12.元四天王ゴウキ
「俺はなあ、生まれ故郷を変えたいんだよ。この前帰ったらさぁ、戦いばかりでよぉ、いい加減うんざりしてんだよ」
「どのように変えたいんだ? 明確なビジョンが無ければ、そこに至る道筋も立てられないぞ」
「そういう難しいことは分かんねーから、若い奴らに託すわ。なんだよ、そんな目で見んなよ。照れるだろ」
「呆れているんだ。これでは、次代でも難しそうだな」
「別にいいさ、次の世代でダメなら更に次の世代。それでダメならもっと次の世代だ。俺が死んでも、俺の血や意思を継いでくれる奴はいる。それでいつかは……」
五百年前の四天王、鬼族のゴウキと酒を酌み交わしながら未来を語り合った。
あの時、最後になんと言っていただろうか?
ゴウキが目指した故郷の姿は、どのような物だったのだろうか?
彼の凶悪で屈託のない笑みを思い出しながら、私は鬼ヶ島に上陸した。
◯
結論から言うと、二百年前の鬼ヶ島とはまったくの別物になっていた。
二百年前は、道を歩けば喧嘩をふっかけられ、食事をしていても喧嘩をふっかけられた。就寝中は流石に襲っては来なかったが、とにかく戦ってばかりだった。
それが今では、
「らっしゃいらっしゃい! 鬼ヶ島特製きび団子あるよ!」
「マメー、豆はいらんかねー、鬼避けにもなる福を呼ぶ豆だよー」
「よってらっしゃい見てらっしゃい! ここにいる童子は鬼子! 世にも珍しい鬼の子だ! この大岩を持ち上げられたら、どうぞお気持ちをそこの窯に!」
「鬼ヶ島の温泉はこちらでーす! 旅館はぜひ鬼岩城をご利用下さい!」
活気ある町並み。
観光客が大勢おり、皆がとても楽しそうにしていた。
「これが今の鬼ヶ島。二百年前とは別物だ……」
彼の名前を呼んだからだろうか、ゴウキ邸と記された看板が目に入った。
看板の矢印に従って歩いて行くと、細く入り組んだ道に入ってしまった。それでも進んで行くと、邸と呼ぶには朽ちかけた家にたどり着いた。
「若造、こんな所に何の用だ?」
背後から声を掛けられる。
その鬼族が高齢なのは、その声音から判断出来る。その殺気から、二百年前にもいた類の鬼族だと察せられる。
「知り合いの家がこちらだと看板に記されていたので、ここまで足を運びました」
「看板……。お前さんは、魔王軍関係者か?」
「ええ、ゴウキに貸していた物を回収に来たんですが、あなたはゴウキの知り合いですか?」
「四天王ゴウキの子孫だ。……あなたの名は、ロキ様で間違いないか?」
名前を呼ばれてゆっくりと振り返ると、見上げるほど大きな体格の鬼族が立っていた。
年齢相応の皺が顔に刻まれているが、雰囲気がゴウキに似ていた。それに、
「その目、ゴウキに似ているな。良い目だ」
懐かしい。そう思いながら、目の前の老人がゴウキ本人でないという事実に虚しさが込み上げて来る。
ゴウキの葬儀には魔王様と共に参列した。
彼がゴウキでないのは理解している。
でも、面影を見てしまうと、つい期待してしまう。
彼がまだ生きていたら、なんと言って来るだろうかと。
「失礼致しました。ロキ様、ゴウキより預かっている物が御座います」
彼の言葉に頷き、後に続きゴウキの家に入る。
庭の手入れはされているようだが、ゴウキ邸は遠目から見た通り朽ちかけており、時の流れを感じさせた。
「ここは、ゴウキが更年過ごした邸宅だと聞いています。手入れはしておりますが、何せ五百年前の物。いつ壊れてもおかしくはい状態です……」
「何故、新しい家を建てなかった? ゴウキならば、壊された所で文句は言わなかっただろう」
ゴウキは、亡くなった己の為に、家を残してほしいとは言わないはずだ。
「儂よりも前の世代、鬼ヶ島は混迷を極めていたと聞いております。島中で争いが絶えず、強者だけが子孫を残し、弱者は虐げられる。今では考えられないような時代に、ゴウキは鬼族の考えを変えたいと行動したと……」
◯
ゴウキは生まれながらの強者だった。
父は島で最も強く、母も父に次ぐ強さだった。
その息子であるゴウキは更に強く、暴走する鬼爆魔法と合わさり、島ではゴウキの相手になる者はいなくなった。
だからだろう、外に強者を求めたのは。
ゴウキは島の外でも強かった。
強靭な肉体と鬼爆魔法で相手を圧倒する。
島同様、命までは奪わなかったが、瞬く間に噂が広がり恐れられるようになった。
ゴウキの名を聞けば子供が泣き、ゴウキの姿を見れば大人達は逃げ出す。ゴウキが睨めば弱者は卒倒し、ゴウキが構えれば強者は死を覚悟する。鬼爆魔法は大地を揺らし、敵対する者を終わらせる。
そう謳われるようになり、ゴウキは意気揚々と進んで行く。
しかし、その歩みも呆気なく止められてしまう。
「これが鬼か、大したことないな」
紫色の髪の子供に、何も出来ずに負けてしまった。
何をされたのかも分からず、ただ気が付いたら傷だらけで倒れていた。
起き上がろうにも体が動かず、それどころか恐怖で体が震えていた。
初めての敗北。
それも、心にトラウマを刻まれての敗北。
心が折れたゴウキは、己より弱者しかいない、鬼ヶ島に逃げ帰ろうかとも考えた。しかしそれは、ゴウキの肉体が許さなかった。
逃げずに立ち向かえと肉体が奮い立つ。
まだまだ強くなれると、肉体が訴えて来る。
痛む体を引き摺りながら、今は傷を癒そうと近くの町に立ち寄る。幸い金は、敗者から受け取っており、それなりの金額があった。
だから、傷を癒すまで宿を取ろうと考えていた。
だが、それを忘れるくらいの衝撃を受けてしまう。
その町は、これまで見て来たどの町よりも発展していた。
煌びやかで、大きな建築物が並び、町の住人は綺麗な服を纏い華やかな香りを発していた。大人は微笑み、子供は楽しそうに笑い、老人も見守るように笑みを浮かべていた。
ゴウキはその光景を呆然と眺めながら、心に押し寄せて来る物を感じ取る。
「……これだ。俺が求めていた物はこれだ」
強者を求めて故郷を出た。
そのはずなのに、ゴウキの心は目の前の光景に強く惹きつけられてしまった。
ゴウキは飲み、遊び、豪遊して町を楽しんだ。
怪我は遊んでいるうちに治り、寧ろ体が強くなっているようにも感じた。
体調も良くなったし、このまま遊び尽くそう。そう思ったのだが、路銀が全て尽きてしまった。
「金がねぇ、どうするか……ん? 四天王募集? ……これだ‼︎」
店先に張り出されたチラシを見て、ピンと来た。
強者求む(但し常識を知っている者)と書いてあり、これこそ俺にピッタリの仕事ではないかと思ったのだ。
募集された場所に向かうと、そこは大きな城で、大勢の強者が集まっていた。
ゴウキは己は強いと思っていた。
しかし、子供に負けてしまった。
その自信は揺らいでいたが、ここで再び強さは証明される。
何人も寄せ付けず、ゴウキは優勝したのだ。
「うおおおーーー‼︎ 俺が最強だーーーー‼︎」
テンションマックスで勝鬨を上げ、晴れて四天王採用試験の面接に進むことに成功した。
ゴウキは己が強者だと、改めて認識した。
しかし、面接でその認識を改めることになる。
化け物がいた。
見た目は優男、殴れば消し飛びそうな弱々しい姿なのに、本能が告げて来る。
死にたくなければ、こいつには逆らうなと。
「私は魔王国宰相のロキと申します。早速ですが、ゴウキさんの面接を始めます。まずは出身地と特技を教えて下さい」
ロキによる、恐ろしい尋問が始まった。
生きた心地がしなかった。
ただ素直に答えていき、恥ずかしい秘密まで話すハメになってしまった。
「あなたの鬼のパンツがどうとか聞いていません。余計な話はしないで下さい」
注意されながらも必死に答えて行くと、四天王に合格出来た。
四天王になる上で、魔王国の成り立ちを教えられたが、半分以上寝てしまった。
覚えているのは、元々城だけの領地だったが、周辺の魔族や亜人に庇護して欲しいと頼まれて、支配地域を拡大して行ったということくらいだ。
目を覚ますとロキがおり、
「もう貴方には教えません」
と、にこやかに言っていた。
それから魔王と謁見する。
魔王の顔を見て、トラウマが引き起こされ、恐怖し、逆らわないと心に決めた。
こうして、ゴウキの四天王としての生活が始まる。
仕事の内容は魔王軍の一師団の統括だが、それはついでの仕事だった。
主な仕事は魔王様の暇つぶし。
一騎当千どころか、たった一人で世界を滅亡させるだけの力を持った魔王が、癇癪を起こさないようにすることこそが四天王の役割だった。
とはいえ、魔王の相手はほとんどロキがやってくれるので心配はいらなかった。それに、魔王は力は強くても暴力的なわけではない。
最初こそぼこぼこにされたが、あの頃のゴウキは犯罪者とそう変わらなかった。治安を守る為に魔王自ら動いたのだとしたら、それはこの国のトップが国民のことを考えてくれている証だった。
心優しい魔王様。
ゴウキはいつの間にか、そう考えるようになる。
意識が変わり、いつの間にかトラウマを克服していた。
その効果か、ゴウキは魔王の相手を平然とこなすようになり、相手を任された日は決まって飲みに誘うようになった。
行き付けの美味い居酒屋に連れて行き、店の仲間達に魔王を紹介していた。魔王もまんざらでもなく、ジュースを片手に馬鹿笑いして盛り上がっていた。
楽しい毎日だった。
故郷にいては、こんな経験は出来なかっただろう。
あの時、島を出る決断をして良かった。
暴走する鬼爆魔法も、魔封の腕輪で制御できるようになり、使い勝手が良くなった。
このまま。この地に骨を埋めるのも悪くない。
いつしかそう思うようになっていた。
しかし、一度故郷に戻った時に、その考えは変わった。
「……なんつーか、何もねーな、ここ」
鬼ヶ島に戻ってやったことは、親戚との殴り合いの喧嘩だけだった。
ここには何も無い。
あるのは暴力と序列のみ。
そんな鬼ヶ島を変えたいと思った。
あの魔王国のように、活気に満ち溢れた素晴らしい島にしたい。
暴力ではなく、互いに尊重し、絆で結ばれた島にしたい。
ゴウキのこの思いは本物だった。
だが同時に、己では変えられないことも理解していた。
魔王に頼めば、きっと直ぐにでも鬼ヶ島を変えようと動いてくれるだろう。しかし、それではダメなのだ。
変わるのならば鬼族の手で、鬼族の意思で変わらなければならなかった。
魔王の手で変えられただけでは、中身までは変わらない。
強行すれば、反発が起こり鬼族は牙を向くだろう。そうなれば、治安維持の為に、魔王軍により滅ぼされてしまう。
それだけは、どうしても避けたかった。
長年勤めた四天王を引退すると、ゴウキは故郷に帰る。
そこに居場所は無くなって……などいなく、若者に挑まれる日々を過ごすことになる。
その若者らに、ゴウキは外で見てきた物を話す。
話し下手で上手く伝わっていなかったが、外の世界に興味を持った者が現れるようになった。
彼らが帰って来れば、外の世界の魅力をこの島に呼び寄せてくれるはずだ。
そうするよう若者達に言い聞かせたし、テメーらが発展させろよと脅しも掛けていた。
しかし、誰一人として帰っては来なかった。
おかしいと思い魔王国に向かうと、若者達は見事に魅了されて定住を決意していた。
「俺が諦めたことを、よくも……」
だらけ切った若者達を、ロキに頼んで魔王軍に入隊させた。
言っておくが、決して妬みからではない。
若者が、このまま腐るのを見過ごせなかっただけなのだ。
こんな一連の出来事があり、ゴウキは口頭では己の思いが届かないと考えた。
だから手紙を書いた。
何枚にも及ぶ手紙。
拙い文字、支離滅裂な文章に、飛び飛びの内容。
それでも必死に、己の思いを綴り続けた。
己の代で無理なら次の世代に、次の世代でもダメなら更に次の世代に。
何世代にも渡り、ゴウキは願いを託し続けた。
◯
手紙は何世代にも渡り読み続けられ、ゴウキの願いは託され続けたという。
「これがその手紙ですか……」
「はい、ゴウキより鬼ヶ島が発展した暁には、この手紙をロキ様に渡せと言い残しておりました」
手紙は保護魔術が掛けられ、劣化しないように保護されている。
当時のまま残っているのだろうが、子供に落書きされていて、所々読めなくなっていた。
「確かにゴウキの文字ですね、彼はとても字が汚かった」
手紙を見ていると、彼の姿が思い浮かび、豪快な笑い声が聞こえて来そうだった。
「ロキ様、今の鬼ヶ島は、五百年前の魔王国と比べて、発展しておりますか?」
ゴウキの子孫である老人は、挑むような目で私を見る。
鬼ヶ島をここまで発展させるのに、相当の苦労があったに違いない。
あの好戦的な鬼族を、何世代にも渡り意識を変えたのだ。それだけでも驚嘆に値する。
だから、
「ああ、間違いなく鬼ヶ島は上を行っているよ」
素直に称賛する。
老人は満面の笑みを浮かべ、何度も頷いていた。
「…………ところで、ゴウキから預かっていた物はこれだけか?」
「これだけですが、まだ何か?」
「魔封の腕輪をゴウキに貸し与えていたのだが、どこにあるか知らないか?」
「魔封の腕輪ですか? それなら、明日行われる武道会の賞品になっています」
「なんと……」
この後、魔封の腕輪は国宝だから返してくれと要求したが、「明日の大会に出場したらよろしい」と聞く耳を持たず、諦めて大会にエントリーした。
武道会では特に波乱もなく優勝したのだが、優勝賞品は魔封の腕輪ではなかった。
魔封の腕輪はブービー賞で、鬼族の若者の手に渡っていた。
国宝をブービー賞だと⁉︎ などと驚愕しつつ、若者と交渉したのだが、「魔王軍に入隊したいです!」という希望を叶える条件で、魔封の腕輪の回収は完了した。




