18.元四天王、土迷葬のモルボのアスレチック場
一局が終わると、アレスはサリーと話をして帰って行った。
恐らく、もう彼と会うことも無いだろう。
生きていられるのも、あと数年。
これが、短命種である人の運命なのだから。
と思っていたのだが、次の日、当たり前のように魔王城に遊びに来た。
しかも、元四天王のモルボに連れられて。
「よう魔王の嬢ちゃん、元気してたか?」
「モルボ⁉︎ 元気元気! モルボも元気だったか?」
「痛風なところ以外は元気だぜ。ひ孫も生まれたし、四天王に復帰しても良いくらいだ⁉︎」
「本当か⁉︎ でも残念だったな、お前の席もうないから!」
「くはっ⁉︎ って知ってるよ。新聞でも読んだけど、そこの獣人の娘っ子が俺の後釜なんだろ?」
サングラス越しに目が動き、シロを認める。
地底人のモルボは、身長はそこまで高くはないが、横に大きな体格をしている。腕も四本あり、体色は灰色をしている。上半身はいつも裸で、下半身にはズボンの上に華美な布を巻き付けるのが、地底人(男)のファッションスタイルになっている。
あと、何故室内でサングラスをしているのかというと、地底人は陽の光が苦手だからだ。
だから、日常生活では地底都市から出て来ない。でも、用事(暇つぶし)に出て来る者がそれなりにいる。
その中でもモルボは、昼間っから酒屋に入り浸る地底人なのだ。
シロは、モルボに向かって頭を下げて自己紹介をする。
「初めましてモルボ様! 私、獣族のシロと言います。よろしくお願いします!」
「おう、俺の後釜で大変だろうが、魔王の嬢ちゃんのことよろしく頼むぜ」
簡単に自己紹介を終えると、私はそれとなくアレスに近付いた。
アレスも困った顔をしており、もしかしたら来るつもりはなかったのかも知れない。
「アレス殿、帰ったのではなかったのか?」
「そのつもりだったんですが、途中でモルボに捕まりましてな……。こうして戻って参りました」
きっと、強引なモルボの誘いを断れなかったのだろう。
しかしこれは、私としてもタイミングは良かった。
次代の勇者を見るために人の国に向かう必要もあったので、アレスと行動するのは好都合だった。
「それは災難でしたね。明日、人の国にお送りしましょう」
「よろしいのですか? 僕は助かりますが、大丈夫ですか?」
魔王様の心配をしているようだが、私が多少抜けたところで問題は無いだろう。
四天王の二人には仕事に出てもらったが、残り二人はいる。一週間くらい帰らなくても、大丈夫なはずだ。
「お気になさらず。ああ見えて、魔王様はしっかりしていますので」
魔王国では、私の次に年長なのだ。多少のことでは、揺らぐ人ではないはずだ。
「では、よろしくお願いします」そう告げて、モルボ達に視線を戻す。すると、何やら様子がおかしくなっていた。
「魔王の嬢ちゃん達は何やってんだ?」
「ぬいぐるみを作ってるんだ! シロちゃんがプロ並みに上手で、教えてもらっているんだ」
ふふっと楽しそうにしている魔王様の手から、モルボはぬいぐるみを受け取る。
「……ほうほう、中々上手いな。もしかして、結構な時間こうしていたのか?」
「ん? 今日だけじゃなくて、何回もやってここまで上手くなったんだぞ。なっシロちゃん!」
「うん! 魔王ちゃん頑張った! この短期間でここまで成長するなんて、教え甲斐があるよ! 魔王ちゃん天才!」
「えへへ」
シロの褒め言葉に、素直に照れる魔王様。
改めて、シロを採用して良かったと思う。
和やかな空気に魔王城が癒されていると、モルボが余計なことを言い出した。
「そうか、何日もやったんだな……。だから、ちょっとプニッとし出したんだな」
「なっ⁉︎」
「プニッとなっ⁉︎」
「間違いねー、俺の目が魔王の嬢ちゃんはプラス2キロ増加、シロの嬢ちゃんは運動不足気味だと言っている」
「なっなっ⁉︎」
「2キロも⁉︎」
魔王様は立ち上がると、玉座の下にしまっている体重計を取り出して、そっと上に乗る。
「……」
無言のまま降りると、体重計をそっと元に戻した。
「ロキ」
「はっ」
「体重計壊れてるみたいだから、新しいのよろしく」
「……」
体重計は先月購入した物だ。
だから、壊れている可能性はほぼ無い。
つまり、現実は無情ということである。
しかし、その無情を晴らすように、モルボが満面の笑みで魔王様とシロを捕まえた。
「やっぱ子供は外で遊ばないとな!」
「なっ⁉︎」
「にゃ⁉︎」
モルボは四本の腕で二人を小脇に抱えると、窓を開けて飛び降りた。
それをジッと見ていたらアレスから、「大丈夫なんですか?」と指摘された。
この光景は、一年前までは日常的に行われていたことだ。だから心配する必要は無いのだが、アレスが心配するものだから、後を追うことにしよう。
◯
やって来たのは、魔王城の裏庭。
裏庭とはいっても、森が広がっているだけで、何か見どころがあるわけではない。
そこで、モルボは魔法を使う。
地底人特有の魔法である大地操作は、地形を望むままに変更してしまう強力な魔法だ。
「よし! こんなもんだろう!」
「知らんぞ、またリーフに怒られても知らんぞ」
「わははっ! 俺はもう四天王辞めてるから関係ないもんねー!」
子供のような物言いをするモルボ。
モルボが作り出したのは、一種のアスレチック場。
様々なコースが設置されており、遊びながら運動するのに持って来いのような場所になっている。
それらが、魔法により森を切り開かれて作られた物である。
因みに言うと、これらは四天王だったら叱責だけで済むような事柄だが、今は一般人である今のモルボだと、普通に犯罪だったりする。
「単体で遊ぶことも出来るが、運動用のコースは全部で3つ用意した。初級、中級、上級だ。ここをクリアした奴には、俺から豪華景品があるぞ!」
「おおー! 豪華景品⁉︎」
歓声を上げたのはシロ一人だけ。
残念ながら、シロ以外は豪華景品に期待していない。
前に出された景品が、決まってビーフジャーキーなどの酒の当てだったのもあり、知っている者からすればやる気を削ぐ物でしかないからだ。
「んじゃ、まずは初級コースだ! シロの嬢ちゃん行ってみよう!」
「はい! シロ行きます!」
掛け声と共に走り出したシロ。
初級というのもあり、障害物は簡単で緩やかな上り坂や下り坂、平均台のような道に、うねうねと曲がりくねった道。それらを駆け抜けてシロはゴールした。
「やっぱ獣族は速いな。じゃあ次、魔王の嬢ちゃん!」
「うむ、我の超速スピードby俊足ちゃんの速度を見せてくれよう!」
魔王様は、いつの間にか闇の衣を体操着に変形させており、動きやすい格好をしていた。
足をトントンと鳴らした魔王様は、一気に駆け出した。そして一歩目で転んだ。
「ペゲッ⁉︎」
「あちゃー」
モルボが顔を手で覆って、「お約束だけどよぉ」と残念がっていた。
転んだ魔王様は、これで脱落かというとそうではない。
生来の負けん気の強さは、ここでも発揮されるのだ。
魔王様は涙目で立ち上がると、再び走り出したのだ。
その走りは、身体強化をしてない割に速く、それなりのタイムでゴールした。
「はあ、はあ、みっ、見たか、はあ、はあ、我がスペ、スペシャル、スペース、ちょう、超速、すーはー……スーパー俊足ちゃんを!」
最初こそ息も絶え絶えだったが、最後の決め台詞だけは深呼吸して言い切った。
「お見事です魔王様。ですが、怪我にはお気を付けください」
「全然平気! 痛くないから! まだまだ走れるし!」
膝を擦りむいて何を言っているのやら。
回復魔法で傷を癒して、魔王様の治療を終える。
「二人とも初級クリアだ。んじゃあ次は、中級に行ってみようか!」
「えっもう⁉︎」
ちょっと早くない⁉︎ そう訴える魔王様だが、モルボは待つつもりはないらしい。
「んじゃあ、シロの嬢ちゃん」
「魔王ちゃん先に行くね。シロ行きます!」
中級は、完全に障害物コースとなっており、初級とは難易度が違う。
優れた身体能力や特殊な訓練を受けていないのなら、まずクリアするのは不可能だろう。
シロは、左右交互に斜めになった足場をリズムよく駆け抜け、五メートルはある壁をロープを使わずに一息に飛び、指先しか掛からない手摺を爪で引っ掛けながら進み、トランポリンが用意された池を軽々と飛び越えて見事ゴールした。
「ふう、いい運動になった」
「シロちゃん凄い‼︎」
「ありがとう魔王ちゃん!」
我がことのように喜ぶ魔王様だが、次は嬢ちゃんの番だとモルボが目を光らせる。
モルボはそっと魔王様の隣に立つと、ボソッと問い掛ける。
「嬢ちゃん……やれるか?」
「当たり前だー!」
その言葉を挑発だと受け取った魔王様は、出来らー! と気炎を上げて駆け出してしまった。
いくら魔王様でもこれは無理だろう、と誰もが思っていた。
しかし、
「ぬおーーーーっ!!」
シロほどではないが、左右交互に置かれた道を駆け抜け、五メートルある壁をロープを使って登って行き、指先しか掛からない手摺をゆっくりとだが、力強く進んでいた。
最後にトランポリンだが、何度か助走の付け方を繰り返したあと、「行くぞ!」と一気に駆け抜けトランポリンに向かって跳んだ。
「おおー⁉︎」
私以外の観客から驚きの声が上がる。
魔王様は見事に池を飛び越え、無事にゴールしたのだ。
「凄いよ魔王ちゃん⁉︎ やっぱり魔王ちゃんは凄い!」
「ふふん、そうだろうそうだろう。もっと褒めても良いぞ」
シロが称賛して、他も拍手をして成功を褒め称えるが私は見抜いている。
魔王様は超絶な魔力コントロールを行い、誰にもバレないような精密な肉体強化をやっていたのだ。しかも、ギリギリクリア出来るかどうかという強化具合。肉体にも負荷を掛けているあたり、体重を指摘されたことを気にしているのだろう。
「まさか、魔王の嬢ちゃんがここまでやるとはな……。土迷葬のモルボの目を持ってしても見抜けなかったぜ!」
「モルボ、我を侮るなよ。なんたって我は魔王だからな!」
「はっ⁉︎ そうだった! 魔王の嬢ちゃんは魔王だった!」
今気づいたようなことを言っているが、魔王様が魔王じゃなかったら、一体何なのだろう?
もしや、近所の子供みたいな感覚でいたのではないだろうか?
モルボの魔王様への認識を察せられる一言だった。
「魔王か…………じゃあ、そんな魔王の嬢ちゃんの為に、上級コースは更に強化してやるぜ!」
モルボは地面に手を付くと、上級コースが変質して行き、殺意の増した物へと作り替えられてしまう。
モルボの二つ名である土迷葬という言葉は、このような凶悪な物を即座に作り出すことから来ている。
因みに、この凶悪な能力を使い、魔王国の遊園地や公園の遊具の建設をしていたりする。
「懐かしいですな、あれには苦戦させられました」
そう懐かしんでいるのはアレスだ。
勇者として旅立ち、魔王様の元にたどり着くまでに最も苦戦したのがモルボが作り出した迷宮だった。
いつまで経ってもクリア出来ないのを見かねて、モルボに追加の作成を止めるよう指示したくらいだ。
「まっ、こんなもんか。殺傷能力は無くしているが、かなり難しくしているぞ。シロの嬢ちゃん、行けるか⁉︎」
「えっ……この山をですか……?」
作り替えられた上級コースは、魔王城と変わらないくらい大きく、至る所にトラップが設置されていた。
まさに、クリアさせる気が一切無いコースである。
「何だ怖気付いたのか? 四天王ともあろう者が、屁っ放り腰になってちゃ世話ねーなー。俺達の時代は、これくらい憂憂とやってたもんだぜ」
「むっ、じゃあモルボさんお手本見せて下さいよ。憂憂とやってたんでしょ?」
「俺がやっちゃ意味ねーだろ? こんなの簡単にクリアしちまうんだしよ」
「あれ? もしかして出来ないんですか? 自分で作ったのに出来ないんですかぁ?」
シロにしては珍しく、グイグイと迫る。
「なっ、何言ってんだよ。俺が作ったんだぞ、出来るに、決まってんじゃねーか」
「本当ですか? じゃあ、是非とも見せてもらいたいんですけど、もしかして口先だけですかぁ?」
目を見開き、背の低いモルボを上から見下ろすシロ。
いつもと様子の違うシロを見た魔王様は、「なんかシロ……頼もしい」と頼れる女性の姿を見ていた。
シロに押されたモルボは、グヌヌッと唸り、フッと笑うと、取り付けていた装飾品を外して運動する姿になる。
「……ふっ、嬢ちゃん、やるな。どうやら俺を本気にさせたようだな! だったらその目ぇかっぽじって、ちゃんと見てろよぉ‼︎」
闘気を漲らせたモルボは、力強い歩みで上級者コースに向かって行く。
その背中は、四天王時代でも見せていた後ろ姿。
地底人としての誇りを持ち、四天王として相応しい力を持ち、何度も強敵(魔王様)を(遊びで)打ち負かした実績を持っている男の姿だった。
腰を落としたモルボは、足に力を込めてスタートダッシュを切った。
そして、崩れるように倒れてしまった。
「モルボ⁉︎」
もしや何者かの攻撃かと皆が心配して駆け寄ると、モルボは震えた声で、
「つっ、痛風……が、痛い……」
と自業自得な状況に陥っていた。
モルボが四天王を引退した理由は、高齢だからではない。この痛風により、動けなることが多々あったからだ。
「モルボ、薬はどうした? 治療はやっていたんだろう?」
私が冷たい声で告げると、モルボは気不味そうに告げる。
「薬は、苦いから嫌だ。治療は……やってた」
「医者から酒を絶てと言われなかったか?」
「何を言っ⁉︎⁉︎ おー……、てる。俺からっ⁉︎⁉︎ ……ぐー……酒を取っ⁉︎⁉︎……ごめん無理、回復魔法で治してくれ」
「反省しろ」
「おい、ちょっ⁉︎⁉︎ くー……じょっ⁉︎ 嬢ちゃん達、頼むから、触らないでくれよ。さわっ、さわっあーー⁉︎⁉︎」
好奇心に負けてしまった魔王様に触れられて、モルボは絶叫していた。
そんなモルボを置いて、私はアスレチックの解体に取り掛かった。
初級、普通のアスレチック
中級、SA◯◯KE
上級、死の迷宮




