5.ぬいぐるみ作り
私はシロ、誇り高き獣人だ。
そして、魔王軍四天王の一人でもある。
今年に入って、四天王だったモルボ様が高齢で引退することになり、代わりに私が入ったのだ。
四天王になるのは、もちろん簡単なことじゃない。
魔王国全土に四天王募集をかけられ、集まった強者の中からトーナメント形式で勝ち上がり、最後にロキさんの審査が行われる。
集まった強者でトーナメントを行い、優勝したのは私だった。
もちろん自信はあった。
獣人の中でも最強格の獅子族であり、その中でも期待のホープと呼ばれていたのだ。だからこそ、私は強いと本気で思っていた。
事実、トーナメントで優勝出来た。
確かに運もあったけど、それも含めて私の実力だ。
だからロキさんの審査なんて関係ないと思っていた。
「少々傲慢が過ぎますね」
睨まれただけだった。
それだけなのに、私は屈服してしまった。
腹を仰向けにして、服従のポーズを取ってしまった。
ロキさんは強い。
途轍もなく強い。
本能で分かる。
私なんて、塵芥に過ぎないほど強いと。
だから服従した。
だけど、魔王様はもっと強いそうだ。
魔王様のことはよく知らなかったけど、代替わりしているのか、とても可愛いらしい少女が玉座に座っていた。
ロキさんは魔王様は強いと言っていたけど、よく分からなかった。強いのかも知れないけれど、ロキさんほどではないと思っていた。
でも違った。
「にゃ⁉︎ 何だこれ⁉︎」
強い力がぶつかり合い、魔王城が激しく揺れる。
「シロは初めてか? 魔王ちんが癇癪を起こして、ロキ様が止めてんのよ」
同じ四天王の魔女サリーが教えてくれた。
さくらんぼを口にしながら、お色気が身体中から溢れ出している姿には、同性ながら魅力を感じてしまう。っていうのはどうでもよくて。
「これが魔王様の力……」
驚愕していると、魔王様の力はまだまだこんなものではないという。
更にサリーは、驚く情報を教えてくれた。
「どうして魔王軍の実力者が四天王選出に出ていなかったか知ってる?」
「え、そうなの?」
「気付いてなかったの……。私達四天王の仕事が、魔王ちんを抑えることだからよ。他にも仕事はあるけど、メインは魔王ちんのお相手。それが怖くて誰も参加しなかったんだよ」
知らなかった。
というか、採用する時に教えて欲しかった。それなら、四天王を辞退しているだろうから。
「まっ、基本的にロキ様が何とかしてくれるから、気にしなくていいよ。魔王ちんも優しいし、ロキ様相手じゃないと癇癪起こさないから」
何が気にしなくていいのか分からなかった。
とにかく恐怖でしかない。
どうか私に、そんな役目が回って来ませんようにと女神様に願うことしか出来なかった。
◯
だけど、私の願いは叶わなかったようだ。
「おおー! ぬいぐるみで一杯だ!」
私の部屋に入って、はしゃぐ魔王様を見て恐怖する。
「可愛い! 可愛いな! これはなんという動物だ⁉︎」
一つのぬいぐるみを持った魔王様に恐怖して、私は尻尾を振り回してしまう。
「えへへ、これ私のオリジナルのペンクジラだよ〜」
ペンギンの頭をクジラに魔改造した私のオリジナルぬいぐるみを可愛いと言ってくれた。
褒められた嬉しい〜。
「オリジナル⁉︎ シロが作ったのか⁉︎ 凄いな! 天才だな!」
「そんな言い過ぎですよぉ、ただ手先が器用なだけですから」
「何を言う、これは凄いのだぞ。自らの手で何かを作り出すのは尊いのだ! とロキも言っておったぞ!」
ロキさんの言葉かい。
不敬かも知れないけれど、そんな魔王様も可愛いなぁと思ってしまう。
「あれだったら、魔王様のぬいぐるみも作れますよ」
「本当か⁉︎ ぜひ作ってくれ!」
花が咲くような笑顔を見ると、こっちも笑顔になってしまう。
道具を取り出して、作成を行う。
サイズを決めて、型紙に魔王様の顔をデフォルメした顔を描く。髪型もデザインして、顔部分の作成に入る。
魔王様の髪は紫色、瞳は黄金色か。よく見ると、キラキラとした星のような物が見えて、吸い込まれそうになる。
顔を刺繍していくと、それを興味深そうに魔王様が覗き込んで来る。
可愛らしい顔が近くにあり、実家の妹もこんなんだったなぁとほんわかする。
「ほぉ〜、凄いなあ」
「そんなことないですよ、魔王様も慣れたら出来るようになりますよ」
「そうなのか? じゃあ、それが完成したら教えてくれ」
「いいですよ。簡単なのから始めましょう」
「本当か⁉︎ やったー!」
喜ぶ姿がとても可愛らしい。
とても強いはずなのに、まるで怖くない。
これじゃあ、魔王様というより魔王ちゃんじゃないか。
「魔王様って、魔王様というより魔王ちゃんって感じですよねー。あっ」
そんな感想が、つい口から出てしまった。
ぬいぐるみ作成に集中していると、口が滑ってしまうのは昔からだった。
やっちゃったーと魔王様の顔を伺うと、キョトンとしていた。
「魔王ちゃん? 別にその呼び方でも良いぞ。他の者らも、好きに呼んでいるからな。代わりに、シロのこともシロちゃんって呼ぶけどな」
「いいんですか?」
「構わん、魔王様とか堅苦しいだけだからな」
何でもないように言う魔王ちゃん。
そういえば、サリーも魔王ちんと呼んでいた。もしかして、サリーもサリーちゃんとか呼ばれているのだろうか?
「えっと……魔王ちゃん」
「なんだシロちゃん」
「えへへ、呼んだだけ」
「そうか、我も呼んだだけだ」
呼び方が変わっただけで、何だか友達のように思えて来る。
だからだろうか、ぬいぐるみを作っているのと合わさって会話が普通に出来るようになった。
「魔王ちゃんは、いつから魔王やってんの?」
「ずっと前からだ。あっ、このジュース飲んでいいか?」
「いいよ、コップそっちにあるから、勝手に使って」
「あいよー。あっお菓子もある、これもいいか?」
「いいよー。魔王ちゃんって今幾つなの?」
「んーと……千歳くらいだったかなぁ……」
「千歳⁉︎ 千年も生きてんの⁉︎」
まさかの年齢に驚愕する。
更に追求してみると、千年というのも曖昧で、実際はもっと生きているという。
「ロキなら我の年齢知ってるから、ロキに聞いてくれ」
「そうなんだ……でもこれじゃあ、魔王ちゃんっていうより、魔王お婆ちゃんだね」
「お婆ちゃん言うな⁉︎」
ムーとする魔王ちゃんが可愛い。
確かにお婆ちゃんって感じじゃないな。
でも、千年も生きているのなら、昔のことも知っているんじゃないかと気になった。
「ねえ魔王ちゃんは、女神様の姿って見たことある?」
「女神?」
「うん、女神マオトリー様。三百年前に降臨したみたいなんだけど、見たことない?」
「ああ、マオトリー教のね。我は見たこと無いな、ロキはそれっぽいのを見たことあるみたいだけど」
「えっ、ロキさんもそんなに生きてんの?」
「ロキは我よりも年上だぞ」
本日二度目の衝撃。
長寿な種族だとは思っていたけど、そんなに生きているとは思わなかった。というか、千年以上生きる種族なんて龍族の一部くらいしかいない。
でも、二人は龍族の特徴である鱗が無い。
「ロキさんの種族って何なの?」
「ロキか? ロキは神族だ」
「シン族?」
初めて聞く種族だ。
じゃあ、魔王ちゃんもシン族というものなのだろうか?
「違うぞ、我はちゃんとしたマ族だからな」
「そっか、魔族なんだ……魔族ってそんなに長生きだったっけ?」
「知らん」
そこら辺も、後で調べてみよう。
「……出来た。はい魔王ちゃん」
「おお! 可愛いぞ! これが我なのか⁉︎ 可愛い過ぎるだろう⁉︎」
出来上がった魔王ちゃんのぬいぐるみを渡すと、もの凄く喜んでくれた。
こんなに喜んでくれるのなら、作った甲斐があるというものだ。
「じゃあ、ぬいぐるみの作り方教えるね」
「よろしく頼むぞ、シロちゃん先生!」
先生なんて呼ばれたのは初めてだ。
やる気のある魔王ちゃんを見ると、こっちもやる気が出て来る。
ぬいぐるみの道具を渡して、授業に取り掛かった。
女神マオトリー
マオトリー教会が崇拝する女神様。
最後に降臨したのが三百年前の女神様。それ以前にも降臨しており、世界の危機を救っている。
世界の半分が国教としており、魔王国でも多くの人に崇拝されている。




