⑪
「ありがとう、リーベミオ、レリオネル」
リーベミオとレリオネルは、精霊界に滞在している。
ただ流石にカセル達にしばらくの間、精霊界で過ごすことは伝えておいた方がいいだろうとそんな結論に至り、一度報告には戻ったわけだが。
その際に念のためリーベミオは自分の影武者を雇い、屋敷に留まるように指示は出している。基本的に放っておかれているとはいえ、リーベミオが屋敷に居ないことを悟られ、騒ぎになるのはごめんだった。
彼らは主であるリーベミオに対して、それはもう重たい忠誠心を抱いている。だからこそ自分たちも精霊界に行きたいなどと望んでいたわけだが、それは精霊たちによって拒否された。
……精霊というのは気まぐれな存在であるらしかった。
それに精霊界と呼ばれる場所は、所謂彼らの領域で、彼らの住処である。そういう場所へ誘われるのは気に入られた者だけだ。
精霊たちはあくまでリーベミオとレリオネルを気に入っているだけであり、それに付属する者達に関心を抱いているわけではないのだ。
「この位お安い御用よ」
リーベミオとレリオネルは、精霊界に住まう精霊たちの願いを少しずつ叶えている。
この不思議な世界には、精霊と彼らが気まぐれに誘った生物たちしか基本的に存在していない。
「これ、あげるね」
そう言って小さな精霊はリーベミオに結晶のようなものを渡す。それは黄緑色のものである。
それは最初にリーベミオとレリオネルに接触した精霊――デーヴィが言っていた証である。
その正式名称をリーベミオもレリオネルも知らない。それは精霊へ手助けをしたら代わりにもらえるものだ。それでいて色は精霊の属性を示しているようで、今回は風の精霊から証を受け取った形である。
当然のことだが、リーベミオはレリオネルを取り戻すために一生懸命で早急に精霊たちの願いを叶えて回ろうとしていた。
しかし……、
「今日の手助けはこれで終わりね……。精霊たち、もっとお願いしてくれたらいいのに」
精霊というのは、そこまで手助けを必要としていないのである。
『仕方ないよ。精霊って僕たちよりもずっと長生きだろうし。それに力を持つ者が多いからね』
「そうだけど……。はやく、レリ様の体を取り戻したいのに」
リーベミオはしゅんとした表情を浮かべている。
『リーベ、ありがとう。でも焦らなくていいよ。僕はどんなに時間がかかったとしても、君にまた触れられるようになるんだと思うだけで嬉しいんだ』
「私も! 私も、レリ様と触れ合いたいの。抱きしめて欲しいし、口づけとかもしたいの!」
『うん。そうだね』
リーベミオの直球な言葉に、顔を赤くしながら返事をするレリオネル。ただしその表情は当然、リーベミオには見えない。
「ただ一つ考えておかなきゃよね」
『デーヴィが言っていたこと?』
「うん」
リーベミオはデーヴィに言われた言葉を思い起こす。
――レリオネルの体を取り戻すとして、どう取り戻すつもりだ?
――元の体に入り込んだものを追い出して、また入るか。それか新しい体にするか。
そう、デーヴィから言われてリーベミオは確かにそれは考えなければいけないと思った。
「私は……レリ様の姿をまた見れるようになって、触れられるならそれでいいってそれしか考えてないの。でもあのレリ様のふりをした人を追い出す形にするなら、レリ様が居なくなったことに気づかなかった人たちが私のレリ様に構うの、嫌だなって思うの。私、レリ様が居てくれたらどういう立場でもいいと思っているから、二人で一緒にただ過ごせればなって思ってるの。私だけが――レリ様の隣に居られたらなんて思ってしまうわ」
リーベミオにとっては、デーヴィからの問いかけに対する答えは正直言えばどうでもいいだった。どちらにしてもレリオネルをまた見ることが出来て、触れられるようになるならそれで構わないのだ。
ただそれでレリオネルを独占出来ないのは嫌だとそう思ってしまっているようだ。
元々独占欲が非常に強い少女ではあったが、益々それは加速している。
『僕も、元の立場に戻るより新しく体を作ってもらった方がいいなって思うかな。既に六年もたっていて、精霊たちに願いを叶えてもらうのにもまだ時間がかかるだろうし。そうなれば元の僕よりも、向こうの方がレリオネル・ユウディスとして生きてきた期間が長くなるから。――そうなれば、僕はただのレリオネルとして生きていくことになる。この六年、体もなかったから、何の立場も経歴もない……そんな存在として生まれ変わるみたいになるのかな? 何も持ってない僕だけど、リーベは僕を傍に置いてくれる?』
それはある意味産まれ直すということを選択する言葉。レリオネル・ユウディスとしての王太子としての立場もなく、空白の期間しかないそんな存在に生まれ変わる。
だから、少しレリオネルは不安になったのかもしれない。
――自分はリーベミオに比べて、何も持っていないと。
だけどこんなことを問いかけておいて、レリオネルはもしリーベミオが自分を傍に置かないという選択肢を取るなら絶望するだろうとそう自覚していた。
「もう、レリ様! 私がレリ様を手放すわけがないの! どんなレリ様だって、私のレリ様が取り戻せるならそれでいいの。だから、何も心配しないで。立場とかだって幾らでも作れるもの。それにそんなものがなくたって私は構わないから!」
『ありがとう、リーベ』
レリオネルは嬉しそうに笑った。
(リーベがこうやって、どんな僕でも受け入れてくれようとするから。だから――僕は新しく生まれ変わることを選択する。リーベが居なかったら、元の体に戻ることに飛びついたかもしれない)
そしてレリオネルは、彼女を見ながらそんなことを考えるのであった。
ただ流石にその願いは、やはり多くの手助けをした証が必要ということだった。だから――レリオネルが体を得るまで、およそ三年の月日を要した。
これで十三歳編終わりです。次、十六歳に飛びます