24.あやとり(千年前の話)
多くの種族を創造した神族は、種族同士が争うのを見て楽しんでいた。
しかし、それを何度もすると数が大きく減ってしまい、中には滅んでしまう種族もいた。
このままではまずいと思いつつも、争う姿を見るのを辞められなかった。
どうしたものかと考えていると、異界の遊具が次元の狭間を漂い、この世界に漂着した。
それは、とても悪趣味な物だったが、神族はこれから着想を得た。
悪役の種族を選び出し、そこの王を倒す。
そんな単純なゲームを、神族は地上に再現してしまった。
悪役に選ばれたのは、龍族の次に古い種族である魔族。
正義の味方は、最も弱い人族。
人族は繁殖能力は高くても、力も魔力も低い。
だから、弱い人族の戦士に加護を与え、強化する。
それに加えて、他の種族からの支援を受けられるように、魔族以外にも神託を下す。
これで物語りが生まれ、更に面白くなると考えたのだ。
だが、人族は余りにも弱過ぎた。
加護を与えて強化しても、魔族に敗北してしまうのだ。
どうやったら勝てるのかと頭を悩ませていると、とても簡単で、とても罪深い方法を思い付いた。
「ならば、外から呼び寄せたら良い」
それは別の世界から、人族に似た人間を呼び寄せることだった。
次元の狭間を通った者には、何らかの特殊な能力が付与される。それは神族が与える加護よりも強力で、これで魔族の王を倒すことが出来るだろうと考えたのだ。
この思惑は上手く行った。
魔族の王は倒され、勇者は英雄として凱旋した。
これが、何度も繰り返される。
何度も何度も何度も何度も……。
己らが、どれほど罪深い行いをやっているのかも知らずに。
◯
あの頃の私は、下らない争いに飽き飽きしていた。
造られた魔王に、呼び出された勇者。
おおよそ百年周期で繰り返される遊戯。
命の減少は避けられるようになったが、何故か文明の発展が遅くなってしまった。
私は争いごとよりも、様々な種族が作り出す文明を見ていたかった。だが、この思いに賛同してくれる者はおらず、下らないと唾棄された。
私はそんな彼らと距離を取るため、天界を出て人族として世界を放浪していた。
いろんな国々を回った。
永遠の命を持つ私は、繰り返される勇者と魔王の戦いの傍ら、ただ世界を見て回った。
そんな時、ある出会いをする。
召喚された異世界人、いわゆる勇者と呼ばれる女性と出会ったのだ。
彼女は隠れるように横たわっており、生きているのが奇跡のような傷を負っていた。
救うことは出来た。
だが、私が手を貸すのは地上の摂理に反すると考え、消えて行く命を救わなかった。これは、何度もして来たことだ。彼女だけを特別扱いすることは出来ない。
ただ、その代わり、その者の願いは極力聞くようにしている。
「何か言い残すことはあるか?」
「……あっ、この子を……お願い。私は、駄目、みたいだから……連れて、行って」
彼女の目は、もう何も映していない。
恐らく、私を誰かと勘違いしたのだろう。
私は、彼女の腕の中にいる小さな命をそっと受け取る。
小さな赤子はスヤスヤと眠っている。
赤子は、人族の姿をしているが龍族特有の鱗が額にある。
この子は、異世界人と龍族のハーフなのだろう。
ハーフは、龍族では禁忌とされる存在である。禁忌を犯せば、子はもちろんのこと、父も母も狙われるようになる。
彼女が襲われたのも、この子が原因だろう。
赤子の存在を知った龍族が、彼女諸共消そうとしたのだ。
多くの気配が迫って来る。
「この子は責任を持って私が育てよう。この子の名は何という?」
「……トーリ、私の子……よろしく……お願いします」
涙を流し、彼女は赤子の心配していた。
彼女が息を引き取るのを見届けると、私はその場を後にした。
私は人の国に転移すると、小さな村に定住した。
丘の上に家を建て、ここで農作業や狩りをして生活をする。
丘の上から見る景色はとても美しく、この景色が気に入ったから、ここで生活することに決めた。
「おとうさーん!」
子供の成長は早い。
名も知らぬ異世界人の子供は、三年という短い期間で走り回り、私の元までやって来る。
「トーリ、走ると転けますよ」
「わっ⁉︎」
言ったそばから転けるトーリを支えて、立たせてやる。
すると、ニカッと笑顔になり私に捕まえた蛙を渡して来た。
「これあげる! さっきそこにいたの!」
「そうですか、ありがとうございます」
蛙を受け取ると、畑にそっと離してあげる。
これで、害虫を食してくれる戦力が増強された。
「あたし、いいことした⁉︎」
「ええ、良い子です。でも、生き物を無闇に捕まえてはいけませんよ」
「?」
「生き物には一つの命しかありません。それが失われてしまったら、もう戻っては来ない。奪う時は、しっかりとした理由が必要なんです」
「?」
「……トーリは、お父さんが居なくなった嫌でしょう?」
「やだ!」
「あの蛙にも、そう思える仲間がいたかも知れません。それだと、蛙が可哀想ではないですか?」
「うん、かわいそう……」
「だから、無闇に捕まえてはいけないんです。誰かに取って、大切な人かも知れませんから……」
どの口が言っているんだと思いながら、トーリに告げる。
トーリには、龍族の血が流れている。
人の子よりも力が強く、魔力も多い。それに、龍族が使う魔法も使える。
村の子供達と遊ばせてやりたいが、力加減が出来ない間は遊ばせてやれない。
もしも友達を傷付けでもしたら、きっとトーリも深く傷付く。治療魔法では、その心までは治してやれないのだ。
だから、今はその特訓をしている。
「んー……こう?」
「これだと解けます。中の格子に指を入れて、外側にひっくり返すと良いですよ」
今やっているのは『あやとり』である。
一本の紐の端を結んで輪にし、指を使っていろんな形を作って行く遊びだ。
昔、異世界から召喚された勇者から広められたもので、多くの人が子供時代一度は触れたことのある遊びだ。
このあやとりで、トーリの力加減の練習をしている。
紐を切らずにあやとりが出来るようになったら、村の同年代の子供達と遊ばせようと考えている。
「ここをこうやると、ほうき」
「わあ! すごいすごい!」
「さらに、ここをこう通すと、東京タワー」
「すごいすごい! ねえ、おとうさん」
「なんです?」
「とーきょーたわーってなに?」
「…………何でしょうね?」
聞かれて、何なのか分からないことに気付いた。
同族が異世界人の記憶を覗いていたので、そいつに聞けば分かるかも知れない。
「わかんない?」
「そうですね、今度知り合いに聞いてみます」
トーリには、あやとり以外にも、絵本を読んだり文字や数字を教えたりしている。
異世界の識字率は高いらしく、計算も出来るという。トーリの母親が生きていれば、やったであろう教育を極力やるように心掛けている。
「ねえ、どうしてくつで、デレラがみつかったの?」
「王子の執着心です。一人の女性を愛するというより、これはもうストーカーの領域です」
「すとーかー?」
「人の迷惑を考えないで、自分の思いを押し付ける厄介者のことです」
「よくわかんなーい!」
社会の危険も一緒に教えているが、やはり幼いトーリには理解出来ないようだ。
ゆっくりと、のんびりと、穏やかで、それでいて楽しい日々が過ぎて行く。
やがてトーリは五歳になり、力加減をマスターして村の子供達との交流が始まった。




