29.女神トーリ(遊び無し)(千年前の話)
その星喰いは、とても可愛らしい見た目をしていた。
丸い顔にふっくらとした頬、ぱっちりお目々に、緩やかな弧を描いた口。ずんぐりとした体躯に短い手足。可愛い服も着用しており、頭にはとんがりハットが被せてあった。
見た目だけなら、とても可愛らしい。
でも、可愛らしくない部分もある。
それは大きさ。
山よりも巨大な体躯は、そこにあるだけで威圧感を放っており、手にはこれまた巨大なフォークが握られていた。
周囲を見渡すと、生き残っていたはずの神族はどこにも見当たらなかった。
恐らく逃げ出したのだろう。
残っていたのは、戦闘を得意としない神ばかりだった。
今ここでは、懸命な判断だと言えよう。
背後を見ると、結界の中で丸まったトーリの姿がある。その姿は、まるで蛹のようにも見えて、大きな何かが生まれそうな予感があった。
「娘が対話をしているんです。邪魔しないでくださいね」
私が呟くと、のしのしと衝撃を放ちながら体を動かした星喰いが、フォークを振り下ろして来た。
「ここではやめて下さい」
巨大な結界で星喰いを囲むと、重力を無視して天界の端まで弾き飛ばす。
転移魔法で追い付くと、結界を解除して特大の魔法を食らわせる。
その魔法は、大口を開けた星喰いに食べられてしまい、体内で轟音を立てて爆発した。
だが、それが美味しかったのか、はたまた楽しかったのかは不明だが、目を輝かせて、大地震のようなステップを踏みながら加速して行く。
やがて大気が爆発したかのような衝撃が巻き起こり、星喰いは砲弾のように突進する。
「くっ⁉︎」
様々な魔法で攻撃を加えて行くが、星喰いの勢いを止めることは出来ない。
攻撃を諦めて、幾重にも結界を張り防御に徹する。
星喰いはフォークを使い、展開する結界に突き刺すと、先程のお返しとばかりに遠くへと投げ捨てられてしまう。
視界が回転しながら、どちらが上で下かも分からずにシェイクされてしまう。
だが、この程度ダメージを負うほど、今の私は弱くはない。
転移魔法を使い結界内から脱出すると、目の前にフォークが迫って来ていた。
咄嗟に避ける。
だが、これが選択ミスだった。
フォークはいつの間にか星喰いの手の中にあり、それはつまるところ、私の目の前には星喰いがいるということだ。
大きな口が開き、破壊の光が放たれる。
カッ! という閃光を浴びて、全身を焼かれながらまた吹き飛ばされてしまう。
声を上げる余裕もなく、痛みで思考を止める暇も無く、ひたすらどうやるか考え続ける。
今のままでは削り殺されてしまう。
神族が残っていても、このレベルの星喰いが相手では半数が犠牲になっていたであろう、理不尽極まりない強さ。
私の力が上がっていたとしても、勝てる相手ではない。
ならば、次元の狭間に追い返すしかない。
結界を最大限まで展開して、破壊の閃光を防ぐ。
キィーン‼︎ と硬質な音が鳴り響き、展開した結界が大きく揺らぐ。
この攻撃も、あの星喰いからすれば全力のものではないだろう。
今はまだ遊びの段階。
何としても本気になる前に、追い返す。
覚悟を決めると、星喰いの真下に転移する。
大量の魔力を消費して、再び奴を結界で閉じ込める。
「はあぁーー‼︎」
そして、真下に次元を切り裂き狭間を生み出すべく力を振り絞る。
次元を切り裂くのはそう難しくはない。
だが、これほどの力を持つ存在を通すとなると、全力を振り絞って開けるかどうかだ。
成功しても、私はその場から動けなくなるだろう。
だが、やらなければこの世界は終わる。
娘の住む世界が終わる。
「おおおーーー‼︎‼︎」
次元の狭間を開けると、そこにはまだら模様の世界が広がっていた。
空間が激流のように流れており、無防備に飛び込めば一瞬で分解される恐ろしい場所。
そこが星喰い達の世界。
何をされるのか理解したのか、結界の中で暴れ始める星喰い。
結界のまま落とせば、しばらく流されてこの世界にたどり着くのは難しくなるだろう。
「落ちよ!」
次元の狭間に落とすと、星喰いの姿は一瞬で消えて無くなった。
直ぐさま次元の狭間を閉じる為に、残りの力を使う。
まるでガラスが修復されるかのように元に戻って行く空間。
これで一安心だと安堵した瞬間、それは間違いだと知る。
閉じたはずの空間が砕かれて、別の星喰いがこの世界に侵入して来たのだ。
「カッカッカッ‼︎‼︎」
「馬鹿な⁉︎」
新たな星喰いは、先ほどの可愛らしい見た目とは違い、昆虫に似た特徴を持っていた。
大きさは先ほどの星喰いよりも、やや小型。頭部はクワガタ、甲虫の胴体に腕はカマキリ、目は無く、代わりに斑点のように全身に空洞が開いていた。
「なぜ別の星喰いがっ⁉︎」
周囲一帯に振られる刃を避けるが、不可視の刃に全身が切り裂かれてしまう。
「かはっ⁉︎」
おかしい、星喰いの近くには他の星喰いはいないはず。
星喰いにはテリトリーという物は存在しないが、近くにいれば星喰い同士で争う習性を持っている。
星喰いの目的は、あくまでも膨大なエネルギーだ。
その膨大なエネルギーを持つのは、世界だけでなく星喰いも同じ。だからこそ、出会えば争いが起こり、どちらかが食い殺されるのが常だ。
それなのに、別の星喰いが現れた。
何が起こっている?
嫌な予感がしながらも、私は顔を上げて星喰いを見る。
星喰いは空洞から高密度の毒を発して、世界を侵して行く。
結界を張り毒の侵入を防ぐが、その結界さえも毒に犯されて崩れ始めてしまう。
「厄介な」
魔力も残り少ない。
切られた傷を癒す余裕もなく、今張っている結界が崩れたら、私も毒を浴びることになるだろう。
考えろ、どうするか考えろ。
思考を加速させて、どう切り抜けるか考え続ける。
だが、それは無駄だった。
どうやら毒に満たされた世界は、奴のテリトリーになるらしい。目の無い星喰いは、テリトリー内を感知して、異物を始末する。この星喰いは、そういう習性のようだ。
私を感知した星喰いは、私に向かって鎌を振り下ろす。
そう、考えるのは無駄だった。
「……トーリ」
「呼んだ? お父さん」
巨大な鎌は、トーリの手によって止められていた。
「ええ、無事で何よりです」
「うん、お父さん動ける?」
「不甲斐ないことに、魔力も無く傷だらけで動けません」
参りました。と微笑むと、トーリは「じゃあ仕方ないね」と私を回復させて魔力まで与えてくれた。
「助かりました。ありがとうございます」
「なんのこれしき」
得意げにふふんと鼻を鳴らして胸を逸らす。
トーリの見た目は星喰いのままだが、その内面は人の時のトーリの物だ。纏う雰囲気も私の良く知る物で、ほっと安堵する。
対話は上手く行ったのだろう。
「あれ、倒しちゃうね」
「無理はしないでくださいね」
「それはお父さんでしょ?」
「これは、私の使命ですから。……トーリは誰かに言われましたか?」
「……うん、殺した人達の使命を引き継げって言われた」
予想していたことだが、当たってしまった。
それは、とても残酷なことだ。
この先トーリは、人として生きられなくなり、新たな神として、世界を守り続けなければならない。
アックス君とも、もう……。
私の気持ちを察したのか、トーリが微笑む。
「気にしないで、私もう受け入れてるから! じゃあ、行って来るね」
「はい、ご武運を……」
トーリはその場から消えると、次の瞬間には星喰いが殴り飛ばしていた。
それは、戦いとは呼べない一方的な物だった。
昆虫の星喰いは可愛らしい星喰いよりも格下だが、それでもこの世界を滅ぼす力は持っていた。
それが燃やされ、氷漬けにされ、分解され、粉々にされた。
それでも死ねないのが星喰い。
即座に再生して、元の姿に戻ってしまう。
「うーん……どうやって倒すんだろ?」
対してこちらは、初めての戦いである。
少しの魔法と、ただ己の力で殴り続けているだけで、決定的な攻撃方法を知らない。
私はトーリの側に転移する。
「トーリ、神を葬った力を覚えていますか?」
「んー……イマイチ? 分かるような分からないようなぁ〜」
「星喰いを殺すには、その命が尽きるまで殺し続けるしかありません。ですが、トーリが使った特殊能力ならば、星喰いを簡単に殺せるかも知れません」
トーリには使えるという確信があった。
何故なら、その力があるからこそ、世界に目を付けられたのだろうから。
「……なんか、出来そうな気がする。うん! やってみる!」
再び姿を消すトーリ。
単に移動しただけなのだが、力を与えられた私ですら視認するのが難しい。
それだけ、トーリは規格外の強さを手にしたのだろう。
再生を終えた星喰いは、毒を撒き散らして怒りを露わにする。
背中の羽を広げて、無数の刃を発生させると、再び肉体凍り付いた。
いや、凍り付いたのではない、動きが完全に止まったのだ。
動きを止めた星喰いの側にはトーリがおり、その巨大な体躯に触れていた。
「んーと……こう!」
変化は劇的だった。
星喰いは結晶化し、高速で体が縮んで行く。
やがてトーリの手に収まるほどの大きさの球体になり、そこから滲み出る何かがトーリの中に吸い込まれて行く。
「すーーーーっ……ふーーーん⁉︎⁉︎」
満面の笑みを浮かべて、頬を紅色させるトーリ。
きっと、吸収した力が膨大で、突然の快楽に頭が酔いしれているのだろう。
トーリの目が周囲を探る。
そして、私と目が合った時、それは獲物を見付けた肉食獣のそれだった。
即座に結界を張る。
拳が衝突して、結界ごと殴り飛ばされてしまう。
何度も何度も殴り付けられて、結界を破壊され、更に張り直す。
それを何度も続けていると、トーリの苦しむ顔が見えた。
何も考えていなかった。
ただ、私は結界を解除した。
「トーリ……。私は、いつまでもあなたの味方ですよ」
私は両手を広げて、トーリを受け入れる。
拳は腹を貫き、特殊能力を使おうとする直前、トーリの手が震えるように止まった。
それから、治癒魔法を使いながらゆっくり引き抜かれる。
腹部は完全に治り、他の傷も癒やされていく。
だが、心に傷を負ってしまった子供がいた。
「……なんで? ……なんで逃げないの? もう少しで死んじゃうところだったんだよ⁉︎ 私を置いて逃げることくらい出来たでしょ⁉︎ 早く逃げてよ‼︎ 私、化け物なんだよ‼︎」
「泣く子供を置いて、逃げる親なんていませんよ」
泣く顔が私を見上げる。
「それに、化け物なんかではありませんよ。あなたは、私の大切な娘なんですから」
「お父さん!」
まるで子供のようにわんわんと泣くトーリ。
いや、まだまだ子供だったなと思い直し、頭をそっと撫でる。
何も言葉は掛けない。
気の済むまで泣いて、落ち着いたらどうするか考えたらいい。
しばらく泣き続けたトーリは、段々と落ち着いて来て、私から離れる。
「落ち着きましたか?」
「うん」
「では、帰りましょう。アックス君も待ってますよ」
そう言って手を差し伸ばすと、トーリは私から離れた。
「……お父さん、私を封印して」
突然の言葉に、私は意味を理解するのに時間を要した。
「…………封印、ですか? どうしてそう考えたんですか?」
「もう、大切な人を傷付けたくないよ。もしも、また同じようなことになったら、我慢出来る自信がない……」
一度我慢出来たんです、次もきっと出来ますよ。なんて気軽に言えたら、どれほど良かっただろうか。
トーリが理性を失った時の顔は、星喰いを彷彿とさせる狂気を宿していた。
あれは、そう簡単に制御出来るものではない。間近で見たからこそ断言できる。制御するには特殊な訓練、もしくは何らかの対策が必要になるだろう。
私は、その対策を知らない。
そのはずだった。
何故か、知らないはずの情報が、頭の中に浮かび上がったのだ。
恐らくこれも、世界から与えられた物なのだろう。
「……一つだけ、制御する方法があります」
「本当?」
「はい、トーリの力を段階的に封印していき、人であった頃の肉体まで弱体化が可能です」
「じゃあ、それをっ⁉︎」
トーリの言葉を指で遮り、話の続きを聞くように告げる。
「ただし、今のトーリの記憶は、心の奥深くに追いやられてしまいます」
「え?」
「トーリの記憶が戻るのは、今の状態になった時だけです」
「じゃあ、それ以外の時は?」
「新たな人格が生まれ、トーリの体で生活するようになります」
トーリは黙り、下を向く。
「それって、新しい私は、お父さんもアックスも、村のみんなも、村での生活も覚えてないってことだよね? ……だったら嫌だ。みんなのこと忘れたくないよ……」
そっと頭を撫でて、この子は寂しがりやだったことを思い出す。
「考え方を変えましょう。トーリには妹が出来るんです」
「妹?」
「はい。体は共有してますけど、それぞれ独立した考えを持っているんです」
これは無理がある説得だ。
単に私がトーリを封印したくない、その思いを押し付けているに過ぎない。
「トーリは、内側から妹の成長を見守るんです。直ぐに、会話は難しいかも知れませんが、力を制御出来るようになれば……あなたならば必ず……仲良くなれる、はずです。アックス君も、待っているんですから……」
苦しかった。
長い長い時間を生きて来て、これほど己を不甲斐ないと思ったことはない。
神と崇められていたにも関わらず、私は娘一人の為に、何もしてやれない。
そんな私の頬に、手が差し伸べられる。
「お父さん」
満面の笑みは、これまでにも何度も見て来た。
「私、絶対制御出来るようになるから、それまで妹をよろしくね」
だが、今回の笑みは、とても苦しくなる物だった。
だから、私も笑みを浮かべた。
「ええ、必ず立派な娘に育てて見せます」
トーリは目を閉じる。
まるで、このまま封印して欲しいかのようだが、そうはいかない。
「トーリ待ちなさい」
デコピンをしてトーリを止める。
「あいたっ⁉︎」
「アックス君と会って行きなさい、しっかりと話をするんですよ」
「えー……気まずい……」
難しい顔をする娘の手を取り、私は地上に転移した。
アックス君との会話は、拗れに拗れた。
私のことも聞かれたし、巻き込んでしまった手前、説明する必要があった。
何より、一度はトーリと共に生きて欲しいと思った人物でもある。そんな彼に、不義理は働きたくはなかった。
最初こそ頭を悩ませていたアックス君だが、三日間話し合ったあと、最後は受け入れてくれた。
トーリの力の封印は、別れを惜しむように行われる。村人全員から見送られて、トーリは皆に別れを告げた。
「みんな、今までありがとう。……でも、どうしてバレた⁉︎」
まさか全員が集まるとは思っておらず、トーリは困惑していた。
これは仕方がない。
私に隠す気が無くなったというのもあるが、トーリには皆に愛されていたという事実を覚えて欲しかった。なので、子供達が広めるのをあえて見逃したのだ。
その副作用か、私にも被害は及んだが、まあいいだろう。
「いや〜、まさかロキしゃんが神しゃまじゃったとはね〜。長生きはするもんじゃな〜、ありがたやありがたや〜」
この村の長老軍団に、ペタペタと触れられながら私はトーリの前に立つ。
「少し寝るようなものです」
「うん、お父さんは一緒にいてくれるんだよね?」
「はい、私くらいしか出来ませんから」
「じゃあ安心だ。アックス!」
最後にアックス君に手を振るトーリ。
「……ああ」
「来世があったら、一緒になろうね!」
観客の村人達から歓声が上がる。
それに照れたのか、アックス君は後ろを向いて手を振っていた。
「では、行きますよ」
「……うん」
名残惜しそうに目を瞑るトーリを、今度こそ封印の結界を施して行く。
一つ一つ封印して行く度に、トーリの姿は変わっていき、最後は小さな少女の姿になってしまった。
「お疲れ様でした」
眠る小さな子供を抱き抱えて、私は立ち上がる。
この子は、完全に真っ白な状態になってしまった。
また一から教える必要があるが、それを私は楽しみにしていた。
その後、子供と旅に出るのだが、アックス君も付いて来てしまったのは予想外だった。




