映画
映像研究会は緊迫していた。
自分たちはまったく映像作品を出していないのに、演劇部に先を越されたためだ。
『文化祭の破壊~ブロークン・フィルム~』と名付けたその押収された映像を、裏ルートで手に入れた部長・黒澤新太郎はシークレット上映会を開催した。ちなみに、名前は新太郎が勝手につけていた。
これはドキュメンタリーそのものだ。生徒たちの生の生活、それが無機質にしかし詩的に切り取られた映像だと新太郎は評価した。そして泣き、暴れた。今年三年生の自分は何故これに勝るものが撮れていないのかと。新太郎は短編作ばかりで一本も映画らしい映画は撮っていなかったし、公募でも落選してばかりだった。
部員たちは新太郎をなだめ、映像制作のための準備を開始した。
まずカメラの使い方からインターネットで検索した。彼らは目だけは肥えていたので、文句を言いながらも技術はみるみる吸収していった。
彼らはテレビドラマや流行の映画に技術的悪口を言うだけだった日々に別れを告げた。
映像研究会はカメラを回し始めた。
勿論人物を撮るには許可を取った。新太郎は許可など事後でいいと熱弁したが現代倫理がそれを許さなかった。
校内の風景から市中まで彼らは奔走した。
無論、映像制作に積極的ではない部員もいた。しかし新太郎は彼らを追い出そうとはせず拳で根性を叩き直そうとした。部員に止められた。現代倫理がそれを許さなかった。
部員の一人が「映像が認められれば正式に部活として認められて単位がおりるぞ」と囁いてこの件は落着した。
映像研究会は脚本の構成に取り掛かった。
闇雲に映像を撮るだけでは駄目だとわかったのだ。目的がなければ映画は完成しない。
新太郎は十八年の人生で大学ノートに書き溜めてきた大構想を持ち込んだ。異世界に転生した高校生が巫女と恋をしドラゴンと戦う壮大なファンタジーだ。部員全員から却下された。新太郎はまた泣いて暴れた。なだめた。
脚本は全員で考えた。部長の撮影が難しいアイディアをどうにか別案にまとめて落とし込んだ結果、高校生男子と余命一か月の少女が恋をする青春物語になった。部長は苦い顔をしながらも「芯は食っている」としてOKを出した。
映像研究会は役者を選定した。
活動を自粛させられた演劇部員の一年生が活躍の場を探していたのでそれをスカウトした。新太郎は本当にやる気があるのかその拳で見定めようとしたが部員に止められた。許されるはずがなかった。
顔の良い男女がヒーローとヒロインに決まり、あとはサブキャラクターとして周辺に配置した。せっかくスカウトした役者なのだから平等に出番がなければもったいないと脚本が改変された。ぼやけた群像劇になってきたので新太郎は「芯を通せ、あとドラゴンを復活させろ」と喝を入れた。後半は勿論却下されたが部員たちは部長が部長たる所以を身に感じた。
映像研究会は本格的な撮影に着手した。
斬新なカメラワーク、隠喩を散りばめた構成、哲学的なテーマを新太郎は提案したが却下された。泣いて暴れる前に部員が押さえつけた。彼らは完全に慣れていた。
エンターテイメントが人々に愛されているその理由を昏々と説かれて新太郎は折れた。
主演二人が出会い、恋をして、そして保健室でキスをする映像を撮った。とはいえ実際にキスはしていない。そこは撮らないほうがロマンチックだからだ。統計で出た結論だ。
顔の良い男女が並んでいればそれだけで映像は映えるのだ。部員たちは身に染みて感じた。
主演二人は気が付けばいい仲になっていた。それにひがむ者もいたが、新太郎は素晴らしいと祝福を送った。
映像研究会は編集に入った。
新太郎が五秒に一回「リテイク」と呟いたが部員は無視した。絶対に言いたいだけだからだ。
編集の理論もネットで調べまくった。本を読み漁った。新太郎の企画で名作と呼ばれる映画をこれまで何百本と見せられてきた彼らには地盤が既にできていた。彼らは新太郎に感謝しながら、フリー素材の音楽を駆使して青春でロマンチックなBGMを入れた。新太郎は世界的なオーケストラに打診を取ったが無視された。
映像研究会は映像を試写した。
新太郎が一秒間に十回「リテイク」と呟いたが部員は無視した。うるさかったので部室の外へ追い出した。
スクリーンには、もう一つの世界があった。
自分たちが作り上げた映画が現実世界と遜色ないことを確かめて、彼らは頷いた。
映画は『二人の恋~ローズ・フィルム~』と名付けられ高校生の映像コンクールに送られた。
映像研究会は打ち上げを行った。
結果はまだ出ていないが互いの健闘を労った。
新太郎が泣いて暴れた。オレンジジュースしか飲んでいないのにべろんべろんだった。部員たちがなだめると彼はさらに泣いた。
気が付けば部員たちも一緒に泣いていた。映像研究会に声が響いた。
映像研究会のローズ・フィルムは一次選考で落選した。
それでも彼らは確かな手ごたえを感じ、後輩たちへ映像制作のノウハウを伝授するのだった。
新太郎は卒業後、映像制作の会社に入った。OBとして毎日部室に顔を出しているので、ちゃんと仕事ができているのか怪しいものである。
了