エピローグ
10/14 五話目
その日、世界には一つの神託が下った。
それは人の国の全ての神殿に、一斉に伝えられたものである。このようなことは、本来なら起こりうることがない。
そもそも神託というものが、伝えられることは限られている。
神にしても、精霊にしても、人の世にはほとんど関わらない。何かどうしても神託を下す必要があり、一つの国にそれが伝えられることはあるが――このように、その世界にある全ての人の国に伝えられる神託など、この世界が生まれて初めてのことであると言えるだろう。
その神託は以下の通りである。
――ユウディス王国の第一王子、レリオネル・ユウディスの中身は、神の一柱の気まぐれにより入れ替えが発生してしまっている。
――そこに入っている魂は、レリオネル・ユウディス本人にあらず。
――我らは本物のレリオネル・ユウディスを愛し、身体を失ったその者を取り戻すために神々並びに精霊に直訴したリーベミオ・ロベルダに敬意を表す。
――彼女は乱心令嬢にあらず、愛を貫いた者である。
――魂の入れ替えという下界への介入は本来ならば、我らで規制しなければならぬことである。それを行った神に関して、我らは罰を与えることを決めている。
――神の一柱の行いにより、迷惑を被ったレリオネル・ユウディスおよびリーベミオ・ロベルダ、そしてユウディス王国の者達にはお詫びに祝福を与える。
――前者に関しては、既に与えている。ユウディス王国への祝福に関しては、レリオネル・ユウディスが身体を失っていた九年間の豊穣を与える。
――レリオネル・ユウディスの身体を現在使用している異世界の魂に関しても被害者であることは頭にはとどめておくように。
ユウディス王国だけではなく、他の国にまでそれを伝えたのは神々なりの誠意だったのかもしれない。自分たちのやらかしを、正式に神々が世界へ伝えるなど本来なら異例である。
これはそれだけ神々も、今回の下界への介入を重くみたからというのもあるだろう。
そして神に届くほどに力をつけた少女と少年に、敬意を表してでもあるだろう。
当然のことであるが、特にユウディス王国は混乱に陥った。
「レリ様、神託が下ったのよね! ふふっ、レリ様が私の物だって全世界に広がったかと思うと、それは嬉しいかもしれないわ」
「うん。それは僕も。リーベは綺麗だから、色んな人が寄ってきそうだしね。だから僕もリーベが僕のだって示せるのは嬉しいよ」
さて、神託の本人であるリーベミオ・ロベルダとレリオネル・ユウディスは二人で手を繋ぎ合って、微笑んでいる。
神託は下ったものの、レリオネルはともかくとして乱心令嬢として噂になっているリーベミオ・ロベルダの外見を正しく知る者はいない。
それにそもそも、噂の二人が当たり前のようにとある国の街を歩いているなど誰も思わないのである。
周りではすっかり神託のことが噂になっている。
リーベミオとレリオネルのことばかりを、彼らは噂をしている。
その様子を見て、リーベミオは楽しそうに笑っている。
「ねぇ、レリ様。【ニクスの花】と【オランジュスカ商会】の二つにロベルダ公爵家は辿り着くかしらね?」
「どうだろうね? きっと混乱しているだろうから。だって彼らはリーベを乱心したといって放置したんだし。正直神託を聞いて大混乱ってところじゃないかな」
「ふふっ。そうね。まぁ、私はレリ様と一緒に居られたらいいから、場合によっては二つともユウディス王国から引き下げてもいいものね。レリ様を取り戻そうとするかもしれないから、それをするなら徹底的に抗うわ。私はもうロベルダ公爵家に帰るつもりはないもの」
「そうだね。僕も――もう王家に戻るつもりはないよ」
顔を近づけて、こそこそと誰にも聞かれないように話す二人はとても仲睦まじい様子だ。
周りにいる人々は、美しい二人が密着しながら話している様子に笑みをこぼしている。
リーベミオ・ロベルダは、もう二度とこの手を放す気はない。レリオネル・ユウディスもそれは同様だ。
これから二人に接触してくる者は多くなるだろう。それでも――それは彼らにはどうでもいいことである。
ただ二人はこれからも、ずっと身を寄せ合って、共にこれからも生きていくだろう。
それこそ、その生が終わる時まで。
乱心令嬢リーベミオ・ロベルダ。
そう呼ばれていた一人の令嬢が居ました。妖精のような可憐な見た目に王太子の婚約者という立場。
全てを持ち合わせた完璧な令嬢は、ある時、狂いました。
そして辺境の地へと、追いやられてしまいます。そのまま彼女は社交界の場に出ることなく、人々から忘れ去られていきました。
――人々が彼女の存在を思い出したのはおよそ九年の月日を経て、神託が下ったから。
彼女はずっと昔から本当のことを言い続け、乱心などしていなかったということを世界は知りました。
レリオネル・ユウディス。
彼女の愛するその人を取り戻すためだけに、彼女は神々や精霊に直訴し、愛する者を取り戻した。
彼女は神託に沿って、愛を貫きとおした少女として世界に知られていくことになる。
……それから、愛するものと世界を放浪する彼女は数々の逸話を世界に刻むことになる。
愛する者に近づく者に容赦なく、嫉妬深く、ただただ一心に一人の存在に愛を捧げる。
それらから、彼女は愛が重すぎるとそんなことが世界では囁かれることになるのだった。
――なんにせよ、どういう呼び名をされようとも彼女には関係がなかった。
なぜなら彼女は、たった一つの望みを叶えることが出来たから。
「レリ様、これからもずっと一緒よ!!」
愛する人を取り戻せて、彼女は幸せを謳歌している。
こちらで完結になります。
一気書きしようと思っていましたが、途中体調不良などあり少し完結まで時間がかかってしまいました。
この話は、奪われた大切な人を自力で取り戻した少女の物語です。
個人的にこういう、自分の力で未来を切り開く女の子が好きなので、こういう形で描きました。
駆け足かもしれませんが、書きたいものはかけたので楽しかったです。
リーベミオとレリオネルの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。感想などいただけたら嬉しいです。
2024年10月14日 池中織奈