20.指上げ
ロキがアレスを人の国に送って行くと告げて、二日が経った。
予定では十日間魔王城を空けることになっており、魔王はいつも通り暇を持て余、
「あははっ⁉︎ シロちゃんそれはないって!」
「本当だって。うちの妹、山から飛び降りようとしたんだよ。「なんか飛べる気がする」って言って走り出したんだから」
「やばいってそれ⁉︎ あははっ! 面白いな妹ちゃん、今度遊びに連れて来てよ」
暇を持て余していなかった。
ここにいるのは、シロだけでなくサリーやメロウも来ており、話に花を咲かせていた。
「え? その王子様って、メロウが沈没させた戦艦に乗ってたやつだよね?」
「そうすね。何を勘違いしたのか、私のこと命の恩人だと思ってるんすよ。岸に来て私の名前叫ぶから、もう恥ずかしくてたまらないっス」
「えー、いっそ国に返したらいいんじゃない?」
「返したっす。帰ったメルツ帝国で、海に向かって叫ぶんすよ」
「うわー、それストーカーじゃん」
怖っ! と身震いするサリー。
しかし、どうしてメロウの名前を呼ぶのか気になった。命の恩人ならば、お礼を言うか品を渡して終わりでいいだろう。
「それで、一体どんな用事だったの?」
「なんか、地上で一緒に暮らしてほしいらしいっす。指輪まで貰ったっス!」
「ええ……それ求婚?」
「球根? 違うっす、指輪っす! なんでも、四天王の『千魔の魔女サリー』さんが付けていた物らしいっす!」
「私ぃ⁉︎ そんな指輪付けてたことないわよ⁉︎」
見た限り高価そうな物だが、魔道具でもない指輪をサリーは身に付けない。そもそも、その指輪は魔力を帯びておらず、内側には愛しのメロウと掘ってあった。
もうこれ、王子様がメロウに渡す為に嘘を付いたとしか思えない。
そこの所を説明しようと思ったのだが、メロウは別の所が気になったようだ。
「サリーさんじゃないっす! 千魔の魔女サリーさんっす! 間違えないでくださいっす!」
ええー、そこから説明しないといけないの?
そうサリーは困惑した。
「……えっとね、その千魔の魔女ってのが私の二つ名なの。ほらメロウにもあるでしょ、二つ名」
「二つ名……なんだっけ?」
ええー、忘れちゃうの?
そうサリーは困惑した。
「海花姫のメロウでしょ、忘れないでよもう」
呆れたように告げると、「……そうだったっす‼︎」とメロウは驚いていた。
まさか、自分の二つ名を忘れるとは思っておらず、サリーはため息をついた。
まあ、メロウなら仕方ないかと諦めて、二つ名の話は終わらせた。と思っていたら、思わぬところから二つ名に食い付く人物がいた。
「あの、二つ名って何ですか?」
それは、四天王の新人であるシロだった。
かなり必死な表情をしており、冗談で言っているのではないようだった。
「えっ、二つ名だよ。シロにもあるでしょ?」
サリーの問い掛けに、首を振って否定するシロ。
「シロ、二つ名無いの?」
「はい、無いです」
「誰かに呼ばれたりとかは?」
「無いです」
四天王の二つ名は、元からある場合と後から付けられる場合がある。
元からというのは、元々活躍しており周囲からそう呼ばれていた場合だ。メロウの二つ名がそれだったりする。
後から付けられる場合は、その人物の特徴を見てロキが名付けるのだ。大抵、四天王に任命された時、一緒に名付けられるのだが、シロにはそれが無かった。
「あー、これ忘れられてるわね」
「そんな〜」
泣きそうなくらいに落ち込んだシロ。
耳と尻尾がペタンと垂れてしまい、あからさまに元気を無くしている。
そんなシロを元気づける為、我らが魔王様が立ち上がる。
「大丈夫だシロちゃん!」
「魔王ちゃん?」
「二つ名なら、我が付けてやる!」
「魔王ちゃんが……?」
魔王の宣言に、途端に不安になるシロ。
本音ではやめてほしいのだが、目をキラキラさせる魔王を見ると、とても断れなかった。
「ほっ本当、わー嬉しいなー」
不安のあまり棒読みになってしまったが、魔王は気付いていない。
ドキドキしながら、魔王が考える二つ名を待つ。
周囲の反応に気付いていない魔王は、ムムムッ‼︎ と考えに考えて、シロの二つ名を決めた。
「うむ! シロちゃんの二つ名は、『プリティーキャット』だー‼︎」
「やだよ⁉︎ 私、猫じゃないよ!?」
「なんでー⁉︎」
いくら何でもあんまりな二つ名に我慢出来なくて、無理! と拒絶してしまう。
これは仕方ないと、サリーとメロウはシロの反応に頷いていた。
拒絶されると思っていなかった魔王は、ショックを受けて固まってしまう。
そんな魔王は放っておいて、次はサリーが提案する。
「じゃあ、『森から現れた白き獣、獣神シロ!』っていうのはどう?」
「やですよ⁉︎ 何ですかそのプロレスラーの呼び名みたいなやつ⁉︎」
もっと可愛さを入れてよ! そう心の中で叫びながらサリーの提案を却下する。
続くメロウは、んーと考えたあと、はっ⁉︎ としてまた考え始め、んーと何度か考えて提案する。
「シロちゃんにピッタリな名前があるっす!」
「……何ですか?」
「海猫!」
「もう猫でもないよ⁉︎ 鳥になっちゃってるよ⁉︎」
すでに二つ名ですらなく、思い付いた名前を言っているだけだった。
全ての二つ名に却下を出したシロ。
そんなシロに、サリーは問い掛ける。
「じゃあ、シロは何が良いの?」
「私ですか? その……やっぱり女の子だから、それらしい言葉が欲しいっていうか……」
「面倒ね、さっさと言いなさいよ」
「えっと……白姫、とか」
「却下」
「なんでー⁉︎」
確かにあからさま過ぎたなとは思ってはいたが、即座に却下されるとは思わずショックを受けるシロ。
「じゃあ何だったら良いんですか⁉︎」
「だから、森から生まれた白き獣神! が一番」
「嫌ですよ! しかも、さっきと微妙に違ってますよ⁉︎」
「シロちゃん、やっぱりプリティーキャットが良いよ」
「うう……、魔王ちゃんのが一番まともに思えて来た……」
感覚がバグッてきたシロは、このままでは危険だと逃げ出そうかと考える。しかし、何故かメロウが余計な提案をする。
「考えても決まらないなら、ゲームで決めたらいいんすよ!」
人の大事な二つ名をゲームで決めるな。
そうシロは言いたかったが、「いいわね」とサリーはその提案に乗り、「面白そうだな」と魔王も面白半分に乗ってしまった。
え、これ決定なの?
シロは困惑しながらも、参加せざるを得なくなった。
「それで、どのようなゲームで決めるのだ?」
「そうね……指上げなんてのはどう? 簡単だし、直ぐに決まるわよ」
「指上げ?」
指上げ。(呼び名は諸説あり)(ここでは指上げとする)
それは、いっせーのせ! のせの部分で数字を呼び、同時に親指を上げるゲームである。
①人数は二名以上可。
②向かい合いor囲い、親指を上にして軽く握り拳を作る。
③順番を決め、『いっせーのー◯!』の◯の部分で親指の数以下の数字を呼び、それ以外の者は親指を上げる。
④呼んだ数字と、上がった指の数が同じなら手を一つ減らす。違っていれば続行。
⑤最初に二本の腕が下りた者の勝利とする。
「というルールなんだけど、分かった?」
「うむ、分からんからやってみよう!」
「……そうね」
というわけで試しに早速やってみたのだが、四人でやると決着付かなかった。
やり続ければ、いつかは上がるのだろうが、ここには身体能力に優れた獣人のシロと、魔力による身体強化のスペシャリストである魔王がいる。
この二人の驚異的な反射能力により、永遠に決着が付かないのだ。
「というわけだから、一対一でやりましょう」
余りにも決着が付かなかったので、サリーの提案により勝ち抜き戦が決まった。
一戦目は魔王対メロウ。
ジャンケンの結果、先行は魔王。
「いっせーの7!」
「……魔王ちゃん、今は二人だから数字は4までだよ」
「あー⁉︎ しまったー⁉︎」
数を間違えるなどのトラブルはあったが、無事に魔王が勝利する。
二戦目、シロ対サリー
ジャンケンの結果、先行はシロ。
シロは驚異的な動体視力でサリーの指の動きを見抜き、一度目から指を一つ減らすのに成功する。
しかし、相手は同じ四天王である。
「甘いわねシロ、いっせーの2」
「なにー⁉︎」
サリーの拘束魔術により、シロは指を上げられずに指を減らさせてしまう。
強敵だ。
これは強敵だ。
次は自分の番なのに、指が動かない。
「……ん? それって……いっせーの1!」
「あっ、負けちゃった」
指が動かせないからって、先行を取っている以上シロの優位は変わらない。
自分の指が動かなくても、言う数は0と1の二択になるだけだ。あとは、サリーの指の力の入れ具合を見切ればいいだけだった。
これで、決勝は魔王対シロに決まった。
魔法による驚異的な身体強化に対するのは、天然の最強動体視力。
どちらが勝利してもおかしくはない。
「シロちゃん、手加減はしないぞ」
「もちろんだよ魔王ちゃん。まだまともな二つ名だから、負けても安心だしね」
すでに感覚がバグってしまったシロは、魔王と固い友情の握手を交わす。
二人の勝負は拮抗していた。
どちらも譲らず、掛け声は百回を越えてしまう。
余りにも決着が付かないので、サリーとメロウは王子様の話を再開してしまう始末てある。
「メロウは地上に上がったの?」
「うっす、念のために人の足に変えて、町の中を見て回ったっす」
「それって、王子様も一緒だったんだよね?」
「そうっすね、王子に頼まれたんで上陸してみたっす」
そんな会話に聞き耳を立ててしまったシロは、それって恋バナじゃん⁉︎ と気が逸れてしまった。
「いっせーの1! よし、一抜けだ!」
「くっ⁉︎ 恋バナは卑怯だよ」
別にシロの気を紛らわせる為に喋っているわけではないので、サリー達は引き続き会話に興じる。
まずい、このままでは負けてしまう。
二つ名がプリティーキャットになってしまう。
若い今ならまだいいけど、ヨボヨボのお婆ちゃんになってもプリティーキャットと呼ばれる。それは恥ずかしい!
それに、その頃にはきっと孫もいる。
孫から、「お婆ちゃん、プリティーキャットって呼ばれてたの? ヤバッ⁉︎」なんて言われたら、軽く死ねる。
絶対に負けられない‼︎
シロは覚醒する。
命に替えても絶対に負けられないという覚悟が、シロの能力を限界突破させてしまう。
素の動体視力に加えて、魔力による強化を行いブーストを掛ける。これにより、魔王と同等の身体能力を獲得する。
「コォー……」
更に集中。
呼吸が独特なものに変わり、魔力による肉体強化がもう一段階上のものに昇華される。
「シ、シロ……?」
「凄い、発光してるっす⁉︎」
集中したシロに外野の声はもう届かなかった。
だが、好敵手と書いて友と呼ぶ、魔王の声は違う。
「ふっ、来いシロちゃん!」
「行くよ魔王ちゃん、いっせーの2!」
指が動くだけで旋風が巻き起こる。
思わず目を閉じてしまったサリーとメロウは、目を開けて「おおー‼︎」と歓声を上げてしまう。
シロが一本に加え、魔王も指を上げていたのだ。
「やるな、シロちゃん」
「勝負はこれからだよ!」
一対一になった指上げゲーム。
覚醒したシロちゃんに華を持たせるのも悪くないかと逡巡する魔王。だが、いやいや、ここで手加減すればシロちゃんを馬鹿にすることになると思い直して、本気で挑むことにした。
シロがこの心情を聞けば、「負けてよ! 華を持たせてよ‼︎」と絶叫しただろうが、もう過ぎた話である。
「いっせーの0! わぷっ⁉︎」
魔王の喉の動きまで読み、シロは指を上げる。
その衝撃で巻き起こった風が魔王の顔面に直撃するが、些細な問題である。
コォー……という呼吸音が鳴り、覚醒したシロの番を迎える。
観客になった二人はゴクリと息を呑み、結末を見守る。
「来いシロちゃん!」
「いっせーのー1‼︎」
魔王は動かない。
正確には突風が顔面を襲い、「あぶぶぶ」と変顔を晒してしまったが、指は動いていない。
しかし、シロの指は動き、ピンッとそそり立っていた。
「おおー‼︎」
思わず歓声を上げる二人。
「やったー‼︎ 勝ったー‼︎」
勝鬨を上げ、体全身を使って喜びまわるシロ。
「ふっ、成長したなシロちゃん」
それを達観した目で見守る、敗北した魔王。
こうして、シロの二つ名は白姫に決まった。
のだが、人の国から帰ったロキから、
「はい? シロの二つ名はもうありますよ」
と言われて、全てが無駄に終わったのは言うまでもない。
因みに、シロの二つ名は『白獅子王』である。
「……可愛くない」
と絶望したシロがいたのも言うまでもない。




