第四十二話 魔物の素材は呪いの素材
「ほ、本当に魔龍を討伐したんですか?」
ギルドに報告しに行くと、受付嬢は信じられないといった様子だった。
わざわざ報告しに来たのは、決してローライズをまた見たかった訳ではない。
「はい、それで防具が壊れてしまって…
良い鍛冶屋さんを教えて欲しいのですが」
受付のお姉さんは少し頬を赤らめ興奮した様子で
「あ、それでしたら街の外れにあります」
勢いでまた後ろにしゃがんでほしかったが
どうにも上手くいかない
今回はブランもマリーも居ないから
気兼ねなくみれると思ったのだが
人生そんなに甘くないか
「ありがとうございます」
博史はギルドを後にした
鍛冶屋と言えばロマネンドを思い出すな
このいわくつきの小刀をくれたおっちゃん元気でやっているかな?
結婚がどうとか言っていたけど
そんなことを考えながら
あっという間に鍛冶屋についた
ギルドで紹介された鍛冶屋は、街の外れ、闘技場の熱狂が嘘のような静かな一角にあった。
カン、カン、とリズミカルな槌の音が響き、むせ返るような鉄と石炭の匂いが漂ってくる。
「いらっしゃい
うちの自慢の商品どうだ?
闘技場に出るなら、ナマクラじゃ話にならんぞ! 」
店の奥から、樽のような体格に、見事な髭をたくわえた 鍛冶屋のオジサンが顔を出した
その腕は丸太のように太く、額には汗が光っている。
親方は、壁に掛けられた剣や鎧を自慢げに示す。どれも、実用一辺倒ながら、確かな技術で作られた逸品であることが俺にも分かった。
「実は相談があって
これを防具に加工して欲しいのですが」
俺は、ルサーリカに持たされていたズシリと重い袋をカウンターに置いた。
「ああ、何だこりゃ?」
袋から中身を取り出すと、親方の顔色が変わった。
「魔龍の鱗です」
「…とんでもねぇ硬度だ。それに、微かに熱を帯びてやがる…。こんなもんで防具を作ったら、さぞ名誉なことだろうが…」
親方は、名残惜しそうに鱗を袋に戻すと、首を横に振った。
「悪いが、お断りだ」
「な、なんでです? 腕に自信がないとか?」
「バカ言うんじゃねぇ!」
親方が一喝する。店全体がビリビリと震えるほどの声量だ。
「俺たちは鉱物を叩いて何十年だ。鉱物のことなら知り尽くしている。だが、こいつは鉱物じゃねぇ。『生き物』の一部だ」
「生き物…?」
「そうだ」と親方は続ける。「魔物の素材ってのは、たとえそいつが死んでも、微弱な魔力…言うなれば**『魂の残り香』**が宿り続ける。下手に人間の手で加工しようもんなら、その残り香が歪んで『呪い』に変わるんだ。装備した途端、発狂する防具だの、持ち主の血を吸う剣だの、そんなロクでもねぇもんが出来上がるのがオチさ」
親方は、自身の腕に残る古い火傷の痕を撫でた。
「俺も若い頃、グリフォンの爪で短剣を作ろうとして、大火傷を負ったことがある。普通の火じゃねぇ、消えねぇ呪いの炎だ。この傷を見るたびに思い出す。俺らは、神の創った鉱石を打つのが仕事。魔性の領域に、足を踏み入れちゃならねぇんだ」
「そ、そうなのか…」
専門家の言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。
「しょんぼりすんな、兄ちゃん」
親方は、豪快に笑った。
「それに、そんな防具、この世にあるわけがねぇんだ。もしあるとしたら、そいつぁ人間じゃねぇ。エルフか、あるいは神に愛された伝説の鍛冶師の仕事だろうよ」
俺は、がっくりと肩を落として店を後にしようとした。せっかくのSSランク素材が、ただの置物になってしまうのか…。
「…ああ、そうだ」
店を出ようとした俺を、親方が呼び止めた。
「そういえば、この前、街で奇妙な奴を見かけてな」
「奇妙な奴?」
「ああ。真っ黒なコートを着て、魔物の歯で作ったみてぇな、禍々しい小刀をぶら下げてる奴がいたんだ。あいつなら、もしかしたら何か知ってるかもしれねぇな。まあ、関わらん方が身のためだと思うがな」
黒いコート…魔物の歯の小刀…。




