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10/7 二話目
「そうだと言ったら?」
試すような様子で、面白そうに笑って――その精霊はリーベミオを見る。
「……そう。精霊なのですね」
リーベミオはそう口にして、まじまじと精霊のことを見る。
一見するとただの見目美しい男性にしか見えない。どこか浮世離れした雰囲気はあるものの、それだけ。
(こんなところにいるぐらいだから本当に精霊だとは思うけれど……。流石に精霊を名乗るおかしな人ってことはないだろうし)
彼女がそんなことを考えていると、リーベミオと精霊の間にレリオネルが割り込む。レリオネル本人のことはリーベミオは見ることが叶わないためか、わざわざ魔力を可視化させて遮るようにしている。
「レリ様……?」
突然、視界を遮られて不思議そうな顔をするリーベミオ。
『リーベ、そんなに他の男のことを見ないで』
そんな文字が浮かび上がったのを見て、リーベミオの表情は明るくなる。
「レリ様! 嫉妬していらっしゃるの? 確かにとても美しい外見はしていると思うけれど、私にとって人の外見というのはレリ様とそれ以外という枠組みでしか分けられないものですわ」
満面の笑みを浮かべてそう告げるリーベミオ。その顔には、ただ歓喜の表情だけが浮かんでいる。
「ははははっ、なんだ君達は面白いな」
そんなリーベミオとレリオネルの様子を見て、精霊がおかしそうに笑った。
まるで面白い見世物でも見ているかのように、その表情はただ愉快そうだ。
「ところで、私達に会いたかったのはその――体を無くした魂に関することかな?」
じっとレリオネルに視線を向けて、精霊は告げる。おそらくその精霊はレリオネルの姿が正しく見えているのだろう。それにレリオネルがどういう存在であるかというのをきちんと把握しているらしい。
「そうですわ。やはり精霊というのは凄いですわね。私にはレリ様の姿を見ることが出来ないのに……。私のレリ様――ユウディス王国の王太子であったレリオネル・ユウディス殿下は六年前に、何者かに体を乗っ取られてしまったのです。私はレリ様とずっと一緒に、これからも生きていきたいとそう思っておりますの。レリ様と結婚して、子供を産んで、それでこれからも生きていくためにはレリ様に肉体を取り戻したいと思っています。それは精霊ならば、出来ますか?」
リーベミオは丁寧な口調だけれども、早口である。
それは探し求めていた精霊にようやく会えたことで逸る気持ちがあるのだろう。
「肉体か」
そう呟いて精霊はまじまじと、レリオネルを見ている。
その沈黙がリーベミオにとっては妙に緊張した。
(……これで精霊でもどうしようもないとなれば、どうしようかしら。もしそうだったとしても諦める気はないけれど。ただ精霊なんていう一種の信仰対象なのだから私達では出来ないことだってきっと出来ると思うのよね)
彼女は先のことをずっと考えている。これからのこと――レリオネルと共に生きていくためのことをただ思考し続けている。
「出来なくはない」
「なら――」
精霊の言葉にリーベミオは食い気味になる。
その言葉を遮るように精霊は答える。
「だけどただで叶えることはできない」
ばっさりと、涼しい顔でそう言われてリーベミオは真剣な表情になる。
「どういうことですか?」
「私達精霊は人に対して願いをただで叶えるわけにはいかない。それをし続けてしまえば人の世が混乱してしまうから、出来ないようになっている」
そう言われて、リーベミオは納得する。
(確かに人知を超えた力を持ち合わせているとされている精霊が人の世に関わり続けたら、それはそれで大変だもの)
そして納得した上で、リーベミオは問いかける。
「なら、何をしたら叶えていただけますか? 私はなんとしても――レリ様を取り戻したい」
真っすぐにリーベミオは精霊のことを見つめて、そう問いかける。
その黄色い瞳は、まっすぐに精霊を見据えている。きっと彼女はどんな交換条件をもらったとしても、それに頷こうとするだろう。
レリオネルはリーベミオと精霊の会話を聞きながら、少し心配した様子を見せている。
精霊はそんなレリオネルの表情もきちんと見えている。二人のことをじっと見て、笑いながら精霊は答える。
「なに、私達のことを手助けしてくれればいい。その対価に肉体を与えることは可能だろう。ただし大きな願いであるから手助けはそれなりのものや数が必要になるだろうが」
精霊の、そんな交換条件を聞いてもリーベミオは悩んだ様子を全く見せない。
「構いませんわ。私は幾らでも手助けをしましょう。それでレリ様が取り戻せるというのならば」
にっこりとほほ笑み、彼女はそう告げる。
「そうか。なら、君たちを精霊界へと案内しよう」
精霊は彼女の言葉を聞いて、そう言って笑った。