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10/14 二話目
その女神は、今、この状況が理解不能であった。
神としては新米とはいえ、仮にも女神と呼ばれる存在である。人にとっては信仰対象である彼女は――なぜ、この場に人がやってきているのかもわからない。
そもそも人間という枠組みの存在が、勝手に自身の領域に入り込んでくることなど初めての経験である。
同じ神であるのならばともかく、人がなぜ神に対して怒りをあらわしているのかなども分からない。そしてその人を手引きしたのが、どうやら精霊たちであろうということも……。
女神は、精霊ともそこまで関わりが深くない。
なぜかと言えば、彼女がそれだけ好き勝手していた存在だからである。本人は全くの自覚がないようだが、本来なら神が手を出さないことにまで手を出す。
女神自身が楽しみたいからという理由で。
それでいて彼女にとってみれば、人という存在は自分の好きに動くべき存在である。寧ろ女神が関わるのならば喜んで受け入れるべきことという認識なのである。
――むせび泣き、それでいて女神が起こすことだからと感謝すべきことである。
そうその女神が思っているのは、そういう人物しか見たことがなかったからかもしれない。
神という存在は、圧倒的な強者である。
その力を前にすれば、何か不愉快な真似をされたとしても――神のなすことだからと受け入れてしまうものである。
「ななななっ!!」
それなのに――リーベミオ・ロベルダという少女は躊躇せず、その美しくも神々しい顔を思いっきり殴りつけたのである。
……美しい見た目の美女が、同じく見目美しい女性を殴りつける。
何とも物騒な光景である。
そして女神が驚いたのは、人間であるはずの少女の拳が、神に通じていることである。
神とは、人知を超えた存在である。だからこそ、基本的に神を前にすればひれ伏すものばかりである。その神威を前に、腰を抜かすものだっているほどだ。
なのに、リーベミオもレリオネルも平然としている。
それでいて実際に女神は痛みを感じているのである。
ただの人間に殴られて、痛みを感じるなど本来ならありえないのに。
「痛いです! やめてください!! 女神である私に何をするのです!?」
叫び声をあげて、制止するのはそれだけ痛みというものにその女神が慣れていないからだろう。
傅かれることが当たり前である女神は、このように暴力を振るわれたことなどなかった。
美しい女性が殴られ、痛みに嘆く。
……普通なら止まるところであろうが、此処には女神の嘆きを聞いても止まるものはいない。
「貴方が、私からレリ様を奪おうとしたからでしょう? 私は気が済まないの。女神だというのならば幾ら殴っても死なないわよね?」
にこにこしながら、そんなことを言うリーベミオ。
女神はリーベミオが止まる気がないのを知って、神力を使って反撃しようとして――、
「ふふっ、させないわ」
ほかでもないリーベミオに阻まれた。
「なっ」
「神と対峙するのだから対処ぐらいしているに決まっているでしょう? 私が策を練らずにここまで来たと思ったの?」
笑みを浮かべながら、女神をまっすぐに見るリーベミオ。正直言って見る者に恐怖を与えるような表情である。
「流石、僕のリーベだね。神力への対策もするなんて」
「当たり前よ」
リーベミオは元々、レリオネルを取り戻すためだけにどんな存在もなぎ倒す所存であった。
そういうわけで精霊や、ひいては神にまで敵対することも視野に入れていたのである。だから、そういう技術も磨いていた。
人知れず、ひっそりと、彼女は力を身に着けていった。
……精霊たちの意見も聞いて、神力に対応出来るだけのものに仕上げたのである。それこそ神になって間もない、神であることに胡坐をかいて力を磨くことなどしていない女神など封殺出来るほどに。
「ひぃいいい、そこの精霊たち! 止めなさい! この無礼な人間を今すぐ……!」
女神は顔を青ざめさせて、精霊たちの方を見る。
精霊たちは、神の下につくものである。なればこそ、自分の命令を聞くべきだとそう思っているのかもしれない。
「なぜ? 私たちは止める気はない」
「リーベミオが怒るのも当然のことだからね」
「リーベミオとレリオネルはそのせいで苦労したんだよ!」
当たり前の話だが、精霊たちは元々他の神の許可を取った上で、リーベミオとレリオネルに提案をしたのだ。ここで止めるはずがない。
そういうわけで女神はなすすべもなく、リーベミオが満足するまでひたすら殴られ続けたのである。
「……そ、それで貴方達はどうして私の元へ来たのですか。それに説明もなしに殴るなんて!!」
そしてリーベミオが満足をした時、女神は恐る恐るといった様子で問いかけた。
腐っても女神であるからか、既にリーベミオが殴った傷は癒えているようである。