30.メンコ
次の町に到着すると、魔王様は早速露天商へと繰り出した。
「うーむ……なあロキ、我はこの歪なガラス細工は高名な者が作った物と見た」
「それは尿瓶ですね。ガラスで作られているのは珍しいですが、少なくとも高名な方の作品ではないですね」
尿瓶を手に取り、マジマジと見ている姿は大変シュールである。
この光景を見ていた周りの人達から、とても微笑ましい物を見るような目を向けられており、魔王様は手に持った尿瓶をそっと元の場所に戻した。
「しびんか⁉︎ そっかしびんか⁉︎ 我は分かっておったぞ! ただロキを試しただけだい!」
「そうですか、流石は……マオ様です」
危うく魔王様と呼びそうになった。
たとえ呼んでも、誰も信じないだろうが、念には念を入れておいた方がいいだろう。
早くこの場を去りたいのだろう、私の手を引っ張って、「行くぞ!」と急かして来る。
露天商はどの町でも行われているが、その土地の色が押し出されている。
前回の町では、肉料理が多く取り扱われていたが、ここでは野菜の具沢山スープが多く取り扱われている。
店によっても味が違い、甘いカボチャのコーンスープからピリ辛のスープまで揃っており、食事という面だけでも早々に飽きることはない。
「美味い! 星三つを進呈しよう、シェフお代わり!」
「いい食いっぷりだ! 食べる子は育つって言うからな、たんと食べてけ!」
お代わりは大盛りで提供されて、魔王様は勢い良く食べ始める。
「うぷっ……ロキ、あとは任せた」
「任せたではありません。ご自分で頼んだのなら、責任を持って食べて下さい」
「お前は鬼か⁉︎ 幼気な少女が苦しんでいるんだぞ、助けたいとは思わんのか⁉︎」
「ええ、まったく」
この世界でも上位に入るほどの年長者を、どうして助けたいと思うのだろう。
「ロキが冷たいっ⁉︎ いっ、いいのか? これを完食すれば、我は間違いなく動けなくなる。それだけではない、絶対にお腹壊すぞ、吐くかも知れないぞ! それでも助けようと思わんのか⁉︎」
「ええ、まったく」
キッパリと言い切ると、魔王様はしょんぼりして、ちびちびと食べ始めた。
しかも、助けを求めるようにチラチラと見て来る。
助ける気はなかったのだが、その様子を露天の店主も困ったように見ていたので、これ以上は迷惑を掛けるなと諦めた。
「はぁ、分かりました。スープを頂きましょう」
「はい!」
勢い良く私に渡すと、魔王様は走って行ってしまった。
小さな後ろ姿を眺めながら、スープに舌鼓を打つ。
「……ほう、これはなかなか」
魔王様が美味いと言い切るのも納得の味だ。
魔王国で製造されている調味料をふんだんに使用しており、現地の野菜と見事なコラボレーションを彩っていた。
とはいえ、ここに女神マオトリー教会は進出していないはずだ。一体どうやって調味料を手に入れたのだろうか?
その疑問も直ぐに解消される。
店主の胸元を見ると、女神マオトリー教会のロザリオが下がっていたのだ。
どうやら店主は教会の信徒のようだ。調味料もその伝手を使って手に入れたのだろう。
店主にそっと、「女神様のご加護が在らんことを」と耳打ちすると、とても感動しているようだった。
泣き出しそうな店主に器を返却すると、私は魔王様を追った。
◯
魔王様がいたのは、簡素な小屋が立ち並ぶ住宅地。
部屋の扉は布で仕切られており、鍵なんて付いていないような場所だった。
そこの一画に、子供達だけで集まっており、何故か魔王様も参加していた。
子供の集団の中心には、ガキ大将らしき子供の姿がある。どうやら彼がここのリーダーで、様々な遊びを考案しているようだった。
「いいか、これを振りかぶって、こうだ‼︎ 分かったか?」
少年が実践を交えて提案した内容は、木の板を地面に叩き付けて、他の木の板をひっくり返すという遊び。
私の知る、メンコという物に良く似ていた。
「じゃあ、誰からやる?」
「うむ、では我が勝負を受けてやろう」
子供達の中から、急に出て来た魔王様。
みんな、「誰?」といった顔をしている。
「ほれ、我に勝てば褒美をやるぞ」
それでも魔王様の、我こそが世界の中心だぞという態度に子供達は呑まれてしまう。
「じゃ、じゃあ俺がやるよ……」
名乗り出たのは、ガキ大将らしき少年。
彼が考案したのだから、一番知っているのも彼だ。
魔王様は、何枚もある木の板から一枚を選ぶ。どれも手の平サイズではあるが、その中でも一際大きな物を選んだ。
「まさか、魔王を選ぶなんて……」
ガキ大将が狼狽している。
どうやら、木の板一枚一枚に名前を付けているようだ。
「ふっ、ならば我にこそ相応しい板だな……」
何を言っているんだ?
内心、意味の分からない言葉にツッコミつつ、様子を見守る。
「じゃあ、俺は勇者アーバンを選ぶぜ!」
「勇者アーバン……また懐かしい名前が出て来たな……」
勇者アーバン、四百年前に実在した勇者。
出身地はここから近く、その名にあやかり特産品などにもアーバンの名が多く使われている。
そんな事情はさておき、板を使ったメンコである。
「ふははっ、先手は譲ってやろう」
「せんて?」
「先にやっていいよ、って意味だ」
優しく教えてあげるのは、年上だという自覚があるからだろう。
魔王様はその場でUターンすると、一歩下がって魔王を置く。
挑発するようにガキ大将にニヤリと笑う。すると、
「ぜってー負けねー!」
と、ガキ大将に気合いが入っていた。
勢い良く振り上げられた手から放たれる勇者アーバン。
狙い通り魔王の端に当たるが、残念ながら浮き上がることは無かった。
「くっ⁉︎ 俺のアーバンがっ⁉︎」
「残念だったな、勇者アーバンでは我には勝てん!」
後攻の魔王様は、正確に端を捉え、勇者アーバンを空中に浮き上がらせる。
くるくると回りながらも、勇者アーバンは地面に着地する。
だがしかし、裏面が上になっていた。
「あーーっ⁉︎⁉︎」
「ふっ、敗者の悲鳴は聞くに堪えんな」
勝利した魔王様は、一際態度がでかくなる。
「さあ、次の相手は誰だ⁉︎」
調子に乗った魔王様は、子供達全員と勝負する気のようだ。
負けん気の強い子供達は次々と挑むが、残念ながら魔王様には勝てない。
子供達が勝てない理由は二つある。
魔王様の肉体のスペックは、人の子供と差して変わらない。ここの子供達と身長も変わらず、条件は同じに見えるが、実はそうではない。
決定的な違いは、体の太さだ。
魔王様は最高級の食事を毎日のようにして、健康な肉体を作っていた。それに対して、ここの子供達は痩せ気味である。明らかに食事が足りていない。
魔王国では貧弱な肉体の魔王様でも、ここでは恵まれた肉体を得ていることになるのだ。
これが一つ。
そしてもう一つだが、単純にズルをしている。
魔王様は板を地面に置くとき、必ず半回転している。
これで、地面に数ミリの窪みを作り、当たっても衝撃が伝わらないようにしているのである。
もう大人気ない。
配下として、とても恥ずかしく思う。
せめてもの罪滅ぼしに、
「おにいしゃん、あいあと」
「いいんですよ。こちらこそ、遊んでくれてありがとうございます」
子供達にお菓子と食料を配っておく。
あと、病気になっている子もいたので、ついでに治しておく。
本来なら、こういう施しをするべきではないのだが、魔王様と遊んでくれたのだから、これくらいは良いだろう。
「次だ次! 我に挑む者はいないのか⁉︎」
勇者アーバンから始まり、賢者ポン、狂戦士ザク、賢王シャマ、大魔術師トック、遊び人マコト……と全てをひっくり返してしまった魔王様。
残念ながら、もう次の挑戦者はいない。
勝ち続けて気持ち良くなっているのか、魔王様は「敗北を知りたい」と満面の笑みで呟いていた。
「少し失礼しますね」
私に寄りかかっている子供達を退かして、魔王様に歩み寄る。
「では、次は私のゴッデスが相手になりましょう」
懐から板を取り出して名乗り出る。
「ふんロキか、今の我は最高に調子が良いぞ。ロキが相手でも負ける気がせんな」
「そうですか、では先行をどうぞ」
「我を舐めているな? その澄ました顔、今直ぐ吠え面かかせてやるわ‼︎」
はいはいと適当に返事をしつつ、私は地面に板を置く。
それを見て、ふっと笑った魔王様は大きく振りかぶり、今までにない勢いで魔王を叩き付けた。
これまで通りなら、板は空中を彷徨っていただろう。
「馬鹿なっ⁉︎」
残念ながら、私のゴッデスは微動だにせずそこにあった。
「では、次は私の番ですね」
「まっ、待って直ぐに準備するから⁉︎」
魔王様はその場で一回転二回転すると、念入りに地面に窪みを作りセットした。
明らかにズルだが、別に問題は無い。
何故なら、私もズルをしているからである。
「ふっ!」
「なーーっ⁉︎⁉︎」
私が放ったゴッデスは、多少の窪みなどお構いなしに衝撃を伝え、魔王を跳ね上げて見せた。
くるくると回りながら落下した魔王は、立つように着地した。
「おおー⁉︎」
魔王様は期待するように見ていたが、板は半ばから割れてしまい、裏面が上になるようにして倒れてしまった。
「魔王ーーーっ⁉︎⁉︎」
魔王様が割れた魔王を手にして震えている。
「おのれゴッデスめ⁉︎ この鬼! 悪魔! カツラ! チビ! デブ! うんこ野郎ぉー‼︎」
「女の子がそんな言葉使うんじゃありません。他の子に悪影響です」
罵声を言うのはいいのだが、子供達の前ではやめてほしい切実に。
「ロキ、もしかしてズルしたのか⁉︎ そのゴッデス見せてみろ!」
「どうぞ」
「むむむ〜……あっ、ここに穴がある⁉︎ これでズルしたんだろ⁉︎」
「違いますよ、それは元々入っていた物です。その魔王にも、虫に喰われた箇所があるでしょう」
私がズルをしたのは、ゴッデスに何かをしたわけではない。ゴッデスの元になった素材が特殊なのだ。
天界に存在する神樹。
これを木の板に切り取っただけだ。
天界に生息する樹木なだけあり、防具の素材にすれば大抵の衝撃を受け止め、武器にすれば威力を倍増してくれる。更に、砂漠すら緑に変える肥料にもなる、とても万能な樹木なのである。
これを使ったのが、私のしたズルだ。
「くっ⁉︎ ……望みはなんだ? 世界の半分が欲しいのか?」
「何を言っているんです。魔王様に叶えてもらう願いなんて何も……ああ、ありました」
「なっなんだ⁉︎」
「この子達に、明るい未来が訪れるように祈って上げて下さい」
「へっ? そんなことで良いのか? 仕方ないなぁ〜、一回だけだぞ」
軽く言っているが、これはこの子らに取って未来を左右する一大事だ。
この世界の最強で神聖な存在となったトーリ。
魔王様の内にいる彼女が祈れば、この子らの体は健康に育ち、精神も安定し、努力次第で幸運にも恵まれるようになる。
ある意味、最良の加護をこの子供達は得られる。
「どうか、この子達が、健やかに、育ちますように〜」
滅茶苦茶適当ではあるが、加護は確かに与えられた。
次で最後。




