28 .神、死す! (遊び無し)(千年前の話)
落ちる感覚を覚える。
どこまでもどこまでも落ちて行き、このまま私は世界へと帰るのだろう。
これまで、死とは無縁の時間を生きて来た。
何の不自由も無く、与えられた強い力で遊んでいた。
愚かだった。
私は死んで当然だろう。
それが分かっているのにどうしてだろうか、無性に腹立たしく、途轍もなく悲しいのは。
まだ、やるべきことがある。
まだ、やらねばならないことがあるのだ。
まだ、死ねない。
死ぬわけにはいかない。
彼は命をかけて救ってくれた。
その命が無事なのかも見ずに、死ぬわけにはいかない!
足掻く、足掻く、どうしようもないと分かっていても足掻き続ける。
だが、それでも、失った力は戻って来ない。
まるで溺れるように苦しくなり、また落下し始める。
どこまでも、どこまでも落ちて行き、
「ここにいたか」
落ちている途中で何者かに捕まった。
「早く起きて、娘を止めよ」
その声には聞き覚えがあった。
だが、声の主が誰なのか分からなかった。
分かるのは、まだ生きていいのだということと、膨大な力が流れ込んで来ることだった。
◯
「やっと、起きた……」
「かはっ⁉︎ はあ、はあ、はあ……ヘラ?」
目を開けて最初に見たのは、瀕死のヘラだった。
私がやった時以上に傷を負っており、肉体にヒビが入っていた。
「お前は、何という存在を育てたんだ。このままでは、世界が、滅ぶ」
「何を言って……っ⁉︎」
意味が分からずヘラに問おうとするが、遠くで大きな力がぶつかり、片側が消滅してしまった。
「今のは、フレイヤ?」
消えた力の気配は、フレイヤの物だった。
彼女は神々の中でも上位の力を持っていた。その力が、消えてしまった。
それだけではない、次々と神の力が消えてしまっている。
「時間が無い、ロキ、あの娘を止めろ、神が全て消えれば、次は、世界だ」
「まさか、トーリが⁉︎」
どうやって?
何故トーリが?
疑問が浮かぶが、最後に力を奪われたことを思い出す。
トーリが神族から力を奪っているとしたら?
最悪な想像が浮かぶ。
「早くしろ、人の子を使ってでも、何としてでも止めろ!」
「人の子?」
ヘラが指差す方向には、眠るアックス君の姿があった。
「まさか、アックス君も生き返らせたんですか⁉︎」
プライドの高いヘラが、何の見返りもなく人を生き返らせるとは思えなかった。
だから驚いてヘラを見るのだが、そこには、パキリと音が鳴り腕が落ちる姿があった。
「頼む、世界を……頼む……」
ヘラの全身にヒビが走り、まるでガラス細工のように粉々に砕けてしまった。
現実味のない光景。
神族が死ぬというのが、無いわけではない。
ただそれは、星喰いとの戦闘の中であり、このような死に方はしない。
あるとしても、私のように命を代償に力を使った場合だ。
死んだ。
神が死んだ。
トーリがやったのか?
「止めなければ……」
立ち上がると、アックス君を抱えて争いの中へと転移した。
◯
戦場は、想像していたより美しかった。
空に浮かぶトーリと神々。
武器を持ち迫る神をトーリは一瞬で掴むと、力を奪い取り結晶化させ粉々にしてしまう。
光を放ちながら舞い落ちる結晶は、余りにも残酷で、余りにも美しかった。
「アックス君、君は先に帰っていて下さい。一緒に迎えられたらと思ったのですが、どうやら思っていた以上に危険なようです」
次々と奪われる力と命。
たくさんの死を前にしても、トーリの表情は変わらない。
無表情で、何も考えられず、ただ害を為す者を滅ぼしているようにも見えた。
もしも今のトーリに何の準備もなく近付けば、先程の神と同じ道をたどるだろう。
眠るアックス君を転移魔法で地上へ送る。
あちらと天界とでは、時間の流れが違う。もしかしたら、私達がいなくなって、騒ぎになっているかもしれない。
それでも、ここにいるよりはいい。
「必ず、トーリは連れて帰りますから」
消えるアックス君に告げて、私はトーリの元へ向かう。
見れば、神の数は大きく減っていた。
オーディンは健在だが、反逆者も含めて十柱も残っていなかった。
「おおおーーー‼︎‼︎」
オーディンの槍は、死を招く槍。
そして、必中の槍でもある。
その槍に、トーリは再び貫かれるが、結果は先程と大きく異なっている。
トーリは自身を前進させて、槍を持つオーディンへと迫って行く。
「星喰いでも怯む一撃だ‼︎ 死ねい‼︎」
オーディンは雷撃を放ち、トーリを内部から焼く。
それでも、変わらなかった。
トーリは焼かれながら前進し、槍を握る手に触れた。
「ぐっ⁉︎ ……」
オーディンでも一瞬だった。
掴まれた瞬間に力が奪われ、結晶化してしまった。
あれだけ猛威を振るった最高神が、あっさりと殺されてしまった。
「トーリ……」
彼女に近付き呼び掛けても、反応は無い。
目は薄っすらと開かれているが、どこを見ているのか分からない。もしかしたら、微睡の中にいるのかも知れない。
ならば、今トーリを動かしているのは何だ?
理性は無い、しかし本能でもない。
危険が迫っていたのに避けようともしなかった。
たとえ無事だとしても、動きが鈍るような真似はしないはずだ。
残りの神が、私を巻き込んだ大規模な攻撃魔法を放つ。
私は動かない。
トーリも私を警戒して動かない。
それでも、迫る魔法は無視出来ない。
トーリは私から振り返り、魔法に向かって手を伸ばす。
手の先から伸びるのは、黒いオーラのような物。
ああ、最悪だ……。
トーリの状態が分かった。
あの黒いオーラは、星喰いが放つ物と同じだ。
次元を超えてやって来る異世界人には、特殊な能力が宿る。そして、次元には星喰いが生息している。
もしも、この特殊能力の出所が星喰いなのだとしたら、私達はとんでもないことをしてしまった。
それに、何より……。
「トーリ……」
この子に、こんな重い罪を背負わせてしまった。
魔法が霧散すると、トーリの手の中には一柱が捕まっていた。
「トーリ! もうやめなさい‼︎」
言葉は届かないのは分かっている。
それでも、呼ばずにはいられない。
これ以上、優しいあの子を壊してほしくなかった。
この思いが届いたのか定かではない。だが、奇跡は起きた。
「……おとう……さん」
振り返ったその目には、理性が戻っていたのだ。
しかし、それも一瞬のことで、再び意識は呑まれてしまう。
まだ間に合う!
そう確信した私は、トーリを救うべく動く。
トーリの手から一柱を奪い取ると、結界でトーリを捕える。
結界を破壊しようと暴れるトーリだが、そう簡単に壊れる強度ではない。
この力は、私がこれまで使っていた物とは別物だ。なのに、それが妙に馴染む。
使い方も理解しており、まるで生まれた時から使って来たかのようだ。
一度死に、生き返る寸前で誰かの声を聞いた。膨大な力が流れ込んで来た。
あれは、この世界からの物だった。
トーリを止めろと、そう言っていた。
「聞こえますかトーリ! 意識を強く持ちなさい! あなたなら! 私の娘ならば、戻って来れるはずです!」
言葉に反応して、トーリの動きが鈍くなる。
今ので確信した。
トーリも戦っているのだ。
自分の中で、体を操る何者かと戦っているんだ。
必ず連れ戻す!
世界は排除せよとは言わなかった。ならば、取り戻せるはずだ!
結界を操り、トーリの精神に干渉する。
干渉した瞬間、猛烈な飢餓感を覚えるが、それも一瞬のこと。今度はヘドロのような感触に襲われ、どうしようもない孤独感が心に去来する。それを無理矢理突破すると、トーリの精神に到達した。
そこでは、二人のトーリが向き合っていた。
一人は黒髪の私のよく知るトーリ。
もう一人は、紫色の髪の無表情のトーリ。
「お願い、もうやめて!」
「何故止める? 略奪者は滅ぼせ。奪われるくらいなら奪い取れ。私の母は、奪うのを拒んだから死んだ。それは、私が良く分かっているだろう?」
「分かんないよ! お母さんの顔なんて知らないし、死んだ理由だって知らないんだもん! それに、奪われるからって滅ぼしてたら……争いは、終わらないじゃない……」
「終わる。敵を滅ぼせば、奪われなくなる」
「……違うよ、そんなことしたら、何にも残らないんだよ。私、一人ぼっちになっちゃうよ……」
「ならば、また作ればいい。新しい友達を、新しい家族を、新しい恋人を。そうすれば、一人になることは無い」
「だから! そういうことしちゃいけないの‼︎ いなくなった人は、もう戻って来ないんだよ! 大好きな人がいなくなったら、悲しいって、この気持ち……私なら分かるでしょ?」
最後は泣きそうになりながら、黒髪のトーリは訴える。
だけど、紫髪のトーリは、それでも変わらなかった。
「気持ちなんて、いずれ消えて無くなる。それよりも、生きることを優先すべきだ。死んだら、そこで全て終わる」
「……それは、大切な人がいなくなっても同じだよ。体は生きてても、心が死んじゃう。……気持ちが消えるなんて言わないで。そんなの、悲し過ぎるから……」
俯くトーリに私は歩いて行く。
「「……お父さん」」
まさか、二人から同時に呼ばれるとは思わなかった。
少なくとも、紫色のトーリには敵視されていると思っていたから、これは意外だった。
「トーリ、すみません守り切れなくて。貴女の未来を守りたかったのに、アックス君まで傷付けてしまった……」
「アックス……」
アックス君を思って、落ち込む黒髪のトーリ。
「見ろ、アックスまで奪われた。奴らを野放しにすれば、また奪われるぞ」
鋭く睨むように、紫髪のトーリは言う。
そこで、二人の勘違いに気付く。
「ああ、勘違いさせましたね。アックス君は生きていますよ」
「っ⁉︎」
初めて、紫髪のトーリが反応した。
「先ほど、地上に送っています。まだ目覚めていないかも知れませんが、無事なのは確かです」
「アックスが……良かったぁ〜」
紫髪のトーリは安堵したのか、表情を崩していきポロポロと涙を流し始めた。
そうか、この子も不安だったんだな……。
この紫髪の子は星喰いなのだろう。
それも、とびっきり危険な力を持った星喰い。
でも、理性があり、人の心を持った星喰い。
そして、正真正銘のトーリでもある。
多くの神を葬ったけれど、あれは神族の傲慢が招いた結末だ。それに、この世界の反応からして、トーリを次の守護者にしたいと考えているのかも知れない。
「トーリ、貴女のおかげで、今もこうして私達は生きていられているんです。アックス君の未来も守れたんです。奪うだけではなく、守ることにこの力を使いませんか? トーリなら、もっと多くの命を守れます」
「でも、でも、私分かんないよ……」
「大丈夫ですよ、私達が側にいますから。分からなければ、何でも聞いて下さい。もちろん、私も力は惜しみませんし、トーリを一人になんて絶対させません」
黒髪のトーリが歩み寄り、もう一人のトーリの手を取る。
「一緒に帰ろう、アックスが待ってるよ」
そう優しく微笑むと、
「……うん」
星喰いのトーリは、嬉しそうに微笑んだ。
これで無事に終わり。
となってくれたら良かったのだが、そうはならなかった。
「すみません。先に戻ります」
二人の精神世界から離脱すると、現実に戻る。
時間にして数秒も経っていないのだが、変化は劇的に起こっていた。
空にオーロラが発生して、招かなざる客の訪れを告げていた。
本物の星喰いの襲来である。




