13.キリフ(切り札)
場所は魔王城の謁見の間。
そこには魔王様の他に、四天王のシロ、サリー、リーフの三人も集まっていた。
本日の魔王様は、不機嫌な顔で私をチラチラと見て来る。四天王の三人も、それに倣って睨み付けるような視線を向けて来る。
「どうかいたしましたか?」
そう尋ねても、ブスッとして教えてくれない。
でも、大きな会話が聞こえて来た。
「あー、一人だけ旅行行ってずるいなー」
「いいないいなー、私達は寂しくお留守番。酷いなー……あむ」
「まったく、お土産のきび団子で誤魔化せると思ってるの? ガキじゃないんだか……あら? これ苺大福になってる……いけるわね」
「こっちゃマシュマロ入ってますねぇ。これもう、きび団子じゃなかーです。でんも、抹茶美味しいですよぉ、魔王さお裾分けです」
「我は抹茶よりチョコレート派だ」
魔王様は、私が鬼ヶ島に行ったのが気に入らないようだ。
一応、国宝を回収する仕事に行ったのだけれど、温泉を楽しんだ手前、強く否定出来ないのが辛い所だ。
「チョコレートも買って来ております。こちらは、明日渡そうと思っていたのですが……いかが致します?」
「我の大好物があるなら早く出さんか⁉︎」
私が取り出したお菓子を、ダッシュで取りに来てダッシュで帰って行った。
魔王様は蓋を開けると、「おお〜」と歓声を上げて、早速口に運ぶ。
「うん、美味なり!」
「満足そうで何よりです」
このチョコレートならば、魔王様も満足していただけるという確信があった。
お土産を選ぶ時、チョコレートの試食をさせてもらったのだが、私でも美味しいと口から漏れてしまう美味しさだったのだ。
口当たりまろやかで、ほんのり甘い。食べていてしつこくなく、口からスッと消えて行くのも好感がもてた。
これほどの逸品を鬼ヶ島で⁉︎ と驚いたものだ。
何でも、鬼ヶ島の隣にある小鬼島でカカオの栽培をしており、そこにチョコレート工場も構えているらしい。
今度鬼ヶ島に行った際は、工場見学をさせてもらおうと計画している。
と、私の些細な楽しみは置いておいて。
「リーフ、魔封の腕輪です。これがあれば、魔力が漏れ出す心配もないでしょう。使い方はこちらに記載していますので、読んだ上で使用して下さい」
「ズズッ、何から何まであんがとおごぜぇます。こんで緑さ気にせんでようなります」
リーフはお婆さんのように水を啜ると、よっこらしょと立ち上がり魔封の腕輪を受け取った。
魔封の腕輪は他者に対して使うならば、魔力を封印するのに使える。だが、己で使うならば適度に魔力抑えられるようになり、魔力暴走の危険を防ぐアイテムにもなるのだ。
リーフは使用方法を確認すると、早速腕に装着して使用していた。
「……おおー、魔力漏れてなかです」
どうやら上手く行ったようだ。
これで一つミッションが達成された。
そう安堵していると、魔王様からいつもの言葉が出て来る。
「なんか暇なんだが、どうしたらいい?」
「……お菓子を食べて女子会していて暇とはこれいかに?」
畳の上で寝そべってチョコレートを食べてだらけている。
確かに暇そうではあるが、仲間が集まっているなら幾らでも遊べるのではなかろうか?
「一昨日からこうしてるから、流石に飽きた。人類滅ぼして来ていいか?」
「まさか一昨日からこの状態とは……」
よく見たらお泊まりしたような痕跡もあり(隅に布団が置かれている)、本当にこうして一昨日から過ごしていたのだろう。
暇も何も、十分楽しんでいるじゃないか。なんてツッコミは置いておいて、私は懐からトランプを取り出す。
「えーまたトランプ?」
うんざりした様子の魔王様。
すでに神経衰弱と七並べを遊んでいる。もしかしたら、一昨日から続く女子会でトランプの新しい遊びもしているかも知れない。
だが、トランプにはまだまだ面白い遊びがあるのだ。
「今回やるのは大富豪」
「それは昨日やった」
「…………そうですか……」
「そっ、そんなにシュンとすることないだろう⁉︎」
もしかしたらという予想はしていた。
大富豪はメジャーな遊びだ。もしも女子会でやるのなら、真っ先に出て来るだろう。
だから被るのも仕方ない。
仕方ないが、私のプライドが傷付いてしまった。
そちらがその気ならば、私も奥の手を出そう。
「では、キリフをやりましょう」
「きりふ?」
「キリフって、切り札のことだっけ?」
「切り札?」
頭に疑問符を浮かべた魔王様。
キリフを切り札と呼んだのはサリーで、ムムッと顎に手をやって考えていた。
「あれってローカルルールがあり過ぎて、噛み合わないことがあるんだよね」
「確かにそうですね。ですので、今回はシンプルにやりたいと思います」
1.各人に五枚ずつ配る。
2.切り札となるスート(クローバー、ダイヤ、ハート、スペードから)を決める。
3.切り札のA.K.Q.J.10.9……2の順で強く、続いて他のA.K.Q.J.10.9……2と強さの順が続く。
4.順番を決めて、隣のプレイヤーから出されたカードを上位のカードで切る。(同じ数字のカードを同時に出すのは可。ただし、相手プレイヤーより多い枚数は不可)
5.カードを切れなかったら「おもらい」となり中央の山札から一枚取る。おもらいした場合、手札が出せない。
6.手札が無くなった者から上がりとする。
7.山札は無くなり次第終了。
8.ジョーカーは無し。(場所によっては使う所もある)
「ふむふむ、簡単そうだな」
「はい。因みに、キリフではスペードのAを世界と呼ぶようです」
「世界か、我にぴったりなカードだな」
「そうですか」
魔王様の得意気な態度は流して、キリフを始めるとしよう。
ジョーカー二枚を抜き、よくカードを切って行く。
「最初ですので、切り札はクローバーにしましょう。では配ります」
各々に5枚ずつ配り、山札を中央に置く。
手札を確認すると、クローバーが2枚にそれ以外が3枚。数字もまずまずで、負ける恐れはほぼ無い。
「順番は魔王様からでよろしいですか?」
「うむ!」
私の声に皆が頷き、魔王様から時計回りでゲームが開始された。
「受けよ我が必殺の一撃を! ザッ世界!」
いきなり強目のカードであるスペードAを出して来た魔王様。
もしかして、勝つ気が無いのだろうか?
カードを出されたシロは「パスで」とおもらいを選択して、山札から一枚取り終了した。
「はいこれ」
次はサリーで、私に向かって2を2枚出して来た。それを8と10で切り、リーフにスペードの4を出す。
それをリーフはハートの5で切り、魔王様にカードを出す。
「はいです魔王さ」
「うむ。…………パスで」
リーフが出したのはクローバーの8。
作戦でなければ、魔王様はこれ以上のカードを持っていないことになる。
魔王様はおもらいをしたので手札が出せず、次にはシロがサリーにカードを出す番となる。
シロはスペードの10を出し、サリーはハートのJで切る。続いてサリーは私にクローバーの10を出して、何故か勝ち誇った顔をする。
これを切れるかしら?
そう訴えて来る顔を鼻で笑って、クローバーのKで切る。
最後にリーフにクローバーの7を出して、手持ちが無くなった私は上がりである。
「上がりです」
「なっ⁉︎ もう終わり⁉︎ 絶対ズルしただろう‼︎」
「やってませんよ、キリフは手札の運用次第で上がるのが早いんです」
「くっ⁉︎ 初心者だからと馬鹿にしやがって、許さん‼︎」
「馬鹿にしていません。ほら、カードが出されていますよ」
「ムムッ⁉︎ ……パスで」
出されたのはクローバーの2。
これで、魔王様は切り札を持っていないのが確認された。
このゲームで負けたのは、意外にシロだった。
「負けちゃった。案外難しいよこれ」
そう言っていたが、次のゲームからはかなり上手い立ち回りをしていた。
シロはリーフとの勝利数を競うようになり、最低でも三番以内で上がるようになったのだ。
キリフで最も勝利したのは、意外にもリーフだった。
魔王様の「我が勝つまでやるぞ!」と始まったエンドレスゲームの半分はリーフが勝利していた。
反対に、私とサリーはほとんど勝てなかった。
理由は判明している。
サリーは自分が先に上がるよりも、私の妨害を選択したからだ。
最も強い手札から出して、私におもらいをさせる。2枚同時に出せるにも関わらず、一枚ずつ出すといった姑息な手を使って来たのだ。
サリー(あなただけは絶対に上がらせない‼︎)
私(生意気な‼︎)
などと目線で会話をしながらやり合っていたせいで、手札が増えて行き、リーフに有利な状況が生まれてしまったのだ。
もっと言うと、リーフの思考が冴え渡っていたというのも理由だろう。
思考が冴え渡った要因は、魔封の腕輪だ。
魔封の腕輪により、これまで魔力の制御に割かれていた思考が、目の前のことに集中できるようになったのだ。
これで四天王が更に強くなった。
最後に魔王様だが、最後に勝利するまで一度も勝てなかった。
最後のゲームで勝利すると、
「どうだ‼︎ 我が勝ったぞ‼︎ 我の勝利だ‼︎ ウッ……最後に勝った者こそが真の勝者なのだ‼︎ だから我が唯一の……唯一の……フグッ……勝者だ‼︎」
感極まった勝利宣言をしていた。
それを聞いたシロが「良かったね魔王ちゃん」と解放される喜びを噛み締めていたのも印象的だった。
とりあえず、キリフはしばらく封印することにした。




