⑧
闇の魔法がその場を支配し、リーベミオの元を来訪していた貴族の子供達や周りにいた侍女たちのことを飲みこんでいく。
周りから乱心したと言われ、落ちぶれたと言われているその間に一人で学んだ魔法。
それを使って彼らを傷つけないように、脅しをかけるようにその部屋から退室させる。
まさか魔法を向けられるなどと思っていなかったらしい彼らは、それはもう青ざめた顔をしていた。
一人に関しては失神しており、リーベミオはそれらを見ても魔法の手を緩める気はなかった。
寧ろリーベミオという存在を恐れて、近づいてこなくなればいいとそう思っている。
「ひぃいいいいいいい」
「リーベミオ様がぁああ」
……パーティーの時もリーベミオは暴れたが、それはまだ可愛いものであったということを周りは理解しただろう。魔法を使って暴れたリーベミオ・ロベルダは手を付けられない。
彼女にはそれだけ魔法の才能というものがあった。
魔法で来訪者や侍女達をその場から下がらせた彼女は、ふぅと息を吐く。
(……さて、これでどうなるかしら。このまま私に関わるのをやめてくれれば一番楽だけど)
彼女はそんなことを考えながら、平然とした様子でいつも通り過ごし続ける。
当然、リーベミオのやらかしたことに関しては、家族たちに報告をされている。
それによってもたらされるものがなんなのか、リーベミオは想像は出来ない。それでも今の状況よりはマシだろうと思っている。
まだ家族や周りはリーベミオに期待しているのだ。
リーベミオが元の――完璧な王太子の婚約者に戻ることを。
その期待を彼女自身は完膚なきまでに叩きのめさなければならなかった。
それらは彼女にとって、まさしく要らないものだから。
「リ、リーベミオ! 話は聞いたわ! どうして人に向けて魔法を放つの! 貴方は本当に――」
そう声をあげる母親にも魔法は使う。
とはいえまだ彼女は情が残っているのか、その意味もないと思っているのか、殺傷力はさほどないものである。
リーベミオ・ロベルダは殺そうと思えば簡単に出来る。
それだけの魔法の腕を彼女はとっくに身に着けていた。
それだけのことが起これば、益々騒ぎは増していく。
「リーベミオ!! どうしても大人しくする気がないのだな。君がそのように乱心したことでどれだけ私たちが迷惑をしているか分からないのか!!」
父親が声を上げる。
睨みつけるように見られて、リーベミオは思わず冷笑してしまった。
リーベミオがこのようなことになって、公爵は迷惑を被っている。これまで完璧であった彼の人生に、乱心令嬢の父親というレッテルが張られてしまったのでたまったものはないのだろう。
(私は自分が思っているよりずっと冷たかったんだろうな。家族よりも……レリ様の方が大切だもの。寧ろレリ様さえいてくれたなら他の者なんていらないと私はそう思ってしまっている。周りが言っているように、確かに私は狂っているのかも。でもそれでもいい)
周りの評価だとか、まともじゃないと言われようがそれでも関係ない。
リーベミオは大切だったはずの父親から大声をあげられても、表情を変えない。
その様子は公爵にとってはさぞ不気味だったのだろう。
「リーベミオ!! 君をカンバラの地送りとする!!」
そして、公爵はそう言い放った。
それはロベルダ公爵家が所有する中で、最も辺鄙な土地の名を指す。もしかしたら公爵はこの土地の名を聞けば、リーベミオが改心するかもと思ったのかもしれない。
「そうですか。かしこまりました」
だけど反発するではなく、リーベミオは頷いた。
素直に頷かれたことに、拍子抜けた表情になっている。普通なら七歳の、それはもう大切に育てられたはずの令嬢がそんな地に一人で行かされるとなれば……、泣きわめくことだろう。
家族から見捨てられるというのは、子供にとっては耐えきれないほどの苦痛のはずだから。
だけどリーベミオは、寧ろ都合が良いとさえ思っていた。
彼女の様子はやはり周りから乱心しているようにしか見えなかったのだろう。そのままリーベミオがカンバラの地で向かう準備が進められる。
その間、リーベミオは大人しかった。
ただし周りから話しかけられた際は、拒絶するような態度を彼女はしていた。
これで改心したなどと思われて、撤回されても困るとさえ感じているのだ。
彼女がそういう態度だからこそ、リーベミオ・ロベルダが辺境の地へたった一人で送られることになった時に見送りに来るものは居なかった。
家族も、使用人達も誰一人いない。
人に魔法を向け、暴れるようなものはロベルダ公爵令嬢と認めないとでも思っているのだろう。
リーベミオを辺境の地へ送り届ける予定の御者や最低限つけられている騎士たちは同情的だったが、リーベミオは清々しい気持ちになっていた。
(ロベルダの名は、もう捨てていいわ。人目につかない辺境に行けるなら、そこでレリ様を取り戻すための方法を探るわ。私は力をつけないといけない)
その目に宿るのは希望であり、悲観の感情は一切ない。
「さようなら」
ただ、出発の時にぽつりとリーベミオはそう呟いた。
これで七歳編は終わりです。