21.隠れんぼ
人の国から魔王城に帰ると、なんだか周りの視線が痛かった。
十日間の予定が、いろいろと見るところがあり二十日間に延びてしまったのだが、それが原因だろうか?
急な予定で、魔王城を空けていたことは前にもあったが、ここまで冷たい目を向けられたのは初めてかも知れない。
「お帰りなさいませ、ロキ様」
迎えてくれたのは、メイド長のハンナ。
頭部に羊のツノを生やした魔族の女性である。
「ハンナ、なんだか睨まれているような気がするのですが、何かありましたか?」
「睨んではいません。ただ、もっと早く帰って来いよと非難の目を向けているだけです」
「非難とは、またどうしたんですか?」
「ロキ様や四天王の方々が不在でして、魔王様が城の者を遊び相手に任命されました」
「なんと」
私が人の国に行っている間、最初こそ四天王が魔王様の相手をしていたが、サリーは魔女の集会に向かい、リーフは地底人の土地の侵略を開始し、メロウはとある国の王子様が起こしたクーデターを納めに行き、シロは親が倒れたらしく実家に帰っているという。
もう、どこからツッコめばいいのか分からない。
まともな理由なのがシロだけで、他の連中は何をやっているのかと頭を抱えてしまう。
とにかく、魔王様の遊び相手が不在になってしまった。
始めの方は、魔王様も我慢していたようだが、余りにも暇過ぎて悪戯を開始したらしい。
悪戯はどれも可愛いものだったが、その数が余りにも可愛げがなさ過ぎた。それこそ、悪戯の対応だけで一日が終わってしまうような量だったという。
そんな訳で、メイド長のハンナが魔王様に直訴したらしい。
「魔王様、悪戯はほどほどに願います。これ以上されては、魔王城の業務が滞ってしまいます」
しかし、魔王様はそんなこと気にしない。
「えー、でも暇なんだもん。誰か相手してくれないと、我人類滅ぼしに行っちゃうかもよ?」
魔王様は、相変わらず暇を理由に人類を滅ぼしたいそうだった。
ハンナとしては、人類が滅びようがどうでもいいのだが、私に怒られるのは困るので折衷案を提示したらしい。
「ならば、我らが魔王様のお相手をしましょう。それでどうでしょうか?」
「ほう、お前達に我の遊び相手が務まると申すか。良かろう! 我を楽しませてみよ!」
こうして、メイドや執事が順番に魔王様の遊び相手をすることが決定したそうだ。
「普通の遊びならば、メイド達でも問題ないとは思うのですが……」
たとえばトランプなんかは、体を動かす必要もなく、普通に遊べると思うのだが。
「はい、最初はトランプなどのボードゲームをしていたのですが、直ぐに飽きられてしまいました」
「そうですか……」
飽きたという言葉に、その原因を察せられた。
メイド達はわざと負けたのだろう。
見た目はあれだが、魔王様は歴としたこの国のトップだ。そんな方の不況など、誰も買いたいとは思わない。
「では、今は何を?」
「メイドや執事達が、一発芸を披露して気を紛らわせております」
「ほう、一発芸ですか」
「興味を持たれないで下さい、皆大変な思いをしているんですから」
ハンナの苦言はもっともだが、一発芸というのには興味がある。
「行きましょう」と告げて、ハンナを連れて魔王様の部屋に向かった。
◯
「こちらにありますのは、ただの親指! これが、3.2.1のカウントの後、鳩に変わります! 3.2.1はい鳩が出ましたー! 更に、1.2.3はい! 指に戻りまーす!」
執事が手品らしき一発芸を披露している。
玉座に座る魔王様は、退屈そうに見ており「50点、次」と採点していた。
次に出て来たのはメイドで、頭に人魚が付けている貝殻の髪飾りをしていた。
「何がツボにはまったか分からないメロウ様。
あははっす! それは無いっすよ! で、それはなんすか?
続きまして、ロキ様の晩御飯をつまみ食いして、途中で見つかり誤魔化すも、しっかりと怒られるメロウ様。
じゅる、これ食べていいんすか? ダメ? でもイクラっすよ? ロキさんの晩御飯? じゃあ食べていいんすね、あむ……あっロキさんお疲れ様っす! 大丈夫っす! 毒味オッケーっす! じゃ! 待ってほしいっす! イクラが! イクラが食べて欲しいって言ってたんす‼︎ あーーーっ⁉︎⁉︎」
「あはは! 面白いぞ、90点! ボーナス確定だ!」
メイドはメロウのモノマネをして、金一封をキンコさんから受け取り退出する。
どうやら、高得点を取ると賞金が出るようだった。
「ところで、あの賞金はどこから出ているのでしょう?」
「魔王様のお小遣いとロキ様の給与からと聞いております」
「そうですか……止める必要がありそうですね」
何を勝手に私の給与を使っているんだ。
次に登場しようとする参加者の肩を掴んで止めると、代わりに私が向かう。
「魔王様、ただいま戻りました」
「おお、今度はロキのモノマネか、クオリティが高いな」
「本物です」
「凄いなあ、特殊メイクでも使っておるのか?」
「使っていません、素です」
「ああ言う言う、ロキってもっと面白いこと言ってほしいのに、バッサリと終わらせるんだよなぁ」
仕方ないよなぁ、と手を振りながら立ち上がる魔王様。
「魔王様、城の者に迷惑を掛けては、業務が滞ってしまいます。もう、この一発芸大会はお辞めにしてほしいのですが」
「ふはは、そうだな、そろそろ辞めてもよいかもしれんなぁ。だが、皆我に一発芸を披露したそうだからなぁ。賞金だって欲しいだろうしぃ」
魔王様は窓を開き、雨が降っている外の景色を眺める。
「その賞金ですが、私の給金から出ていると聞いたのですが?」
「あはは、そんなことトウッ‼︎」
魔王様はいきなり、窓から飛び出した。
どうやら、私に怒られるのを察して逃げ出したようだ。
「また鬼ごっこですか、逃しませんよ。……む?」
私は魔王様を追い掛けようと窓際に立つが、どこにも魔王様の姿が見当たらなかった。
魔力の痕跡は森の方に伸びているが、何かがおかしい。真っ直ぐに伸びた先は、森の中腹辺りだろうか。この短時間でも、魔王様なら到着出来るだろう距離だが、そこから動く気配が無い。
「これはまさか……どこかに隠れている?」
鬼ごっこと思ったら、まさか隠れんぼだとは。
「なんて面倒くさいんだ⁉︎」
帰って早々、魔王様を探さないといけなくなるとは思わなかった。
魔王様の姿は見えない、魔力も一直線を除いて痕跡は消されている。ならば、移動には魔力が使われていない可能性が高い。
「だとしたら、魔王様は魔王城のどこかにいるな」
ひとまず、魔王様が外に出れば反応するように、魔王城に結界を張る。
これで、魔王城からは出られまい。
とはいえ、一人で探すには無理がある。それだけこの城は広いのだ。
「ハンナ、手空きの者に伝えなさい。魔王様がこの城のどこかに隠れています。見つけた者には、私から賞金を出しましょう」
「は? はい、承知いたしました」
頭を下げるハンナを置いて、私は下から探す為に一階に下りる。
残されたハンナが、
「これじゃあ、魔王様と変わらないじゃない」
「まあ、似た者同士ですからね」
とキンコさんに愚痴っていたようだが、私は知らない。
◯
魔王様を探し回るが、どこにも姿が見当たらない。
一階にある食堂や炊事場、トレーニングルームや休憩室、中庭なども探したが姿は見当たらなかった。
「いたか⁉︎」
「こっちにはいないぞ⁉︎」
「あのチビを見つけろ!」
「ロキ様に叱ってもらわねーと気が治らねーぜ!」
「探せ! 探すんだ! 賞金は俺達の物だ‼︎」
「こっちにはいないわ」
「よく探しなさい! あの小柄な体なら、どこの隙間に入り込んでもおかしくないわ!」
「こっちの排水口にはいません!」
「トイレにもいないわ!」
「急いで探すのよ! 賞金と休暇は私達の物よ!」
執事とメイドが対立するように魔王様を探している。
賞金を出すとは言ってしまったが、まさかこんな大掛かりになるとは思わなかった。しかも、休暇まで追加されている始末だ。
「これはやってしまいましたね。これでは、魔王様のことを言えない」
まさか、ここまで欲望丸出しになるとは思わなかった。
それに、魔王様に対してかなりのストレスを抱えているようにも見える。
彼らの姿を見ていると、何だか申し訳なくなり、来月の給与にはボーナスも追加して上げようと思う。
一階を探し終え、二階三階と探して行くが見当たらない。メイドや執事も投入しているというのに、影も形も見当らない。
五階まで探し終え、六階にある財務室に入ると、キンコさんに笑顔で出迎えられた。
「ここに魔王様はいませんよ」
「そうですか……ですが、一度見せてもらいたい」
「信用ありませんね。私、何かしました?」
「そうではありませんが、何故か、そうですね……魔王様がここら辺にいる気がするんです」
そう告げると、キンコさんの頬がピクッと動いた気がした。
「まあ、それは愛というものですか?」
「あはは、面白いことを言いますね」
お互いに笑みを浮かべたままだが、私は財務室に入る。何か妨害されるかと思ったが、特に何もされなかった。
部屋を見て回り、職員の引き出しなんかも全てチェックして行く。
しかし、魔王様の姿はどこにもない。
私の勘は、ここにいると言っていらのだが、どうやらハズレだったようである。
「失礼しました」
「いいえ、たとえ忙しくても、上司の命令を聞くのが下の者の役目ですから」
相変わらずの嫌味で私を責めてくる。
とはいえ、この魔王城で最も忙しいのはキンコさんなので、これでストレス解消してくれるのなら、私としては許容範囲内だ。
「ああそうそう、キンコさん服装変えたんですね。季節の変わり目だからですか?」
「え? ええ、そうですけど……」
「似合っていますね」
「えっ……」
「では」
私は財務室を出ると、魔王様の捜索を再開した。
この日、魔王様は見つからず、次の日に帰って来たのだが、どこに居たのかは教えてくれなかった。
◯
ロキが出て行った扉を見つめて、ドキドキとする鼓動を鎮めるキンコ。
狐の獣人の彼女は、茶色の髪と耳を持ち、職員の制服で仕事をしていた。ただ、諸事情により一人だけロングスカートをはいており、少々暑くなっていた。
ドキドキとする鼓動を鎮めるように深呼吸すると、キンコはスカートの中に向かって言う。
「魔王様、もう出て来てもよろしいですよ」
「うむ! 助かったぞキンコ!」
キンコのスカートの中から出て来たのは、なんと魔王だった。鼓動が高まっていたのも、魔王が隠れているのがバレたと思ったからだ。
決して褒められたからではない。
ないったらない!
「それにしても、何故我を匿ったのだ? ロキに差し出せば、賞金が出たのだぞ」
魔王の問い掛けにキンコは微笑む。
その微笑みは、ロキに向けられたものとは違い、慈愛に満ちたものだった。
「私達は魔王様の配下です。たとえ幾ら積まれようとも、魔王様を裏切るような真似は出来ません。それに……」
「それに?」
「隠れんぼは、直ぐに見つかるとつまらないでしょう?」
そうキンコは、いたずらっ子のように笑っていた。




