26.コイントス(千年前の話)
自分自身、動揺しているのが分かる。
神族をまとめ上げるオーディンの言葉は絶対。
逆らえば、牢獄に閉じ込められ、世界が滅びるまで何も無い世界に存在し続けなければならない。
「……なぜ、滅ぼすんです? 異世界人だけでなく、その子孫まで……」
「質問は無意味だ。オーディンが命じた、それだけで十分だろう」
「では、オーディンに直接聞きます」
「下らない。ロキ、お前は地上の者と接触し過ぎた。以前のお前なら、何の疑問も抱かずに指名を全うしただろう。地上の放浪をやめ、天界に戻って来い。それが正常な在り方だ」
「あなたに指図される覚えはありません。そもそも、異世界人を呼んだのは我々です。それを一方的に……」
喉元に剣を突き付けられる。
剣からは炎が吹き出し、まるで彼女、フレイヤの怒りを表しているかのようだった。
目が鋭くなったフレイヤは、私を睨み威嚇する。
「不愉快だ。戯れに造った人形に情を抱くなど、不快でしかない。……貴様の言動はオーディンに報告する。いいな」
有無を言わさぬ圧力。
これ以上されたら、村の者に気付かれてしまうだろう。
それだけ、彼女の怒気は凄まじかった。
「明日、明け方より開始する。分かったな?」
私は無言で彼女を見る。
何も答えず、ただ彼女を見る。
どうするべきなのかを考える。
オーディンの行動はいつも正しい。結果として正しいのではなく、世界に厄災が降りかかる出来事を最小限に止める能力がある。
だとしたら、私は神に戻るべきではなかろうか。
「……よく考えておけ」
彼女はそれだけ言うと、姿を消した。
しばらくの間、私は動けなかった。
◯
考えごとをしていても、体は習慣付いた行動を取ろうとする。
夕食の時間が迫ってきており、もう直ぐお腹を空かしたトーリが帰って来るだろう。
今晩は、出来る限り豪華な食事を用意して迎えよう。
「ただいまー!」
トーリが帰って来た。
後ろにはアックスも付き添っている。
女の子一人では危ないと思っての行動だろう。
送り届けたのを確認すると、アックスは頭を下げて帰ろうとする。それを私は、思わず引き留めてしまった。
「アックス君! あー……、一緒に食事でもどうかな? 少し、作り過ぎてしまってね……」
まさか、食事に誘われるとは思っていなかったのだろう。アックス君はとても困惑して、トーリと私を行ったり来たりしていた。
それはトーリも同じで、とても驚いているようだった。
基本的に、私は誰かを食事に招くことはない。
必要以上に親しくならないように、別れを惜しまれないようにする為に、深く関わることを避けていた。
「いいんですか?」
「ああ、作り過ぎたというのは本当だからね。君も一緒してくれると助かるよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
家の中に入り、リビングに向かうと二人は足を止めてしまった。
「ええっと、お父さん、これ、一人増えたくらいじゃ食べ切れないよ」
「……そうですかね?」
テーブルの上には、山盛りの料理。
魔獣の肉を使ったステーキからコーンスープ。魚料理やいろんな種類のパン、デザートにケーキやゼリー、アイスまで用意している。
他にもたくさん作ろうと思ったが、時間が足りなかった。
「まあまあ、食べられるだけでいいので、早く食べてしまいましょう」
そう言って、二人の背中を押して席に座らせる。
和やかな時間だった。
食事を楽しみ、今日二人で何をして楽しんだとか教えてくれた。
本来なら、これからもこのような時間が続いたのだろう。
せめてもの幸せ。
それを、トーリ達には味わってほしかった。
「ところでアックス君、君はトーリと結婚したいのかい?」
「ぶっ⁉︎ いきなりなにを⁉︎」
「そうよお父さん! いきなり何言っちゃってんのかなぁ‼︎」
驚くアックス君とは対照的に、トーリは口で言いながらも期待した横目でチラチラと見ていた。
そんな二人の言葉を無視して、再びアックス君に問う。
「どうなんだい?」
私の態度に何かを察したのか、アックス君は真剣な表情になった。
そして、トーリを見る。
「俺は……、トーリ、俺はお前が好きだ。まだまだ未熟者だが、必ず一人前の男になってみせる! だからトーリ、俺にお前を守らせてくれないか?」
「えっ? えっと……」
遠回しのプロポーズ。
言葉の意味は伝わっているのだろう、トーリは嬉しそうにしながらも、困ったようにチラチラと私を見ていた。
「答えて上げなさい」
迷う必要は無い。
私に気を使う必要も無い。
ただ、今だけは、自分達の幸せの為に生きてほしい。
トーリは顔を赤らめて、差し出された手を取る。
「よろしく、お願いします」
アックスは満面の笑みを浮かべて、トーリを抱き寄せた。そして、そのぬくもりが本物だと知って、「よっしゃー!」と喜びの声を上げた。
トーリも嬉しそうにしており、幸福を噛み締めているようだった。
そんな若い二人の時間に割って入るのは、大変申し訳ない気持ちになるが、神族である私ならば問題あるまい。
だって、これから二人の仲を祝福しないといけないのだから。
「おめでとう二人とも」
「あっ、俺……」
「気にしなくていい。アックス君、君にトーリを任せる。これからどのようなことがあろうとも、トーリを、私の娘を守ってやってほしい」
「はっ、はい!」
「トーリ、アックス君と共に生きて行きなさい。二人なら、これから起こるどんな困難も乗り越えて行けるでしょう。私が、あなた方を祝福するんです。幸せになるんですよ」
「……お父さん?」
私の様子がおかしいことに気付いたのか、トーリは心配そうに私を見ていた。
「アックス君」
「はい」
「最後にゲームをしましょう」
私はコインを一枚取り、指の上に乗せる。
「表が出れば、私の名において君の願いを叶えましょう。裏が出れば、私の願いを一つだけ聞いて下さい。良いですか?」
「えっと、それはどういうことですか?」
「なに、ちょっとした願掛けのようなものです。どうします?」
「……やります」
「よろしい」
指でコインを弾く。
コイントスは、物事を決める時に使われることが多い。
私は、魔法でどちらが出るのか、操作することが出来る。
だが、最後は運に任せてみようと思った。
手の甲でキャッチして、コインを隠す。
ゆっくりと手を退かして出たコインは、表を向いていた。
なぜか安堵してしまい、私は息を漏らしてしまった。
それから、アックス君にどうぞと、願いを言うように促した。
「……先生、いつまでもトーリの側にいてやって欲しい。トーリはいつも、先生が居なくなるんじゃないかって、不安そうにしていた。結婚したら、どこかに行ってしまうんじゃないかって、心配していたんだ。だから、側にいてやって欲しい」
……これはまた、難しいお願いだ。
だからといって、神の名において言ってしまったのだ。断るわけにはいかない。
「分かりました。生きている限り、トーリを見守りましょう」
出来ない約束はするべきではない。
だから、生きている限りなのだ。
それで良いとアックス君は頷き、トーリも安堵した表情をしている。
たとえ別れが近くとも、この瞬間を忘れることはない。
私は魔法を使い、二人の意識を奪った。
◯
丘の上で朝日を見ながら、コーヒーを飲む。
数えるのも億劫になるほどの回数、私は朝日を見続けて来た。
それなのに飽きたと思ったことはない。
空に同じ景色は無く、少しの変化で私を楽しませてくれる。
そう思えるようになったのは、地上で旅をするようになってからだ。
旅を続け、全てに小さな違いがあることに気付いた。その小さな違いが、面白いと思うようになった。
私は、この感覚が好きだ。
だから、失いたくはない。
「ロキ、準備は出来たか?」
同族が現れ、私の背後に立つ。
フレイヤの手には剣が握られており、返答次第で私を拘束するのだろう。
「少し待って下さい、この景色を目に焼き付けておきたいんです」
丘から見える景色は、村が見え、小麦色の畑が囲み、緑が広がっている。空は青く染まり始め、夜の終わりを告げていた。
とても温かみがあり、私のお気に入りの景色だ。
「巫山戯てないでさっさと準備をしろ、いつまでその姿でいるつもりだ?」
「すみません、私はその姿が嫌いなんです」
「……なんだと?」
「神は力が強過ぎるがゆえ、地上の物を遊び道具にしか見ていない。私達も世界の一部でしかないというのに、特別だと勘違いしている。まったく、愚かしい」
「貴様、口を慎めよ」
フレイヤの剣に炎が宿る。
苛烈な性格の彼女らしい武器。
恐らく、これが最後通告なのだろう。
「慎みませんよ、私は指示されるのが嫌いなんですから」
炎が生き物のように動き、私を飲み込んでしまう。
その光景を見ながら、私は彼女の肩を叩いた。
「っ⁉︎」
「最初にあなたを無力化出来てよかった」
彼女の体内を掻き乱し、瀕死の状態に追い込む。
残念ながら、神同士では命を奪えないようになっており、出来るのはここまでだ。
とはいえ、神の力は強い。
瀕死の状態だったとしても、普通に会話は出来てしまう。
「かはっ⁉︎ 貴様っ! 分かっているのか! これは反逆だぞ! 天界がっ! 貴様を許さない! 逃げ場など、どこにもない!」
「分かっていますよ、元より覚悟の上です」
でなければ、このようなことはしない。
何が大切なのか、私自身が選んだ。
この世界よりも、あの子の命を私は選んだ。
ただ、それだけの話だ。




