⑤
さて、リーベミオ・ロベルダが彼女の王子様を取り戻すために行動をすると決意した。とはいえ、彼女はまだ七歳である。親の庇護下にいる小さな子供。正直言って無力ではある。
ロベルダ公爵領の屋敷の中で、常に彼女は見られている状態にある。
乱心してしまったと噂されているとはいえ、仮にも彼女は公爵令嬢である。
ロベルダ公爵家の名を持つ彼女が、さらなる問題を起こすのではないかと公爵家一家は危惧しているのだ。だからこそ、勝手な行動を起こさないように監視の目がある。
(……私がまともな思考をしていると知られるわけにはいかない。下手に何かしらの理由があってこういう行動を起こしたと知られて、私の望まない行動をされても困る。だけどおかしくなったふりをしながら力をつけようとするのは結構難しい)
リーベミオは家族や周りの人々に対する期待を一切なくした。寧ろ自分の真意を知られれば益々ややこしい事態に陥るだろうと分かっていた。
この短い間に、彼女は家族や侍女達が……自分の望む言動をしてくれるはずがないと知ってしまったから。
リーベミオは一人で過ごしている。
部屋を出た際には大抵が両親に絡まれたりもする。
彼女のおかしさが治るまでは、行動を反省してまともになるまでは――そんな風に彼女の家族は告げて、基本的にリーベミオは軟禁状態である。食事も一人でとる。元々家族と会話を交わしながら食事をすることがリーベミオは好きだった。
大好きな王子様の話をリーベミオがすると、家族は皆笑ってくれた。
きっとリーベミオがレリオネルを心から好ましく思っていることをほほえましく思っていたのだろう。
彼女が親しい者達に話すことは、大好きな王子様のことが多かった。とはいえリーベミオとレリオネルの間でだけ交わされた特別な会話などに関しては自分だけのものだからと周りに言うことはなかった。
リーベミオが周りに語っていたのは、当たり障りのないレリオネルの魅力。どれだけ自分の婚約者が素敵か、ただ楽しそうに語っていた。
そういうレリオネル・ユウディスに対する好意を、今の彼女は一切語ることはない。
――それを一度外に出せば、またややこしい行動を起こされてしまうのだから。
リーベミオが別人のようになってしまっただとか、乱心してしまっただとか。
そう、皆が知っている。
大貴族であるロベルダ公爵家の娘が、そういう事態に陥ったことは恰好の噂の的である。
リーベミオ自身は、自分が変わっただなどは思っていない。寧ろ、大切で大好きな王子様への思いが、リーベミオを動かしているのである。
彼女が家族や周りに幾ら疎まれようとも、おかしくなったと言われようとも心を折らずに行動をしようとし続けているのは……レリオネル・ユウディスという彼女の王子様を取り戻すことをただ一人決意しているからに外ならない。
リーベミオは闇、水、地という三つの魔法属性を持つ才能あふれる少女である。その魔力量も、一般的に比べて随分と多い。だからこそ王妃になる少女でなければ国に名をはせる魔法使いになるだろうと言われていた。
これまでの彼女は魔法というものにそこまで関心はなかった。
リーベミオは王妃になる予定だった。そしてその立場は周りから守られるべき立場であり、自身の戦う力をそこまで磨く必要はなかった。
当然、何かあった時に自分の身を守るための護身程度には学んでいた。
彼女には魔法を学ぶよりも重要なことがあった。だから、魔法はある程度学んで、それ以外は別の事に時間を使っていた。
(魔法……もっと真剣に学ぼう。力をつけなければならない。これからレリ様を取り戻すためにはどういったことが必要か分からない。折角レリ様を取り戻せそうなのに力が足りなくて出来ないなんて嫌だ。今の私は無力。公爵令嬢という立場の私はお父様とお母様の許可がなければ動けなかったりする。……でもこのままでは駄目だ)
リーベミオは屋敷内の書斎へと向かい、一人本を読む。
リーベミオがおかしくなったと噂されてからというもの、魔法に関する教師もこちらを訪れなくなった。
それは公爵家が乱心してしまったリーベミオのことを人前に出したくなかったからと言える。
それにリーベミオは元々意欲的に様々なものを学んできた。それはすべてレリオネル・ユウディスの隣に立つのに相応しい婚約者になるためのものだった。
(私が頑張れば、レリ様は褒めてくれた。それが嬉しくて仕方がなかった。ああ、レリ様、大好き)
過去の記憶を思い起こして、リーベミオはただ彼女の王子様への愛を心の中で呟く。
リーベミオが頑張って成果を出すと、レリオネルはいつも褒めてくれた。嬉しそうに笑ってくれた。
何かしらの要因があって横暴になっていたとしても、そういう根本の部分は変わらなかった。
それが分かっていたからリーベミオは昔と比べると変わってしまったと言われていたレリオネルの傍にいつも近づいた。寧ろリーベミオからしてみれば、「この位でレリ様から離れるなんて」と信じられない気持ちだったから。
そして今は、その時に距離を置いた者達も――改心したと、元に戻ってくれたとレリオネル・ユウディスのふりをした何かの傍に寄っている。
彼女からしてみれば、大切なら少し何かあった時に離れなければいいのにと思う。
(一緒に居て価値がないと判断したら近づかなくなるものなのかも。私が乱心令嬢と呼ばれるようになったからこそ、皆が離れていったように)
ただ彼女は冷静にそんなことを考えながら、誰にも邪魔されずにひっそりと学ぶ。