唇に触れる。
「魔王ちゃん、唇が固くなってる。それじゃあ発声も上手く出来ないよ」
「でも、どうすればいいんだ?」
「リラックスするんだよ。あと、リップロールをやったら柔らかくなるよ。たぶん」
「リップロール? どうやるんだ?」
シロはこうだよと言って、唇を脱力してプルプルと鳴らせた。何とも間抜けな絵面だが、魔王様は「おおっ! これで早口言葉が喋れるようになるんだな⁉︎」と勘違いをしてリップロールを真似し始めてしまった。
二人からプルプルという効果音が鳴り響き、何をやっているのだろうかと頭を抱える。
プルプルという音を聞きながら、「シロ、次のお題を」とお願いして、早口勝負を進めさせてもらう。
もう、この遊びも終わりにしよう。
ペラッとめくられた用紙には、かなり難しい早口言葉が書かれていた。
私ならば問題なく言えるが、これは魔王様では無理だろう。
とどめを刺す為に正面を向くと、プルプルと鳴らしながら半眼で私を見つめる魔王様の姿があった。
「……くっ、なんと卑怯な」
まさかこのような手で私の精神を揺さぶって来るとは、やはり油断ならない。
さっさと決着を付けようと、早口言葉を始めるとしよう。
「魔術師手術中、手術中集中術著述」
一度目は成功。
ほっとしながら魔王様を見ると、半眼と目が合った。
……大丈夫だ。まだ大丈夫。
「魔術師手術中、手術中集中術著述」
二度目も成功。
プルプルが変わらずに続き、半眼の部分が白目になっているが大丈夫なのだろうか? もしかして酸欠? 単に私を動揺させる為? その判断は付かないが、今は先に早口言葉を終わらせる。
「魔術師手じゅ「にゃっくし⁉︎」ちゅる……」
「あっごめんなさい、ロキさん失敗です」
シロを見ると、やっちゃったと舌を出して謝っていた。
こいつ、わざとくしゃみをして妨害したな。
「えっ⁉︎ ロキ失敗したのか⁉︎ やったー勝ったー!」
私が失敗して喜ぶ魔王様。
まだ決着は付いていないというのに、もう勝った気でいる。
シロが「もう一回やります?」と聞いて来るが、それを良しとしない私だと分かっているだろう。
「失敗は失敗です。認めましょう。では、次は魔王様の番です」
「ふっふっふっ、今こそロキをあの世に送ってくれるわ」
私を殺す気か?
そんなツッコミはせずに、魔王様はスーッと息を吸い込む。そして、
「魔じゅっ⁉︎ っ⁉︎⁉︎ あーーー⁉︎⁉︎」
舌を噛んで失敗した。
「あー⁉︎ イタイッ⁉︎ 舌噛んだ! 痛いよぉ〜‼︎」
と絶叫して泣きそうな魔王様。
「魔王ちゃん大丈夫⁉︎ 医務室にっ⁉︎」
「お待ちなさい、これくらいなら直ぐに治せます」
医務室に連れて行こうとするシロを静止して、魔王様の頬に触れる。魔力を込めて、回復魔法を使い舌の傷を癒す。
これくらいなら魔王様でも出来るのだが、やや混乱気味の状態では厳しいだろう。
「大丈夫ですか魔王様?」
「はひじょうぶ、助かったぞロキ」
「お気になさらずに、これが私のするべきことなので」
笑顔の魔王様を見ると、微笑みが溢れてしまう。
これも、遥か彼方となった昔を思い出したからだろう。
「ねえねえ魔王ちゃん、どうする? もう一回する?」
「うん、やる」
「待ちなさい、今のは失敗でしょう。もう一度というのは認められません」
勝負は勝負。舌を噛んで止まったのなら、それは失敗なのだ。
「でも、さっきロキさんにもう一回するかって聞いたじゃないですか? 公平にジャッジする為に、魔王ちゃんにも提案したんです。それを受けるか拒否するかは、本人次第と思うんですよ」
「くっ⁉︎ 審判が言うのならば従います」
確かに提案された。そのチャンスを蹴ったのは私だ。ならば、何も言えない。
「じゃあ、魔王ちゃん」
「うん、……行くぞ、魔ぶっ⁉︎⁉︎ あーーーーっ⁉︎⁉︎」
魔王様は再び舌を噛み、私は勝利した。




