27.ラグナロク(遊び無し)(千年前の話)
私が反逆したことは、天界に直ぐに知らされた。
異世界から転移した者、その子孫を滅ぼすのを辞め、私を討伐すべく神々は動き出した。
天界に存在する神は多い。
だが、倒す手段はある。
オーディンに反逆した者を閉じ込める牢獄を作ったのは、私ともう一人の神だ。
牢獄の門を開けば、反逆者が天界を襲うだろう。
数では圧倒的に負けているが、力は反逆者達の方が上だ。
両者がぶつかれば、互いに潰し合う。
そこを狙い、オーディンに挑む。
「もう少し、待ってて下さいね」
眠るトーリとアックス君に告げ、私は天界に向かった。
◯
天界は広い。
そして、地上よりも頑丈に造られている。
ここは星喰いとの戦いをする為に、世界が生み出した異界。それが天界の正体である。
私は魔法で姿を変え、天界を歩いて行く。
これでも変装は得意で、見破れる者はほとんどいない。
牢獄は天界の外れ、深い森の中にある。
光を遮る森の中を歩く。おどろおどろしい雰囲気を発しており、まるでこれ以上近付くなと言っているかのようだった。
やがて森が開けると、石の塔が現れる。
あれこそが牢獄ヘルヘイムである。
厳重に守られた牢獄には、護衛に十体の巨大なゴーレムが配置されている。
外から近付く者に警告し、万が一脱走者が現れれば、再び閉じ込める役割を担っていた。
その牢獄の前に、一柱が立っている。
「……ヘラ、そこを通してくれませんか?」
「ロキ、何かとち狂っておるようだな? ここを開けば、何が起こるのか理解しておるだろうに」
「ええ、それが狙いです」
「ついに頭がイカれたか。オーディンに逆らい、フレイヤまで手にかけるとは」
「望んだわけではないんですけどね……」
苦笑して答えると、呆れたヘラは指を弾きゴーレムを動かした。
ヘルヘイムを作ったのはヘラと私だが、その管理者権限はヘラにある。
ゴーレムが私を敵と認識し、戦闘モードに移行する。
ヘラも見ているだけでなく、闇を操り光を汚染する。
「くくっ、ロキとやり合う日が来るとは、分からんものよのう」
「ええまったく、ほとほと嫌になる」
幾つもの魔法を操り、ヘラとゴーレムに対抗する。
だが、ヘラの闇は魔法をも侵食して取り込む。ゴーレムも強固な魔法耐性を持たせてあり、あまり効果が無い。
まともに戦えば、私に勝機は無い。
そう、まともにだ。
それに時間を掛ければ、異変に気付いた者がやって来るだろう。
だから、早々に使わせてもらう。
「まさか⁉︎ ゴーレムの主導権が奪われた⁉︎」
突然動きを止めたゴーレムを見て、困惑するヘラ。
残念ながら、私はそれほど器用ではない。
出来るのは、予め仕掛けていた装置を起動するくらい。
ゴーレムは動きを止め、段々と形を失って行く。
ボロボロと、神の先兵として造られたゴーレムが崩れて行く。
唖然としたヘラに、私は近付いて行く。
「ヘラとの語らいは楽しいのですが、今は時間が無いので失礼します」
動きを封じる為、ヘラに向かって手を伸した。
だが、それを簡単に許してくれるヘラではない。
「ふふっ、許可なく淑女に触れようとは、下郎の行ないぞ」
闇が私を包み込む。
視界が無くなり、全ての感覚を狂わせて行く。
やがて闇に囚われた私は、動きを止めてしまった。
「やはり、正面からでは危険だったな」
「なっ⁉︎」
ヘラに触れて、フレイヤの時と同じように体内を掻き乱す。
私がやったのは、ドッペルゲンガーを創り出し囮にすること。
これは私の奥の手であり、代償に命が削られる技だ。
永遠に近い命を持つ神族でも、使い続ければいずれ死ぬだろう技である。
闇が晴れ、緑の世界が戻る。
あとは、牢獄の門を開けば、私の計画は大きく進む。
「……やめよ、貴様は、世界を終わらせたいのか」
「そんな滅相なこと考えてはいませんよ。ただ、問いたいのです。我ら神がどれほど愚かなのかを」
ヘラを置いて、私は牢獄に向かって歩き出す。
牢獄の前に立ち、門に触れようと手を伸ばすと、槍が飛来し、それから発せられる雷に吹き飛ばされてしまった。
「がっ⁉︎」
痺れる肉体が、何者が現れたのか教えてくれる。
視線を上に向けると、そこには八本足の馬、スレイプニルに騎乗したオーディンの姿があった。
更に、その背後には多くの神々を引き連れており、何が目的なのか明らかだった。
「これまた、大層なお出迎えですね……」
オーディンは降り立つと、スレイプニルから私を見下ろす。
「愚か者め。いずれ裏切るのは知っていたが、まさかこのような下らぬ理由だとは思わなかったぞ」
以前から、蔑むような目をオーディンに向けられていた。
何故なのかと疑問に思っていたが、裏切りの未来を見ていたからなのだと、今更気付く。
「裏切ってなどいませんよ、ただ問い正したかっただけです」
「異世界人を滅ぼすことか? 未来で害を為すと出た。それだけで十分であろう?」
「……貴方の能力は、漠然とした未来を見るだけでしょう。それなのに、何故考えないんですか? 害を為す原因を、その因果を何故考え、変えようとは思わないんですか⁉︎」
感情が溢れ出る。
解決する方法は他にもある。それなのに、オーディンは選ばない。
オーディンだけではない、他の神々も同様だ。
別の道を選ぶ力があるのに、幾らでも解決する手段を持っているというのに、新たな可能性を示せる力があるというのに、それを選択しない。
そのせいで、これまでどれだけの命が奪われて来たのだろう。
私達は、一度立ち止まり考えるべきだ。
だが、この思いは届かない。
「下らぬ。気まぐれに作った泥人形の役目など、我らを楽しませる以外、何も無い!」
迷いなく言い切るオーディン。
きっと、何を言ってもオーディンには届かない。
だから、諦めた。
ドッペルゲンガーを使い、魔法を発動する。
反応した神が、武器を手に私を貫いた。
「かはっ⁉︎」
「無駄なことを」
「いいえ、無駄ではありませんよ」
貫かれた私の肉体は一気に肥大化し、辺り一帯を巻き込む大爆発を巻き起こした。
だが、この程度でやられる神はいない。
目的はあくまでも目眩し。
オーディンを狙う為の布石。
連続してドッペルゲンガーを生み出し、視界が塞がっている今こそ、オーディンを狙う。
様々な魔法を使い、オーディンを攻め立てた。
わずかとはいえ、最高神であるオーディンに傷を負わせた。
だが、届かない。
分かっていたことだ。
一度でも触れられたら勝機はあったが、近付くことすら出来なかった。
私は囚われ、地面に押さえ付けられた。
「オーディン、考え直してはもらえませんか。異世界人は、連れて来られただけの被害者。彼らを、これ以上傷付ける必要はないはずです」
「ふん、家族ごっこで絆されたか? フレイヤ、連れて来い」
フレイヤに剣を突き付けられてやって来たのは、ここにいてはいけない人物だった。
「お父……さん?」
「先生?」
「トーリ、アックス君……どうしてここに?」
トーリとアックス君がいた。
理解が追いつかない。
二人は眠らせて、結界で守った別の場所に隠しておいたはずだ。
いや、そもそも、何故トーリが天界にいる?
「泥人形が神を父呼ばわりか……落ちたな、ロキ」
「オーディン、何を考えている。この二人は関係ないはずです。地上に帰してやって下さい!」
何が起こるのか、想像は付いていた。
だから懇願した。
二人は無関係だと言って、何とかして助けたかった。
だけど、私は何も救えない。
「お前が狂った理由がこれならば、今、この場で壊すのみ!」
オーディンの槍がトーリに向かう。
何とかして助けたくて、必死に足掻くが、押さえ付けられて身動きが取れない。魔法を使おうにも、とてもではないが間に合わない。
私は、ただ見ていることしか出来なかった。
トーリは何も反応出来なくて呆然と立ち尽くし、槍に貫かれようとしていた。
全てがゆっくり動いて行く。
突然、トーリが傾き、その体と入れ替わるように青年が現れる。
愛した女性を救おうとした青年は、無謀にも神の槍の前に立ったのだ。
青年、アックスはトーリを見て微笑み、槍に貫かれて死んだ。
「えっ? え……アックス?」
何が起こったのか理解出来なかったのだろう、トーリは呆然と貫かれたアックスを見ていた。
「槍が外れた? ……まあ良い、そこのも異界の子孫。では、次だ」
引き抜かれた槍は、再びオーディンの手に戻る。
傷口から血が溢れ出し、その光景を目の当たりにして、トーリは現実を突き付けられてしまった。
「あっ、あっ……アッ……クス? お父さん? お父さん! アックスが! アックスがっ⁉︎」
「トーリ‼︎」
私に助けを求めるトーリは、オーディンの槍に貫かれてしまった。
ああ……。
槍が引き抜かれ、横たわるトーリは私に向かって手を伸ばす。私も、トーリの傷を癒そうと手を伸ばし、何とか触れようとする。
だけど、私の手はフレイヤの剣に突き刺され、地面に縫い付けられてしまう。
顔を上げフレイヤを見ると、そこには楽しそうに醜く歪めた悍ましい顔があった。
これは何だ。
どうして、そんな顔が出来るんだ。
私が足掻く度に、皆が醜く笑う。
愚かだと、下らないと、無意味だと、そう醜く笑うのだ。
……ああ、そうか。
私は勘違いをしていた。
狂っているのは、彼らだったのだ。
「なあフレイヤ、私は狂っているのだろうか?」
「ふん、何を今更。その通りだろうが!」
「そうか、狂っているのか。……お前達と一緒だな」
「なんだと⁉︎ ……貴様、今何をした?」
最初からこうしていればよかった。
牢獄の門を開けるのではなく、牢獄自体壊せばよかったんだ。
ゴーレムを作ったのも、ヘルヘイムを作ったのも、私とヘラだ。
同じような機能をどちらにも持たせている。
ゴーレムの時と同じように、ヘルヘイムも崩壊する。
「おのれ⁉︎ 牢獄から出てくるぞ! 皆備えよ!」
オーディンが皆に忠告すると同時に、牢獄から反逆者達が飛び出して来た。
神々の戦い、ラグナロクが開始された。
◯
巨大な力がぶつかり、天界が揺らぐ。
地上よりも強固に造られた天界でも、神々が争えば揺らぎ、砕かれて行く。
私の動きを封じていた神々も、反逆者を迎え討つべく行ってしまった。
地を這い、トーリの元まで向かう。
私は足を切り落とされており、再生するまで時間が必要だ。
「はあ、はあ……」
息が切れる。
今までこのようなことはなかった。どんなに動こうとも、体力も魔力も無尽蔵に湧いて来ていたのに、今はそれを感じない。
恐らく、ドッペルゲンガーを使い過ぎたのだろう。
私の命も、そう残されていないのかも知れない。
「トーリ、意識はありますか?」
問い掛けると、涙がこぼれ落ちた。
龍族の血のおかげで、普通の人よりも生命力があり、まだ生きている。ただし、それだけ苦しみを長引かせるといことでもある。
「トーリよく聞きなさい、あなたを治療して地上に帰します。アックス君も治療し次第、地上に送ります。ここでの出来事は忘れて、幸せに暮らしなさい。良いですね」
私は、嘘をついた。
アックス君は、もう助からない。私に、死者を復活させる権限は無い。あるのは一人だけ。その一人も今は倒れており、何より私を恨んでいるだろう。
だから、これはトーリを安心させる嘘。
トーリの口が動くが、苦しいのか声を出すことが出来ないようだ。
私の残りの魔力を使い、トーリの治療を開始する。
オーディンの槍は死へと誘う槍。
一度傷を受ければ、一度死ぬか、神でもない限り死に対抗出来ない。
だから、トーリに私の血を分け与える。
一時的にも神族になれば、死の呪いも無効化出来る。
治癒魔法と併用して私の血を与えて行く。
馴染むように、ゆっくりゆっくりと全身に行き渡らせる。
周囲が戦場となり、危険極まりない場所だが、何故か大丈夫な気がした。
少しだけ、アックス君を見る。
オーディンは、アックス君を異界の子と呼んでいた。
それが異世界人の子孫という意味ならば、アックス君は何らかの特殊能力に目覚めていた可能性がある。
その能力で、トーリを守ったのだとしたら……。
「私も、約束は守らないといけませんね」
治癒魔法に集中して、血を馴染ませトーリに神格を与える。
オーディンの槍の呪いが、トーリから離れて行くのを感じる。
これで救われた。
あとは、傷を癒せば……。
そう安堵した時、変化は突然起こった。
「なんだ……これは……」
急速に力が抜けて行く。
いや、奪われて行く。
私の力が、トーリに向かって流れ出していた。
「……ああ、……そうか、……これが、トーリの能力……」
他者の力を奪う。
これこそが、トーリの特殊能力なのだろう。
このままでは、全てを奪い取られて死ぬだろう。だが、それも悪くないと思ってしまった。
段々と遠ざかる意識の中で、誰かに呼ばれたような気がした。




