第五十九話 怒り
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【死んだはずが、目が覚めた】
目が覚めると目の前にキリヤがいた
身体中を絶望感が巡る
今回はテッシンの時のような夢から覚めたら元通りのような感覚ではない
「博史、博史!
大丈夫か?」
「俺もブランと死んだんじゃ無かったのか…?」
「いや、俺様たちが着いたときには
博史には傷一つなかった
イリアスが言うにはこの首飾りは蘇生の効果が掛けられているらしい」
「蘇生の魔法…
そんなものよりブランが」
「ヴァンパイアは水月が一度退けた
俺様たちは戦いでは負けないが
あの不死を殺すことは出来なかった
奴は不死を利用し水月やマリーの事をお構いなしに
供物である博史達の身体を欲してる
奴は水月の傷が癒えたら再びお前とブランを追ってくるだろう
ブランの傷はマリーが癒したが息を引き取った後だからな…
魔法で蘇生は出来ないらしい」
キリヤの言葉が、俺の心を絶望の底に突き落とす。
ブラン…。
いつも憎まれ口を叩いて、ポンコツで、
それでも、俺が攫われた時は一番に心配してくれた、
あいつが…。
俺を守って、死んだ…?
「博史、生き返った後で悪いが、俺様たちが殿だ
水月とマリーとフローレンはブランの護衛をしている
イリアスとサクラの情報だと東方の国には生き返る秘術があるらしい
だから俺様たちでなるべく時間を稼ぐんだ」
「おやおや、送ったはずの供物が生き返っているではないか
ここにはあの化物女も居ないのか」
声がして振り向くと、そこにヴァンパイアの王が、悠然と立っていた。
「キリヤ…さけはあるか」
「さ、酒か!?
あることはあるが
俺様が言うのもなんだけど不謹慎じゃねぇか?」
キリヤの声が、戸惑っている。
「いいからよこせ
こいつは許せない」
俺は、キリヤから酒瓶をひったくった。
「こいつだけは、絶対に、許さない」
俺は、酒を一気に煽った。
だが、今回は、記憶をなくすためじゃない。
忘れるものか。この怒りを。この悲しみを。ブランの、最後の温もりを。
俺は、この全ての感情を力に変えて、目の前の敵を、叩き潰す。
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俺は、暗く冷たい水の底に、一人で沈み続けていた。
体は鉛のように重く、手足を動かすことすらできない。
ここは、俺の心の中。後悔と罪悪感が作り出した、終わりのない深淵だ。
目の前には、巨大なスクリーンがあった。
そこに映し出されるのは、何度も、何度も繰り返される、あの日の光景。
俺を守って貫かれる、ブランの姿。
彼女の口からこぼれる赤い血。
俺の名前を呼ぼうとして、声にならなかった最後の唇の動き。
そして、俺の中で何かが壊れ、世界が混沌に染まっていく、あの瞬間。
「お前のせいだ」
どこからか、声が聞こえる。
それは、キリヤの声に似ていた。
「お前が、もっと強ければ、ブランは死ななかった」
「そうだ。お前が、あの時、酒さえ飲まなければ…」
フローレンの声が、俺を責める。
「あんたが、あたしたちの仲間じゃなければ、こんなことには…」
ブラン自身の声が、俺の心をナイフのように抉る。
違う。
分かっている。これは、俺自身の罪悪感が生み出した幻聴だ。
仲間たちが、俺を責めるはずがない。
ブランが、俺を恨むはずがない。
だが、頭で分かっていても、心は鉛のように重く、沈み続けていく。
俺が、ブランを殺した。
その事実は、どうしようもなく、俺の魂に絡みついて離れない。
もう、いいか。
このまま、この冷たい闇の底で、永遠に眠ってしまおうか。
そうすれば、もう誰も傷つけずに済む。
もう、誰も失わずに済む。
俺が、意識を手放しかけた、その時だった。
「キュイ…」
か細い、鳴き声が聞こえた。
暗闇の中に、ぽつりと、温かい光が灯る。
光の中心にいたのは、イリアスだった。
彼は、心配そうに俺の顔を覗き込み
その小さな体で必死に俺を闇の外へと押し上げようとしていた。
そうだ。
俺は、一人じゃなかった。
俺の帰りを待ってくれている仲間がいる。
俺が守ると誓った、小さな命がある。
そして何より――
(…ブランを、助けに行かなきゃ)
闇の底から、もう一つの声が聞こえた。それは、俺自身の声だった。
「…博史…」
キリヤが、震える声で俺の名前を呼ぶ。
「…ああ」
俺は、かすれた声で答えた。
「…ただいま」
ーーーーーー
【昨日の回想】
酒が、燃えるような熱となって喉を焼き、胃の腑に落ちる。
舞い上がる塵の一つ一つ、仲間たちの絶望に歪んだ顔、
そして目の前でせせら笑うヴァンパイアの王、ヴラドの表情――
その全てが、永遠のように引き伸ばされた時間の中に、くっきりと焼き付いていた。
悲しみも、怒りも、後悔も、消えはしない。
それどころか、それらの感情が、俺の中で純粋なエネルギーの奔流へと変わっていくのを感じた。
「ほう、まだ戦う気か。その瞳…気に入ったぞ、供物」
ヴラドが、楽しそうに指を鳴らす。
彼のマントが再び生き物のように蠢き、
数百の黒い槍となって俺に襲いかかってきた
だが――
「――遅い」
俺の口から、俺のものではないような、静かで低い声が漏れた。
次の瞬間、俺の体は動いていた。
思考ではない、本能が。魂が。
黒い槍の豪雨の中を、俺はただ歩く。
右に半身をずらし、左にかすかに屈み、一歩前に出る。
まるで、降りしきる雨の中を、一滴の雫にも濡れずに歩くかのように
全ての攻撃が俺の体をすり抜けていく。
「な…!?」
ヴラドの顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。
俺は、歩みを止めない。
一歩、また一歩と、ゆっくりとヴラドに近づいていく。
その間にも、彼はありとあらゆる攻撃を俺に放った。
空間を断ち切る斬撃も、魂を凍らせる呪詛の言葉も、今の俺には届かない。
俺は黒い槍を握りつぶした。
黒い槍はガラスのように砕け散り、闇の粒子となって消えていく。
やがて、俺は彼の目の前に立った。
「き、貴様…一体、何者だ…」
俺は、ただ、右の拳を握りしめた。
そして、その拳を、ヴラ-ドの心臓めがけて、静かに突き出した。
ゴッ、という鈍い音。
それは、あまりにも地味な一撃だった。
だが、その拳が触れた瞬間、ヴラドの体は内側から崩壊を始めた。
彼の不死の肉体が、再生の理を超えた「混沌」によって、その存在そのものを否定されていく。
ヴラドの瞳に映るのは、恐怖。何千年という時を生きてきた不死の王が
初めて感じるであろう、純粋な死への恐怖だった。
「…馬鹿な…この余が…こんな…こんな、ただの…人間の…一撃で…」
それが、彼の最後の言葉だった。
ヴァンパイアの王ヴラ-ドは、悲鳴を上げる間もなく、塵となって掻き消えた。
静寂が、戦場を支配する。
「…博史…?」
(…ああ、終わったんだな)
そう思った瞬間、俺の中で張り詰めていた糸が、プツリと切れた。
凄まじい疲労感と、そして、ブランを失ったという、どうしようもない現実が、
奔流となって俺に襲いかかってくる。
「…ぶら…ん…」
彼女の名前を呼んだのを最後に、俺の意識は、深い、深い闇の中へと落ちていった。
「…相棒、やめろ!
もう死んでいる!」
キリヤの叫びは俺の耳には入らなかった。
その後に残されたのは、勝利の歓喜などではなく、ただ、あまりにも大きな虚しさと、代償の大きさだけだった。
――――――――――――――――――――
数日前、女性陣が収容された牢屋―――
女性陣は、脱出の機会を窺っていた。
ブランは攫われたイリアスを心配して、片時も落ち着かない様子だった。
そんなある日、事件は起きた。
ヴラドは女性陣全ての弱点を知り尽くしていた。
女性だらけの牢獄の中で欲求不満になったマリーには引退間近の看守をあてがい
フローレンには不死のヴァンパイアが刺され役であてがい
水月が絶頂を迎える夜が更けた時間帯
一人の看守がイリアスを網で捕らえ、闇の中へと連れ去っていった。
「待て!」
残されたブラン、ミーナ、リザリーが
看守から奪っていたカギを使い、牢を抜け出した。
イリアスを追って、闇の中へと消えていった。
追いかけた先に待っていたのはヴラドだった
抵抗する間もなく、彼はブランを闇の中へと連れ去っていった…。
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