第十六話 料理人バゲロのチェンマン
あいつらが来るまで
俺はここの料理を旨いと感じた事は無かった
だからこの酒場では酒しか飲んでない
俺はチェンマン売れない料理人だ
ドワーフの血なのか
生まれつき頑固で、商売がどうにも上手くいかない
里では多くの者が鍛冶に従事するが
俺は鉄より食物に惹かれた
ドワーフは酒ばかりで料理の味に鈍感
旨い料理を作っても差が分からない
だから里を飛び出しこの国に来た
自分でいうのもなんだが
料理の腕に自信はある
だが俺は間違っていた
このパーティで旅をしてそれに気付いた
「チェンマン
何かツマミになるものない?
味濃いやつね」
「…ちょっと待ってな」
以前の俺だったらこんな風に
言われたものを
言われた通りに作る事は無かった
俺の料理に絶対の自信を持っていた
皆が俺の料理を美味いと感じ
美味くないと感じるのは
食べる人の感覚がおかしいと思っていた
修行時代から金を貯め
贅沢は一切せず
女も買わず
酒も飲まず
全てを注ぎこみ
借金をしてこの国に料亭を開いた
だが、料亭を開くと
毎日、客と衝突する
客は店を選べるが
店は客を選べない
そう思っていると
客足は遠のいていった
鬱散を晴らすかのように
酒場に通った
そんな時奴らが現われた
酒を飲み
ただ騒ぎ散らかしている奴ら
気に食わなかった
金髪のイケメン冒険者が
「この店のチュチュ鳥の丸焼きはうめぇええ
シェフをよべぇえええ」
と騒いでいたから
「この店は鳥をただ焼いただけだ
てめぇに料理の良し悪しなんて
分かってねぇだろ」
と言って絡んでやった
「なんだおめぇは
楽しく飲んでるのに
茶々入れやがって」
「てめぇこそ」
「はいはい、そこまで
喧嘩するなら
ここから出すわよ」
と酒場の女性が間に入る
「俺はまだ飲みてぇから
やんなーい!」
とイケメンが言い
「ちっ」
俺は虫の居所が悪くなり
酒場をあとにしようとしたら
イケメンの連れが
逆に絡んできた
「確かにここの鳥は焼いただけだ
でも、そんな顔して飯食ってたら
美味いもんも美味くないぜ」
その一言にカッとなり
気付いたらそのパッとしない男を殴っていた
「ちょっとチェンマン!
何してるの出てきなさい」
と酒場の女に言われ
ハッとして出て行こうとすると
「いいよ、ルサーリカ
チェンマン…
料理に自信があるんだろう?
君の料理が食べたい」
そう言ってきた
「けっ
どこの世界に
殴った奴の料理が食いてぇって奴がいる
俺の料理を不味いって言って
殴られた仕返しでもしてぇのか?」
「それだよ、チェンマン
本当は分かっているじゃないか
味だけが『美味しい』って感じる訳じゃない
でも、それは置いておいて
本当に君の料理が食べたいんだ
それとも自信がないのかい?」
全てを見透かしたような口調
「ちっ
ルサーリカだっけか
厨房貸してくれねぇか」
言われて料理を作るの癪だが
このまま引き下がったら
俺の料理が負けたことになる
こうなったらあいつらを
いや、今まで俺をバカにした奴らを
見返してやる
「材料、調味料は…
一通り揃ってるな
一応は酒場って訳か」
チュチュ鳥を使おう
ただ焼いて塩を振っただけのと
違いが分かるからな
まずは下処理だ
筋、血合い、余計な脂
全て取り除く
マンダン草を乾燥させたものと
スルナの種を砕いたものを合わせ
振りかけ下味をつけて
テラキッタの木で火を起こし
木の香りを付けながら
低温でじっくりと火を通しながら
燻製する
三つのハーモニーを楽しんで貰うため
あえて塩味は薄め
これなら誰も文句を言えないはずだ
俺が考案した
俺だけの料理だ
チュチュ鳥の香草焼き
皆の前に持っていく
料理を出すと同時に若いイケメンが
手づかみで
むしゃむしゃと汚い食い方で
食いやがった
「うん……普通」
「はぁ?
この美味しさが分かんないのか
他のやつらも食ってみろ」
「…まあ、思ったより普通だね」
「私、ここの丸焼きの方が好きかも」
「お前ら舌が狂ってんじゃねぇのか」
「チェンマン」
クソイケメンの隣にいた
いけ好かない男、博史が話しかけてきた
「お前もこれの美味しさが分からないのか」
「チュチュ鳥に筋や軟骨等
口に残るものが一切なく
丁寧に処理されている
香草と種子の香り
燻製の木の香り
とても魅力的だ」
「おお、お前は分かってくれるのか」
「でも、やっぱり普通だ」
「…てめぇまで…」
「チェンマン、これ食べたか?」
「そんなもん何百回も」
「違う、今食べたか?」
「俺が分量を間違えるはずねぇだろ…ん?」
一口食べると
確かにいつも食べている味と違った
いや、俺が分量を間違えるはずはない
「分かったかチェンマン
俺もお前も
この場の全員が
酒で舌も鼻も狂っているんだ
だから香りも味も鈍くなっている」
「客に媚売って
料理を作れって言うんか?」
「それは極論だろう?
お前は何で料理人になったんだ?」
「俺は…」
そうだ
俺は俺が作った料理を
料理に無関心だった母さんが美味しそうに
笑顔で食べてくれ
褒められたのが忘れられなくて
料理を好きになったんだ
「俺は俺が好きな人に
美味しいって言ってほしくて
料理を始めたんだ」
結局料理人はサービス業
俺は自分の好きな人では無く
店に来てくれた人
全ての人を好きになんててなれない
「俺は色々と間違ってしまったんだな
ありがとうよ
博史って言ったか」
俺は代金とチュチュ鳥のお金
少し多めにテーブルに置き
帰路につこうとした
「お、塩かければ
めっちゃ美味いじゃん」
ふと振り向くと
クソイケメンが俺の料理に
塩をかけて食べていた
普段の俺なら
「俺の料理を汚すんじゃねぇ」
とキレていたが
怒る気力も湧かなかった
「おっさん
俺様はお前の料理の良さ分かんねぇけど
何かに、拘り、追究している奴は好きだ
だが、そればかりでもいけねぇ
ま、今日は楽しく飲もうぜ」
俺から喧嘩を吹っ掛け
勝手に落ち込んだ奴に対し
すべてを酒で流すかのような
あっけらかんとした振舞い
クソイケメンはクズだが
性根が悪い訳じゃない
「ああ、そうだな」その日
俺は酒場の料理を美味しいと感じた
美味しさは正解不正解ではなく
個人の感性なんだと知った
楽しければ
ほとんどの料理が旨いし
罵られながら食う料理は
どんな料理も不味い
俺は楽しくて初めて飲み過ぎた
その日以降
バゲロのチェンマンと呼ばれるようになってしまった
俺は料理は好きだが
料理人には向いていなかった
本当に良い勉強になった
もう一度、挑戦してみたくなった
だから、あいつらが旅に出る時
迷わずついて行こうと思った
俺には店を開くのに
人と関わる経験が足らな過ぎた
あいつらについて行けば
もっと学べるかもしれない
逆にサービス業は出来ないと悟るかもしれない
でも、それはそれで良いはずだ
博史にその事を言っても
覚えてないという
むしろ偉そうに言ってごめんと謝られる
彼の謙虚さが人を惹きつけるのだろう
俺もまた、彼から学ばなくてはいけない一人だ
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