ある魔術師の昔話
ある人の国に、サニアという少女がいた。
サニアは辺境の町に生まれ、比較的平和に暮らしていた。
両親が働いている間、兄妹や友達と一緒に遊ぶ日々を送っていた。
そんなある日、町に大道芸がやって来た。
大道芸は驚異的な身体能力と、ちょっとした魔術を使い観客を楽しませてくれる集団である。
両親に連れられて行った大道芸を見て、サニアは衝撃を受けた。
生まれて初めて魔術を見て、衝撃を受けたのである。
人の国では、魔術という物のは一般的ではない。
選ばれた者が、選ばれた学園で学び、ようやく使えるようになる技術である。
「私も魔術師になりたい!」
幼いサニアは、両親にそう懇願した。
両親からすれば、幼い子供の戯言のようなものだった。
ただ、頭ごなしに子供の夢を壊すのも憚られ、可能性として一冊の本を与えた。
それは、魔術が載っている本。
魔術師の素養があれば問題なく読めると、古本屋の主人に騙されて、格安で買った本である。
「これを読めたら、魔術師になれるよ」
「本当⁉︎ わーい、やったー‼︎」
両親は、無邪気に喜ぶ娘を見て心を痛めた。
絶対に読めないと思っていたからだ。
事実、サニアは本を開いて「読めないよ〜」と嘆いていた。
だがサニアは諦めなかった。
貰ったその日から、毎日本と睨めっこする日々を過ごすようになる。
でも、やっぱり読めない。
読めなくても、絶対に読んでやるという気合を持って、友達が遊んでいる横でも本を眺め続けた。
すると、奇跡が起こった。
「珍しいですね、ここに魔族の本があるとは」
通りがかりのイケメンが足を止めて、サニアの本を眺めていた。
「お兄ちゃん、この本読めるの⁉︎」
「ええ、こちらでは古代魔術と呼ばれる魔術の教本ですね」
「お願い、この本読んで!」
幼い子供のお願いとはいえ、このお兄さんにはさぞ迷惑だっただろうなと、後になってサニアは反省する。
だが、お兄さんは快く引き受けてくれた。
「余り時間はありませんが、よろしいですよ」
「やったー!」
お兄さんの声は、よく頭に入って来た。
特別に頭が良いわけではないサニアだが、お兄さんが喋った言葉は、なぜか一言一句逃さずに覚えてしまった。
更に、
「これが魔力の流れです」
「ほぉー⁉︎⁉︎」
頭に触れられて、魔力の扱い方まで教えてくれたのである。
「お兄さんは神か⁉︎」
そう驚愕すると、お兄さんは困った笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。
読んでくれた本の内容は最初の数ページだけだったので、とても理解出来るものではなかった。
「もっと読んで」とお願いしても、お兄さんは「すまない」と席を立ってしまう。
ただ、その代わりに、
「一週間だけ本を読める魔法を君に掛ける。君が本気で魔術師になりたいのなら、頑張りなさい」
お兄さんはサニアの額に触れて、不思議な魔法を掛けた。
その日から一週間、本当に本が読めるようになっていた。
サニアは必死に読んだ。
この時間に写本をすれば良かったのだろうが、幼いサニアにはその知識は無かった。だから、文字を読み必死に頭に叩き込む。
全て読み終わるのに三日掛かった。
理解し切れていなくて、再び読んで二日が経過した。
絶対に忘れないようにする為に、二日掛けて全てを読み直した。
その結果、魔術が使えるようになった。
「火よあれ」
目標が突然発火して激しく燃え上がり、炎が生物のように動いて周囲を飲み込み、跡形も無く消し去ってしまう。
本を読みマスターしたら、たった六歳で宮廷魔術師並みに成長してしまった。
その事実を知らない両親と当のサニアは、十歳になるまで平穏に暮らす。
転機が訪れたのは、領主様からの使者が訪れたときだった。
何でも、サニアが魔術を扱えるというのを耳にしたらしく、見てみたいというのだ。
両親はこの時初めて、サニアが魔術を使えるというのを知った。
だが逆に、サリアは両親が知らなかったことに驚いた。
「どうして教えてくれなかったんだ!」
そう怒鳴る父親に対して、
「本読めるようになったって言ったじゃん!」
と主張するサニア。
「それが何だっていうんだ⁉︎」
「お父さん言ってたじゃん! この本読んだら魔術師になれるって!」
そう言って、グイッと本を前にやると、「あっ」と父親は己の発言を思い出した。
その反応を見て、サニアはこれ騙されてたなと察した。というか、何となく分かっていた。
サニアが魔術を使えるのは、子供達の間では有名だ。その中には、自分も使いたいと言い出す者もいた。
そんな子に、サニアは丁寧にに本の内容を教えるのだが、残念ながら魔術は使えなかった。それは一人や二人ではなく、サニアの友達全員がそうだったのだ。
これはもう、自分が特別な存在だからという他ないだろう。
サニアは、領主の使者に連れられて館に向かう。
何故か両親も行きたがっていたが、サニアだけが連れて行かれた。
そこで、サニアは魔術を披露させられた。
使者に言われた通りに、魔術を見せるだけだった。
物語りのような、領主の息子との邂逅なんてなかった。
がっかりした。
ただ、がっかりしたのはサニアだけで、他は違ったのうである。
「土よなれ」
サニアの言葉を発すると、大地が盛り上がり巨大なゴーレムが現れたのだ。しかも、既存の物よりもスタイリッシュで、カッコ良さを追求した物になっていた。
「おお‼︎ なんだこれはー⁉︎⁉︎」
領主は絶叫して驚き、お供の者達は驚いて腰を抜かしていた。その腰を抜かした者の中に、年老いた魔術師がおり、プルプルと体を震わせながらゴーレムに近付いて行く。
「どうやって、どうやってそんな詠唱で、お前は何をしたー‼︎」
「ええ⁉︎ なにお爺ちゃん、どうしたの⁉︎」
興奮して、ゴーレムをガンガン殴り出す魔術師のお爺ちゃん。
一体どうしたのかと問うと、どうにもサニアの魔術は異常だという。
本来なら、長々と詠唱を行い魔術を発動する。
火球一つ飛ばすだけでも、『灼熱の炎よ、火球となり我が敵を撃ち滅ぼせファイアボール』と唱えなければならないのだ。
『土よなれ』の一言で巨大なゴーレムを作り出すなどあるはずがない。お前何かズルしただろゴラァ! というのが、お爺ちゃん魔術師の主張らしかった。
「理解しているのか⁉︎ これは短縮詠唱で片付けられるものではないんだぞ‼︎」
「そんなこと言われても……、私これしか知らないし……」
「ならば師は誰だ? 誰に魔術を教わった⁉︎」
誰にと問われて、最初に思い浮かんだのは本だった。でも、本は違うよなぁと思い、本を読んでくれた人を思い出そうとする。
「……あれ?」
しかし、思い出せない。
本を読んでくれたはずの人を思い出せない。
男か女かも、年老いていたのかも若かったのかも、顔も声も思い出せない。
読んでくれた本の内容は今でも思い出せるのに、読んでくれた人を一切記憶していなかった。
「どうした? 答えられないのか?」
「いや、えっと……本を、読んで覚えました……」
苦し紛れだった。
でも、これしか言えなかった。
お爺ちゃん魔術師に「独学か⁉︎」と驚かれたが、「いや、それだけぶっ飛んでないと無理か?」と何故か納得された。
その後はトントン拍子に話は進んだ。
領主とお爺ちゃん魔術師の推薦で、魔術の学園への入学が決まり、翌年から王都に行くことが決まった。
父親が「娘を一人で行かせるだとぉ⁉︎ 絶対に許さん‼︎」と抵抗していたが、領主の命令だと説得して最後は折れて認めてくれた。
そんなこんなで魔術学園に入学したのだが、はっきり言って退屈だった。
知らないことばかりだったが、どれも間違っているような気がして、勉強する気にならなかったのだ。
それに、学園に入学するにあたり、サニアの魔術を先生に教えるという、なんともおかしな条件まで付いていたので、本当に私って生徒なのかなぁ? となってしまっていた。
サニアの魔術は、学園でも異質だった。
短い言葉に複数の意味を持たせるというのは、短縮詠唱にもあるのだが、それとは段違いに強力な魔術になっていたのだ。
どうしてこんなに違うのか?
先生や宮廷魔術師がサニアの魔術を研究し、サニアが学んだという本を解読し、ある結論を出した。
「私の魔力の流れですか?」
「そう、どういう風に魔力を操っているの?」
優しい女の先生が、サニアに緊張させないように問い掛ける。
「んー……グルグルと回ってる感じです」
「回っている? 体内を駆け巡らせているイメージ?」
「違うかな、どちらかというと、沢山の竜巻が全身を駆け巡ってる感じです」
「竜巻⁉︎ サニアさん、体は大丈夫なの⁉︎」
「えっと、大丈夫です。他の人は違うんですか?」
この世界の生物には、魔力回路と呼ばれる魔力を流す管が全身に巡らされている。
魔術師は、魔力回路に流れる魔力を操り、魔術として発動させる。
大抵の場合、操るイメージは循環。
流れの強弱はあれど、巡る動きに違いはないはずだった。
それが、沢山の竜巻といった。
とてもではないが、人の魔力回路では焼き切れて二度と魔術は使えなくなってしまう。そんな恐ろしいイメージをサニアはしていた。
そのことを説明されても、サニアはポカンとしていた。
何故なら、これしか魔力の操り方を知らないから。
最初に教えられた流し方がこれだし、この状態でずっと生きて来たので、特殊なことだとは思わなかった。
ただそれを聞いて、やっぱり私特別なんだと自覚した。
◯
魔力の流れが違うことが判明してから、サニアは己の魔術の研究を行うように学園から言い渡される。
何せサニアだけが、普通とは違う魔術を使うので、教えても意味が無いと判断されたのだ。
おかげで、サニアはのんびりとした毎日を送っていた。
朝遅くに起きて研究する。適当にレポートを提出して、適当に新しい魔術式を開発する。
そんな自堕落? な毎日を送っていた。
だがある日、心変わりをしてしまう。
「無詠唱魔術ってかっこよさそう……」
厨二的な発想で、詠唱ってダサくない? 無言の方がミステリアスでカッコいいよね? とカッコ良さを追求するようになってしまったのだ。
これが十四歳の頃の話。
その翌年、サニアは勇者パーティに加わるように国から勅命が下る。
勅命を受けたサニアは、拳を震わせて歓喜した。
勇者パーティといえば、魔王を討伐し、数々の功績を上げ、世界に平和をもたらす正義のヒーローである。
その一員になれるのだ。
興奮しない方がおかしかった。
「勇者⁉︎ 魔王⁉︎ 私大魔法使い⁉︎」
すでに、魔王討伐後のビジョンまで見てしまっており、サニアは喜んで勇者パーティに参加した。
勇者アレス。
戦士カンダタ。
武闘家シャオリー。
魔術師サニア。
この四名で魔王を討伐に向かうらしい。
メンバーを見て、サニアは一気に不安になった。
え、このメンバーで旅するの?
田舎者丸出しの勇者。
粗暴な戦士。
やる気の無い武闘家。
これが、世界に平和をもたらす勇者パーティになれるとは思えなかった。
「あの、魔術師のサニアです。……よろしくお願いします」
一番最初に返答してくれたのはカンダタだった。
「ああよろしくな、俺はカンダタってんだ。それにしても災難だったな、お前も数合わせで呼ばれたんだろ?」
「え?」
「なに、あんた知らないの? 勇者様を除いて、私達は代役で集められたのよ」
教えてくれたのは、武闘家のシャオリー。
「代役? じゃあ、本来なる人達はどうしたんですか?」
「急病とか、急に辞退したらしいわよ。きっとこのパーティは呪われてるわね」
「ええー……」
シャオリーの情報に、一気に不安になるサニア。
しかし、歩いてくるアレスを見ると、その不安もなりを潜める。
田舎者という印象は拭えないが、その身から溢れ出す人を惹きつける魅力は本物だった。
「初めまして、僕はアレス。今代の勇者を任された者だ。長い旅路になると思うけど、これからよろしく頼む」
差し出された手を取り、握手を交わす。
この人なら、きっと一人でも世界を救うだろう。
そんな予感を、この時の三人は抱いていた。
◯
勇者パーティの旅は順調とは言えなかった。
魔物との戦闘は問題ないのだが、魔王軍との戦闘では苦戦を強いられた。
しかし、それは想定の範囲内だった。
問題は人側にあった。
「勇者様、本日はぜひ我が屋敷においで下さい。最高のおもてなしをいたしますよ」
ひひひっ、そう醜く笑う男。
今いる領地の領主ではあるが、この男は魔物よりも醜いと思ってしまうほどの醜悪さを秘めていた。
これは見た目の話ではなく、中身から醸し出される物だった。
事実、この領地は荒れていた。
治安が悪く、飢えている領民が大勢いたのだ。
それなのに、領主は毎日贅沢三昧。
勇者達の出身国ではないが、同じ人間が統治する国として、こんなことが許されるのかと疑問に思ってしまう。
そしてそれはここだけではない。
他にも数多く存在していたのだ。
「これ、料理に薬が盛られてるパターンじゃないのか?」
カンダタが懸念してアレスに問い掛ける。
「そうかも知れないね。でも、断るわけにもいかない。サニア頼めるかい?」
「はい、任せて下さい!」
薬が盛られるというのは何度かあった。
最初は、サニアの解毒魔術と回復魔術で事なきを得たが、それ以降、貴族や領主より招待を受けた時は解析魔術で様々な物を調べるようにしているのだ。
この勇者パーティは、サニアがいなければ全滅していただろう。
もっと言うと、肉体の耐久力が異常なカンダタが欠けていれば、トラップにより全滅していた。
耳や目が優れているシャオリーがいなかったら、僅かな変化に気付かず、町ごと全滅していた。
誰もが役割を果たし、この勇者パーティは各地を巡り、確かに成長していった。
◯
勇者パーティが旅立って三年。
サニアが十八歳になる頃、ある研究が完成した。
「見てて……どう、凄くない⁉︎」
「これは、無詠唱魔術?」
勇者が驚いているのは、詠唱無しで魔術が発動したからだ。
一応、勇者も魔術を使えるが、それは杖という魔術の補助道具があるから可能だ。だからこそ、魔術の難易度を理解しているし、短縮詠唱やサニアの魔術の威力が異常なのも理解していた。
それを無詠唱で行う。
一体、どれほどの研鑽を積んだらこの境地に至れるのだろうかと、アレスは内心慄いてしまう。
「凄い……だが、どうやって?」
「実はね、体内の魔力の流れをいじれるようになったんだ。最初から、魔術に変換するように流れを操れば、無詠唱でやれるんじゃないかって気付いたってわけ」
たわわに実った胸部をゆらせて、サニアは得意げに説明する。
この三年で成長したのは、なにも実力だけではなかった。
元から二十代だったカンダタに変化は見られないが、他の三人は大きく成長していたのだ。
勇者アレスはより勇者らしく。
サニアはより魅力的に。
シャオリーは筋肉質に。
「……武闘家だからね、私、武闘家だから、仕方ないから……」
「だっ、大丈夫だよ。それもシャオリーの魅力だから、僕はそんなシャオリーが良いと思うよ」
やや闇落ち仕掛けたシャオリーだが、アレスがフォローして気持ちを持ち直していた。
そんな成長した勇者パーティは、いよいよ魔王国に潜入する。
ここからは、周りが敵だらけになり、休むのは無理と考えていいだろう。
「はい、ああ魔王城ですね。ええと、三番線の14時51分発の快速に乗ってマオイレに行って下さい。そこから乗り換えで……」
駅で切符を購入して、魔道列車なる物に乗り、二日間の快適な列車旅を満喫して魔王城に到着した。
「なあアレス……」
「何も言うなカンダタ、今は魔王に集中するんだ!」
明らかに人の国より発展した文明。
これに目を向けては、自分達のこれまでの歩みが無駄になってしまう。
現実に目を背けつつ、勇者パーティは魔王城の扉を開く。
そこには、メイド服を着た魔族の女性が立っていた。
「お待ちしておりました勇者御一行様。謁見の間にて魔王様がお待ちです」
メイドに連れられて魔王城を歩く。
城の内部はなんとも陰湿で、まるでお化け屋敷のような雰囲気だった。
「ちょっと、ドライアイス設置し過ぎだって」
「照明暗すぎない? こけちゃわないかな?」
「でも、これくらいしないと雰囲気出ないよ」
なんて会話が廊下の影から聞こえて来るが、メイドの咳払いで鳴りを潜めた。
やがて、豪華に装飾された大きな扉の前に立つ。
「ここに魔王が……」
「いよいよね。なんか違う気もするけど、これで最後なんだよね」
「ああ、間違いなく魔王がいるぜ」
「ヤバい雰囲気がビンビンだね」
扉の前で立ち止まり息を呑む勇者パーティ。
いつまでも扉を開けないので、痺れを切らしたメイドが「どうぞ」と言って扉を開けた。
「あっ」と言う間に開かれた扉の先は真っ暗だった。
メイドを見ると、「行ってらっしゃいませ」と頭を下げており、後頭部から早く行けと副音声が聞こえて来そうだった。
「なんか、緊張感が無いけど行くしかないのよね?」
「そうだね。僕が先頭で行く、みんな油断しないでね」
皆が頷くのを見て、勇者は歩き出す。
部屋に入ると、左右の松明風のオブジェが点灯する。更に一歩前進すると、次の松明風オブジェが点灯する。
どんな演出だと内心ツッコミながら、勇者パーティは歩いて行く。
やがて部屋の中央に到着すると、入って来た扉がバタンと閉まり、部屋の明かりが灯される。
部屋の最奥には玉座があり、そこには一人の魔族が座っていた。
「くっくっく、よく来たな勇者よ。我が魔王である‼︎」
「お前が、魔王?」
玉座から立ち上がり、声高々に宣言した魔王。
その姿に戸惑ったのは、魔王の姿が幼い少女にしか見えなかったからだ。
だが、その戸惑いも直ぐに消える。
「ふん! 見た目で判断するとは未熟者だな‼︎」
「くっ⁉︎」
魔力を解放した魔王を前に、勇者達に緊張が走る。
「くくっ、勇者よ貴様に提案がある」
「提案?」
「我が配下になれ、さすれば世界の半分を与えよう」
「ふざけるな! そんな物はいらない。僕達はお前を倒して、世界を平和にするんだ!」
「ふふふっ、流石は勇者といったところか、半分というのも闇の世界と気付いていたな。ならば来い! 貴様の力見せてみよ‼︎」
最初に動いたのは武闘家のシャオリーだった。
魔王の見た目から魔術が得意だと判断して、魔術を使わせる前に近接戦闘を仕掛けたのだ。
「いい判断だ」
「いいりゃー‼︎」
気功を宿した拳が魔王を襲う。
しかし、魔法による防御結界により防がれてしまった。
だが、それでシャオリーが攻撃の手を止めることは無い。
「牙拳! 獣拳! 鳳凰脚! 煉獄衝‼︎」
連続した技が防御結界に繰り出され、ヒビを入れ、破壊してしまう。
「見事だ!」
「まだまだー! 天閃蓮撃‼︎」
飛び上がったシャオリーから、まるで天から降り注ぐ雷のような連撃が繰り出される。まともに喰らえば、ひ弱な魔王では跡形もなく消えてしまうだろう。
だが、そうはならない。
何せ魔王だから。
鈍い音が鳴り響き、シャオリーは攻撃が届かなかったのを悟る。
「うむ、闇の衣が守ってくれなければ死んでいたな」
「くっ⁉︎」
魔王が着用している服が形を変え、盾となって攻撃を防いでいたのだ。
シャオリーは攻撃を放ったばかりで、地面に着地するまで動きが取れない。
次は魔王の攻撃の番、
とはならなかった。
「グランドアックス‼︎」
すでにカンダタが接近しており、大斧を振りかぶり技を繰り出していたのだ。
「ふっ、力だけだな」
魔王の前に柱が立ち、大斧の勢いを減退させられる。
「うおおおーーーっ‼︎‼︎」
しかし、更に力を込めて魔力を流し、新たな技を放つ。
「デッドアックス‼︎」
「むっ⁉︎」
空間を切り裂く大斧の一撃は、闇の衣を突破する威力を秘めていた。それを見抜いた魔王は、大きく下がりカンダタから距離を取る。
そこで、突然炎に包まれた。
「なっ⁉︎」
炎は勢いを増し、業火となって魔王を飲み込み焼き尽くそうとする。しかし、それも一瞬のことで、直ぐに霧散してしまった。
「ケホッ! ケホッ!」
炎は消されてしまったが、魔王も無傷ではなかった。髪がチリチリに焼かれており、顔には煤が付いていた。体も炙られており、所々火傷していた。
「はっ‼︎」
咳き込む魔王に、勇者が迫る。
鋭い突きは闇の衣を貫き、魔王の身を貫こうとする。しかし、魔王は自身を浮かべることで回避してしまう。
「極光四閃!」
空中に逃げた魔王に向かい、光を帯びた剣閃を放つ。
四つの剣閃は、四方から魔王に向かい回避不可能な技となる。
「なめるな!」
それに対して、魔王は闇の衣で剣を作り出し、その全てを切り払ってしまう。
これで仕切り直し、と魔王は考えたが、天井から風が巻き起こり床に叩き付けられてしまう。
「がっ⁉︎」
そこに勇者、戦士、武闘家が殺到する。
それぞれが魔力を気功を込めて、魔王を倒すために技を繰り出す。
これで倒せなくても、大ダメージは与えられるはず。
そう勇者パーティは思っていた。
「ふっ、やるな……」
「なっ⁉︎」
魔王は魔力を高め、迫る勇者達を吹き飛ばしてしまった。
魔力を高めた魔王は、ゆっくりと起き上がり勇者達を称賛する。
「流石は、我が四天王を退けただけはある。それほどの力を手に入れるのに、どれだけ研鑽を積んで来たのか想像も付かん」
魔王が負っていた傷が癒えていき、チリチリになった髪も元のストレートに戻ってしまう。
「それに、無詠唱魔術まで使うとは……。世界を救うという覚悟、見事なり! これは、我も遊んでられん。お前達の覚悟に応え、我も本気で相手をしよう!」
「なんだと?」
勇者が言うのと同時に、魔王は力を解放した。
肉体が成長していき、成人女性くらいの身長になる。頭にあったツノ付きカチューシャは外れ、代わりに本物のツノが生える。肌は硬質化し、まるで龍の鱗のようになった。
魔王の変身。
勇者達は驚愕する。
それは、恐ろしいまでに魔王の力が増大したからというのもあるが、最も驚いたのが、
「まさか、龍族だったのか⁉︎」
その姿が龍族と同じだったからだ。
龍族は、他の種族とは隔絶した能力を持っており、一部では信仰の対象になっていたりする。
勇者達も旅の途中で龍族と出会っており、その力をその目で見ている。だが、負けるとは思わなかった。確かに強靭な肉体と無尽蔵の魔力、龍族の魔法は脅威ではあるが、戦えば勝てるという確信があった。
そのはずだったのに、魔王の変身した姿を見ると、その確信が揺らいでしまった。
「龍族が、魔王……」
「おい、勘違いするなよ。龍族の血はほんの少し流れておるが、我は龍族じゃないぞ」
「混血⁉︎ 龍族が⁉︎」
「いちいちうるさいな……ここは狭い、場所を変えよう」
「っ⁉︎」
魔王が手を振ると、勇者パーティは吹き飛ばされ、ガラス戸から魔王城の裏庭に落とされた。
サニアは魔術を使い、落下する皆を浮かせて無事に着地させる。
「サニア助かった!」
「うん、でも本番はここからよ……」
「……ああ」
勇者達はゴクリと唾を飲み込みながら、降り立つ魔王を見ていた。
「さあ、第二ラウンドだ」
勇者達に絶望を告げる戦いが始まった。
◯
サニアは魔力を操りながら、頭を必死に巡らせていた。
魔王が変身してから、状況は一変した。
攻撃力や防御力が上がったのはもちろんだが、何より速度が段違いに上がっていたのだ。
勇者パーティで最も速いのはシャオリーだ。次に勇者にカンダタと続く。
「山塊撃‼︎」
「遅い!」
その最も速いシャオリーでも、魔王の動きを捉えられず、カバーに入った勇者に救われている状況だ。
動きが速過ぎて捉えられないなら、それを補う攻撃を。そう考えたサニアは、魔術で三人にだけ声を届ける。
『みんな後ろに跳んで』
声に反応して下がるのを確認すると、風の魔術を発動する。
上空から大量の風の刃が降り注ぎ、広範囲を一瞬で切り刻む。衝撃で砂埃が舞い上がり、視界が塞がるが攻撃は更に続く。
サニアの探知魔術には、魔王はまだ砂埃の中にいる。
そして、無傷だ。
ならばと、魔王の周辺を結界で囲う。
「くらえ!」
結界内に爆裂魔術を発動し、生命を破壊する。
これが普通の龍族ならば、骨も残らず亡き者に出来ただろう。
だが、相手は魔王である。
「うむ、凄まじい威力だ」
当たり前のように歩いている魔王。
無傷ではないが、それでも歩いている間に傷は塞がり衣服も元に戻ってしまう。
「くっ、デタラメじゃない!」
大量の魔力を使って発動した魔術だというのに、魔王の前ではこの程度でしかない。
だからといってサニアは、勇者パーティは諦めたりしない。
戦闘は更に激化する。
戦法をサニアの魔術を主軸に変え、勇者達は魔王の足止めや盾となることを選択する。
魔王はそれを理解していながら、勇者達の思惑に乗ってやる。
これは、魔王の油断によるものではない。
サニアの魔術では、魔王の命に届かないと見抜いたからだ。
それを察してサニアは、更に高威力な魔術を使い続ける。
終わりが見えて来たのは、魔王城の裏庭である森が切り裂かれ、焼かれ、広範囲が更地に変わった頃。
「っ⁉︎ かはっ⁉︎」
「サニア⁉︎」
サニアが突然吐血してしまったのだ。
魔王が攻撃を加えたわけではない、だからといって、サニアの魔力が尽きたわけでもない。それなのに、吐血した。
いや、吐血だけではない、目から鼻から、耳からも血が溢れ出てしまっている。
サニアは回復魔術を使おうとするが、発動しない。
「なん、で?」
他の魔術も使おうとしても、何も起こらない。それどころか、サニアは魔力を感じれなくなっていた。
どうして?
その答えは、敵である魔王が持っていた。
「限界が来たか」
「え?」
「お前の覚悟見事だった。我から人族を守る為に、その命を賭ける姿は、我の目に焼き付けておいてやろう」
「なに、を、言っかはっ⁉︎」
ゴホゴホッと血を吐きながらも、何が起こっているのかとサニアは魔王を見る。
すると魔王は、「知らなかったのか……」と呆れたように説明を始める。
「人族は、無詠唱魔術を使えるようにはなっていない。人族だけではない、龍族も含めたほとんどの種族は使えない。それは魔法の領域だ。魔法も種族に定められた物以外使えないのが基本だ。それを魔術で行うなど、何の代償もなく使えるはずがなかろう」
「……じゃあ」
「うむ、お前は命を削って無詠唱魔術を使い続けていたのだ」
「……そんな」
サニアは膝を突き、呆然としてしまう。
視界が霞み始め、視界もぼやけ出した。
「サニア‼︎」
勇者パーティが呼び掛けるが、その声も微かにしか聞こえなくなっていた。
私、死ぬの?
呼吸が出来なくなり、意識が遠のいて行く。
ごめんなさい。
魔王を前に戦えなくなってしまい、サニアは仲間達に申し訳なく思う。
何も見えなくなり、真っ暗な世界がサニアを包み込む。
もう終わる。
そう諦めかけたとき、近くに光が現れた。
「まさか、この境地に到達するとは思いませんでしたよ」
懐かしくて優しい声を聞いて、サニアは意識を手放した。
◯
サニアが目を覚ましたのは、何だか豪華な一室だった。
「はっ⁉︎ 魔王は⁉︎」
飛び起きてキョロキョロと見回すが、豪華な部屋という以外は何も分からなかった。
寝ていたベッドの近くには水差しがあり、喉が渇いたサニアは、徐に水を飲む。
「起きましたか」
「ぶっ⁉︎ ケホケホッ……誰っ⁉︎」
誰もいないと思っていたら、水差しとは反対側に誰かが座っていて驚いた。しかも、知らない人だったので、思わず叫んでしまう。
「私は魔王国宰相のロキと申します。以後よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……じゃなくて! 魔王国⁉︎ 宰相⁉︎ 魔王の配下⁉︎」
「そうですが、取りあえず落ち着いて下さい。あなたの状態を説明します」
「え、状態?」
「単刀直入に言うと、あなたの余命は一月です」
「え?」
余命宣告され困惑するサニアをよそに、ロキは説明を始める。
サニアは無詠唱魔術の使い過ぎで、死にかけていたという。
本来、魔力の流れをいじるなど自殺行為。それを強制に操作したことで、サニアの魔力回路はボロボロになっており、魔力を操れなくなっている。
ただ、魔力が操れなくなっているだけで、魔力が無くなったわけではない。
体内で生まれる魔力は、徐々に体内を蝕んでいき、何もしなければ一週間と持たずに死んでしまうらしい。
「今は余分な魔力を排除していますが、蝕んだ肉体は元には戻りません。定期的に魔力を排出しても、徐々に進行していき、一月後にはあなたの内臓は腐り落ちてしまうでしょう」
「そう、ですか……」
受け入れたわけではない、ロキの話に現実感が無かったのだ。
ただぼぅと話を聞いて、頭の中で反芻して、理解できなくてまた反芻する。それを繰り返していると、あることを思い出した。
もしかしたら、ただの現実逃避だったかも知れないが、サニアの心の支えになるのは間違いではなかった。
「仲間は⁉︎ みんなは無事なの⁉︎」
「はい、今はマオファスの病院に入院しています」
「よ、良かったぁ……あれ?」
仲間達が生きていると聞いて、安堵するのと同時に、己の現状を受け入れてしまい涙が溢れて来る。子供のようにではないが、ただ嬉しくて、悲しくて、怖くて、感情がぐちゃぐちゃになって泣いてしまった。
「ひっく、ひっく……私死ぬの? 嫌だなぁ……」
ロキの言葉だけなら信じなかったが、己の体に集中すると、その言葉が嘘ではないと理解してしまう。
もう直ぐ死ぬ。
戦いの中で死ぬ思いは何度もして来たが、寿命を告げられるのはまた違う。
死ぬ気で活路を見出し、何とかなったこれまでと違い、確実に迫る死。まだ十代のサニアには、余りにも酷な宣告だった。
しかし、ある解決策がロキの口から語られる。
「……サニアさん、生きたいですか?」
「え?」
「どのような形であれ、生きていたいですか?」
「……それはどういう意味ですか?」
「人を辞めるのならば、あなたは生きていけます。どうしますか?」
息を呑む。
生きていたい。
だが、人を辞めるという言葉が余りにも重く、ロキの問い掛けに答えられなかった。
「……時間はまだ残されています。仲間と相談するのも手でしょう、よく考えて決断して下さい」
そう言い残して部屋から出て行くロキ。
サニアはギュッと布団を握り、下を向いた。
「……ん?」
そこには下着姿の自分の体があった。
「えっ⁉︎ えっ⁉︎ いつから⁉︎ もしかして、最初っから⁉︎」
顔を真っ赤にして、サニアは再び布団を被ってしまった。
◯
ロキから告げられた通り、勇者達は無事だった。
メイドに案内された病院で再会すると、サニアが倒れたあとのことを教えてくれた。
何でも、突然ロキが現れてサニアの治療をしてくれたらしい。
「こちらはお気になさらず、どうぞ戦いをお続けて下さい。あと、魔王様……」
「なんだ?」
「お部屋は壊さないようにと言っていたはずですが、あれはなんですか?」
そう言いながら、魔王城の謁見の間を指差すロキ。明らかに怒っており、怒気にビビった魔王が苦し紛れの言い訳をする。
「ちっ、違うぞ⁉︎ あれは勇者がやったんだからな! 本当だぞ! なっ勇者!」
「違います。あれは魔王がやりました」
「おのれ勇者! 我を裏切ったな⁉︎」
「魔王様、あとでお話しがあります」
「あう……」
こうして、あからさまにやる気の無くなった魔王と戦いが再会し、接戦だったが倒したという。
「えっ……倒せた? あの魔王を?」
とても信じられなかった。
勇者達の攻撃も通じず、サニアの魔法だけがダメージを与えられる状況だった。それなのに、サニア無しで勝利出来るとは思わなかったのだ。
ただ、続く説明で、その疑問も解消される。
「倒したっていうか、自分から倒れた感じの最後だったね」
何でも、魔王は完全にやる気を失っており、勇者達の攻撃が通じるようになったという。
最後は、「もういい、もう我を殺して楽にしてくれ」と不貞腐れたように敗北宣言したようである。
このことは、すでに母国にも伝わっているようで、帰れば魔王を討伐した勇者と仲間達として迎えられるそうだ。
「……なんかおかしくない?」
「そうだね。でも、僕達はそれを受け入れるしかない」
魔王との圧倒的な差。
もしも、あのまま魔王と戦い続ければ、勇者達は全滅していた。この奇跡のような展開を捨てれば、今度こそ勇者達は殺されてしまうだろう。
「それに魔王がさ、『いつでも挑戦は受けるから、挑んで来いよ!』と言ってたんだよ。僕は何度でも挑戦するつもりだ。たとえ、何度敗北してもね」
勇者の目は真っ直ぐにサニアを見ていた。
他の二人も同じで、これからも勇者と一緒に挑むつもりなのだろう。
そして、それをサニアにも期待している。
可能なら、サニアだって一緒に戦いたい。
でも、それは出来ないのだ。
「……ごめん、たぶん私はここまでだ」
「……そっか、仕方ないよ。魔王は反則レベルだからね」
「違う、そうじゃないの、私は……」
サニアは自分がどのような状態にあるのか、仲間達に告げた。
最後まで説明すると、皆が沈黙してしまう。
元気なサニアの姿を見たとき、皆は無事だったんだと思った。魔王の言葉で絶望していたが、あのロキという男が救ってくれたのだろうと思っていた。
だが違った。
延命されているだけで、その身は着実に死に近付いているという。
それも、余命一カ月。
「でも、助かる方法あるんでしょ⁉︎ なら……」
「やめるんだシャオリー。助かるとはいっても、人を辞めないといけないのだろう? それは、グールになるということではないのか?」
「グール⁉︎」
グールとは、死後魔力により変質した動く魔獣だ。
ある国で、グールの兵器士化を試みて、滅んだという事例もある。
それほど、恐ろしい魔獣なのである。
「グールか、だったら辞めといた方がいいな。俺達で救える方法はないのか? その魔力回路だっけ? それを治せば、生きていけるんだろ? サニアを助けられるなら、俺は何だってやるぜ」
「ありがとうカンダタ。でも、魔力回路を治す方法は無いの……」
カンダタの思いに感謝を述べて、首を振る。
ボロボロの魔力回路を治す術は無い。
もしかしたらという方法は思い付いているが、その方法を試す気にはならなかった。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ……」
項垂れるカンダタを見て、サニアは申し訳ない気持ちになる。
アレスもシャオリーも悔しそうな顔をしており、何も話せなくなってしまっていた。
これから一月、サニアの寿命が来るまで、三人は魔王国に滞在することを決めた。
◯
勇者パーティは、魔王国で穏やかな時間を過ごす。
可能であれば、サニアを生まれ故郷に帰してやりたかったが、夜に溜まった魔力を排出しなければならず、それが出来るのはロキしかいなかったのだ。
首都マオファスでの生活は、悪くはなかった。
サニアの体調を考慮して遠出は出来なかったが、近場で遊べる場所がマオファスには大量にあった。
おかげで、退屈する暇もなく、楽しく遊ぶことが出来た。
だが、それも終わる。
サニアの体調が悪化して、起き上がれなくなったのだ。
「恐らく、持って明日まででしょう」
そうロキが残酷に告げる。
「そんな⁉︎ 何とか救う方法はないの⁉︎」
「何度も言いますが、人のままでは助けられません」
「くそ‼︎ 俺にもっと力があれば‼︎」
「ごめんね、私の我儘に付き合ってもらって……」
「気にしないでくれ。僕達だって、いつまでもサニアと一緒にいたいからね」
シャオリーがロキに縋り付き、カンダタが悔しそうにして、アレスは優しく微笑む。
最後に、みんなと一緒にいたいと言ったのはサニアだ。
ここまで一緒に旅をして来た仲間に、最後を見とってほしかった。
思い返すと、長い旅だった。
でも、一瞬で終わった旅だった。
手を伸ばすと、シャオリーが手を握ってくれる。
「頑張って! みんなで帰るんだよ!」
「……うん、みんなで帰ろうね」
涙で滲んで、シャオリーの顔が見えなくなる。
みんなの顔を魂に刻みたかったのに、これでは見ることも出来ない。
涙を拭いたくて、手を動かそうとするが、もう動いてはくれなかった。
その様子を見ていたロキが、最後の確認を行う。
「最後に聞きますが、本当に人のまま死ぬつもりですか?」
「……うん、グールにはなりたく、ないから」
弱々しい返答だった。
もう、声を出すのも億劫になって来ていた。
これ以上話をするなら仲間とがいいなぁと思いながら、サニアは涙を流す。
だが、次のロキの言葉は聞き逃せなかった。
「グール? どなたがですか?」
「……え、人を辞めたら、グールになるんじゃ?」
「違いますよ。人族を辞めて、魔族になってもらうんです」
「はい?」
「魔族とはいっても、完全な魔族ではなく、あなた方が言う魔女という種族になりますが……」
「魔女? ……魔女ぉ⁉︎⁉︎」
死に掛けのサニアは、衝撃の言葉に飛び起きてしまった。
魔女とは、魔術師の到達点の一つと呼ばれている。
これまで実際になった者はおり、現在も確認はされているのだが、人前に出ないせいで伝説扱いされている存在でもある。
魔術を極め、年齢を超越し、永遠の美貌を手に入れた存在として、女性魔術師の憧れの存在でもあった。
「なる! 私魔女になる‼︎」
「サ、サニア?」
突然元気になったサニアを見て、皆が困惑する。
「もう、早く言ってよ! グールって思ってたから、全力で拒否してたのに、魔女だったら喜んでなる……あっ」
「サニア? サニアー⁉︎⁉︎」
うんうん頷きながら喋っていたサニアだが、突然糸が切れたように倒れてしまった。
これはどうしたものかとロキは勇者達を見る。すると、
「やって下さい」
と力強い返答をいただいた。
こうして、サニアの延命は決定された。
◯
サニアが魔女になるのならば、やらなければならないことがある。
それは、名前の変更である。
魔女の名には力が宿る。
本名を知られれば、サニアは大きく力を制限される恐れもあり、別の名を用意する必要があった。
「新しい名前?」
「そうです。サニアという本名は、封印しなければなりません。あなたには、新たな名が必要です」
ロキに言われて、考えてみる。
仲間に相談できたら良かったのだが、種族の変更にはそれなりに時間が掛かったらしく、すでに帰国済みだ。
考えて、考えて、何も思い浮かばなくてロキに頼ることにした。
「ロキさん考えてよ。ある意味、私の生みの親なんだから」
「私ですか? 適当に付けるかも知れませんよ?」
「その時は却下するから大丈夫」
そう言われて、ロキは顎に手をやり考える。
「そうですね……」と割と真面目に考えてくれて、サニアは嬉しかった。
「サリー……というのはどうでしょうか?」
「サリー? サリー、サリー……うん、いいんじゃない! 採用!」
サニアと響きが似ているような気がして、サリーという名が気に入った。
即採用されたので、「いいんですか?」とロキが聞いて来るが、サニア改めサリーは「いいよ」と頷いた。
こうしてサリーは魔女になった。
後に魔王軍四天王になるが、それはまた別のお話し。




