第六十二話 合流
数ヶ月後。
廃人のようになった俺を引きずるようにして、キリヤはヤマト国に到着した。
そこは、これまでの西洋風の世界とは全く違う、神社や城、着物といった文化を持つ、美しくも厳かな国だった。
街の宿で待っていたのは、マリー、水月、フローレン、そしてイリアスだった。
「…博史くん」
マリーの心配そうな声にも、俺はまともに応えることができない。
まるで分厚いガラスの向こう側から話しかけられているようだ。声は聞こえるのに、心が全く反応しない。
その姿を見て、フローレンの表情が険しくなる。
イリアスが、俺の足元に駆け寄り、心配そうに「キュイ」と鳴いた。
俺は、その小さな頭を、力なく撫でるだけだった。
その温もりすら、今はどこか遠いものに感じられた。
久しぶりに再会した仲間たちとの間には、埋めがたい、見えない壁ができていた。
俺だけが、あの絶望の夜に取り残されたままなのだ。
その夜、俺たちの再会を祝して、ささやかな宴が開かれた。
ヤマトの国の宿の一室。中央には、チェンマンが腕によりをかけて作った、見慣れた、しかしどこか懐かしい匂いのする料理が並んでいる。
「うおおお! やっぱチェンマンの飯は世界一だぜ!」
キリヤが、骨付き肉にかぶりつきながら叫ぶ。
「当たり前だ
てか、お前の傷は治さないのか?」
「けっ、こんなの傷のうちに入らねぇよ」
「博史くんも、もっと食べなさい。痩せてしまったじゃないの」
ルサーリカが、心配そうに俺の皿にシチューをよそってくれる。
「…ああ」
俺は、ただ短く応えることしかできない。
味が、しなかった。
「…博史」
不意に、隣に座っていたミーナが、小さな声で話しかけてきた。
「…その、ブランのことだが…」
彼女が何かを言いかけた、その時だった。
「やめろ!」
俺は、自分でも驚くほど、冷たくて鋭い声で、彼女の言葉を遮ってしまった。
ブランの名前を聞くだけで、胸に突き刺されたマントの幻覚が見える。血の匂いが蘇る。息が詰まる。
場が、一瞬にして凍りつく。
全員の視線が、俺に集まった。
「…すまない」
ミーナは、傷ついたような瞳で、静かに視線を伏せた。
「…悪い。少し、風にあたってくる」
俺は、その重苦しい空気に耐えきれず、席を立った。
誰も、俺を呼び止めることはできなかった。
宿の外は、冷たい夜風が吹いていた。
俺は、近くの縁側に腰を下ろし、ただ空を見上げる。星は見えない。
(…なんで、あんな言い方を…)
自己嫌悪が、波のように押し寄せる。
ミーナとリザリーはブランが居たからこのパーティに居る。
幼い時から姉妹 のように生きてきてた
俺以上にブランの死は辛いはずだ…
ただ俺を気遣ってくれようとしただけなのに。
分かっている。
悪いのは、俺だ。
その時、足元で、小さな温かいものがすり寄ってきた。
イリアスだった。
彼は、俺の足元に駆け寄り、心配そうに「キュイ」と鳴いた。
そして、俺の膝によじ登ると、冷え切った俺の手を、その小さな舌で一生懸命に舐め始めた。
俺は、その小さな頭を、力なく撫でるだけだった。
言葉はいらない。
ただ、そばにいてくれる。
この小さな温もりだけが、完全に凍てついてしまった俺の心を
かろうじて繋ぎとめていた。
翌朝、誰も昨夜のことには触れなかった。




