第八十二話 窮鼠猫を嚙むけれど相手次第では焼け石に水
――王城・戴冠式会場の上層部。
祭壇の轟音と崩落の余波がまだ地鳴りを立てる中、王都は混乱の極みにあった。
廊下には逃げ惑う群衆、騎士の叫び、遠くで続く火の音。
だがその最深部に、第一王子は鎧を乱しながら
震える指で、古びた石の盤を指した。そこには古代文字で何かが刻まれている。
第一王子の顔は青白く、しかし目には狂気の光が宿っていた。
彼はゆっくりと盤へ歩み寄り、荒々しく上着の内を探ると、小さな鍵のような装置を取り出した。装置は金属と黒曜石が混じったような不吉な輝きを放っている。
王子は笑った。それは勝ち誇った笑みでも、敗北を認める笑みでもない。断絶と絶望の笑みだ。
「そうだ。処刑されるくらいなら、この国もまとめて葬ってやる。
王座に座る資格などない者どもに、この世界を渡すわけにはいかない」
盤の中心に装置を差し込むと、古代文字が血のように赤く染まり始めた。
空気が変わる。
壁のひび割れから青白い光が湧き、空間がひんやりと冷えていく。
「やめろ!」叫ぶ声が暗闇を切った。
「お前はまだ救える――!」
王子は振り向きもしない。ゆっくりと、しかし確固たる口調で言う。
「救い? くだらぬ。俺は王になるために生まれ、王であるために手段を選ばなかった。
だが、処刑される屈辱を受け入れるほど愚かではない。ならば――全てを燃やすのみだ」
彼の瞳には、もはや正気の色はなかった。王になれないのなら、全てを破壊する。
それは、選民思想が歪んだ果ての、純粋な破壊衝動だった。
盤の刻印が次々と光り、床から古代の機構が目覚める。
石柱が軋み、彫刻された紋様が一列に動きはじめる。
空気は金属が焼けるような匂いに満ち、遠くで何か金属音が連打する。
王子が機構の中心で両手を掲げると、盤の光が彼の身体を包み込んだ。
「ここで終わらせる。」王子は叫び、装置のスイッチをひねる。
一瞬の静寂。次いで、低く長い警報のような音が空気を切り裂いた。
「やめろぉぉおお!」
必死な博史を見て、王子はにやりと笑い、その胸元からもう一つ、小さな符のような板を取り出した。
盤に押し付けると、装置は最後の起動を告げるように赤く燃え上がった。
「全員、道連れだ。王の俺が死ぬなら、お前らも道連れにしてやる!」
装置は臨界を迎え、祭壇全体が古代の光を解き放つ。
広い空間が共鳴し、壁が粉砕され、亀裂が街へと広がっていく。
床下の鎖が断ち切られ、未だ眠る付随する兵器群が目覚める。
存在するだけで大気を切り裂くほどのエネルギーが放出され、温度と圧力が急上昇する。
王子の笑いは止まらない。彼の目に迷いはもうない。
装置の光がピークに達すると、王子は自らの胸に手を当て、かすれた囁きを漏らす。
「これが、俺の答えだ――新しい秩序のための浄化だ!」
(どうする..
酒を一気に飲めば助かるかも知れないけど..)
博史にアメリコでの出来事が蘇る
目の前でブランが殺され
怒り狂い…ヴァンパイアを惨殺し
そして、仲間のキリヤをボロボロにしてしまった
酒が我を失わせ、大切な仲間を傷付けてしまった
あれから無意識に酒をセーブするようになって『酒乱』のスキルは発動しなくなった…
..俺はここで酒を..飲んでいいのか..?
一瞬、世界が白に吞まれるかと思うほどの光が炸裂した。
衝撃波が全方向へ走り、石の柱は粉砕され、鉄の装甲は溶け、広間の外にいた者たちの叫びはそのまま断ち切られた。
空気は炎に変わり、地が裂ける。
(くそ、皆死ぬくらいなら飲んでやる)
博史が酒を飲もうとしたその時だった。
「……赦しを、光よ」
マリーの声が響いた。
祈りと共に、白い光が彼女の全身から溢れ出す。
それはまるで祭壇そのものを覆うような柔らかな輝きで、赤黒く荒れ狂う古代兵器の光と激しくぶつかり合った。
「な……に……!?」
王子が目を見開く。
轟音。
赤と白の光が衝突し、数瞬、空間が歪むほどの衝撃が走った。
だが次の瞬間、赤黒い光はすべて白に呑み込まれ、霧のように消え失せていった。
装置は沈黙し、古代兵器の機構は動きを止めた。
空気は静まり返り、何一つ破壊されていない。
「……馬鹿な……俺が……俺の兵器の力が……!?」
王子の絶望の叫びが、崩れ落ちるように響いた。
「危ないわねー
こんな古いおもちゃ使わないでよー
マリーの魔力がすっからかんになってしまったわー
早く男で補充しなきゃ、きゃは」
王子は膝をつき、力なく嗤った。
「……こんな、屈辱が……あるか……」
彼は崩れ落ち、その姿は二度と動かなかった。
祭壇に残ったのは――
倒れた王子と、力を振り絞ったであろうマリー、そして呆然と立ち尽くす博史とブラン。
「……よかった」
博史は荒い息をつきながら、静かに酒を下ろした。
破滅の光は消え、国は無傷のまま残された。




