23.魔王と旅行
星喰いとは、次元の狭間に漂う怪物達を指す。
生命溢れる星を見付けては、薄くなった次元の膜を破り星ごと食べ尽くすのだ。
星喰い対策で、世界は次元の狭間の膜を強化したり、守護する者を創造したりする。
この世界は後者を選択し、世界を守る者として神族が創造された。
永遠とも呼べる時間、神族は役目を全うしていた。
数百年、数千年、数万年、数億年に渡り、母なる世界を守って来た。
だが、長過ぎた。
長い時を生き過ぎた。
神族は、地上に生まれた生命を見守るのが楽しみの一つだった。
だが、ある一柱がその生命に手を加えてしまった。
それは強力な力を持ち、龍と呼ばれる生物となり、地上の支配者になってしまった。
多くの生物の命が奪われた。
絶滅した種族もいた。
怒った神族は、龍を滅ぼすことに決めた。
だが神族の稀有な一柱は、生み出した命が消えるのを嘆き懇願する。
「彼らを秩序ある者に変える。だから滅ぼさないでくれ」
これにより、龍から生まれる子孫は、神族に似た姿を取るようになる。
知性を獲得し、秩序を重んじ、与えられた土地で暮らすようになった。
後に龍族と呼ばれる者達は、狭い範囲でだが文明を築く。
それを見た神族は、新たな楽しみを見つけたと龍族を見守るようになった。
だが、その楽しみも長くは続かなかった。
龍族の文明は、ある時から発展しなくなったのだ。
これに落胆した神族は、新たな生命を創造する。
龍族の次に創造されたのは魔族。
高い知能を持ち、闘争心が強く、それでいて愛情深い。魔力や肉体の強度は龍族に劣るが、地上で生きるには十分な力を持った種族。
魔族の文明は、かなりの速度で発展して行った。
魔王をトップに、次ぐ実力者を魔公爵と続く序列を作り、発展して行った。
やがて、傲慢にも龍族へと戦いを挑み、敗北して大きく数を減らしてしまった。
これが、神族が歪んだきっかけだった。
他種族同士の闘争。
血で血を争う光景は、神族を興奮させた。
ここから、神族による種族の創造が頻発する。
◯
星喰いの討伐を終えると、なぜこの世界に現れたのか調査を開始する。天界の補修も行いたいが、こちらは時間に余裕がある時でいいだろう。
調査をすると、次元の割れ目を発見した。
その原因となる何かの痕跡をたどると、人の領地にあることまでは突き止めた。
ある程度の場所は判明しているのだが、外から訪れた異物というのもあり、正確な場所が分からない。
更に、それが移動していれば、見付けるのは困難だ。
とはいえ、取れる手段は自らの足で探すことだけ。
現在は、何かを探すため人の国に降り立っている。
そして、今の私は一人ではない。
「おお! ロキ、あの無駄に大きな建物はなんだ⁉︎」
魔王様も付いて来てしまったのだ。
「あれは闘技場と呼ばれる興行施設です」
星喰いを倒したので、魔王様には魔王城に戻ってほしかったのだが、「ロキだけずるい‼︎ 我だって旅行に行きたい‼︎」と言い出し、無理矢理付いて来たのだ。
強制的に帰してもよかったのだが、後々不貞腐れても面倒なので、同行を許可した。
せめて調査の妨害はしないで下さいね。とお願いしているので、多分大丈夫だろう。
あと、ツノは目立つので、ツノ付きカチューシャは外してもらっている。
「闘技場か⁉︎ プロレスをする所だよな⁉︎」
「似ていますが違いますよ。あそこは、犯罪者を戦わせて、どちらが勝つか賭ける場所です」
「ええっ⁉︎ ……趣味悪いな」
魔王様は、闘技場の説明にショックを受けたようだ。
今いる国は、メルツ帝国の隣国にある。
この国の最大の興行はこの闘技場だ。
魔王国と女神マオトリーを信仰してない人の国とでは、数世紀分の文明差がある。なので、魔王様がカルチャーショックを受けるのも無理はないだろう。
一応、女神マオトリー教会は人の国が混乱しない程度に、文明の発展を助けており、女神マオトリー教会があるか無いかでも差が付いている。
「この町では、魚料理が美味しいらしいですよ。食事をして、次の町に行きましょう」
「分かった。あっ、ご飯食べたあとでいいから、露天回ってみたい」
魔王様が指差すのは、露天商が並ぶ通りだ。
食糧から雑貨を扱う店まで出店しており、人通りも多い。
「承知しました」と魔王様のお願いを聞き、食事処に向かった。
食事は川魚を使った物だった。
少々泥臭かったが、人の国に行き慣れている私からしたら、十分許容範囲。
ただ、魔王様は自国の食事に慣れていたので、口に合わなかったようだ。
「ごめん、食べて」
と私に渡して来たので、今後の食事は私が作った方が良さそうだ。
食事も終わり、露天商を巡る。
並ぶ店を興味深そうに見ている魔王様。
装飾品を売っている店の前で足を止めては、むむむっと目利きをする真似をしていた。
ただ、ここにある物のほとんどは、石を磨いた物やガラスを嵌めた物で、本物の宝石は無かった。
そんな露天を見ていると、魔王様はある物を手に取った。
それは文字が描かれた布とコイン。
いわゆる、ウィジャ盤と呼ばれるやつである。
しかもしっかりと呪われており、人が持つと精神が蝕まれる凶悪な物だった。
「これ欲しい」
「ダメです。他の物にしましょう」
どうしてこんな物があるんだ。
私はこっそりと買い取ると、速攻で火を付けて焼き払った。
途中でスリに遭遇するなどのハプニングはあったが、魔王様は露天巡りに満足しているようだった。
そろそろ、調査に戻ろうと魔王様に声を掛けようとしたら、ある物を発見した。
それは、ボロボロの手帳。
時代を感じさせる手帳を手に取ると、露天商のおばさんから値段を提示される。
ここでのマナーは値切ることだが、それをせずに言い値を払う。
「この手帳はどこで手に入れましたか?」
そう、おばさんに尋ねると、
「昔からウチにあった物だよ」
と教えてもらった。
「まだ、回収出来ていない物がありましたか……」
買い取った手帳は、この世界の物ではない。
異界から連れて来られた、被害者達の持ち物だ。
私は世界を回っては、彼らの物を回収して保管している。
私達が彼らにしたことは、決して許されるものではない。このようなことをしても、彼らの無念は晴らせるものでもない。
でも、いつか許されるなら、彼らの遺族に返してあげたかった。
「ロキー! こっちの屋台食べたい!」
魔王様のお願いを聞きに、私は財布を取り出しながら向かった。
◯
調査は中々進展しない。
魔王国を離れて一ヶ月近く経つが、何も発見出来なかった。
次の町まで、馬車は走っておらず、私達は徒歩での移動を選択した。
このペースで歩いていけば、明日の昼には到着出来そうだった。それに、途中に村があるので立ち寄ってみるのもいいだろう。
「……村、人いないぞ」
「どうやら、廃村になったようですね」
ここを最後に訪れたのは、百年近く前。
その頃から人口は減少していたので、廃村になっていてもおかしくはなかった。
「転移をしてもいいのですが……」
「やだ、旅を楽しみたい!」
という魔王様の希望もあり、廃村で宿泊することが決定した。
ボロボロになった村を見て回る。
使えそうな建物はないかと思ったが、柱は腐り、どれも倒壊しそうになっていた。
残念ながら、野宿決定である。
「おお、なんか良い景色の丘だなぁ。ここに泊まろう!」
魔王様が気に入ったのは、なだらかな丘の上だった。
「……ええ、良いですね」
「なんだ? 嫌なのか?」
「いえ、そうではないんです。……ただ、昔、ここに住んでいたことがありましてね……」
「ここに?」
私は、丘から見える景色を見渡しながら、遥か昔の記憶を思い出す。




