⑦
『リーベ、大丈夫だった!?』
少しの間、リーベミオの傍を離れていただけで宿屋に侵入者があったと聞いてレリオネルはそれはもう心配した様子だった。
声は聞こえなくても慌てているのが分かって、彼女は嬉しそうにくすりっと笑う。
「大丈夫よ。レリ様、そんなに心配なら本当にずっと私の傍にいてくれて欲しいわ」
リーベミオがそう口にすると、レリオネルは返答に困ったのか言葉を伝えてこない。
流石に彼女のプライベートな場にまで、ひっそりと傍に控えるのはどうかと……やはり遠慮してしまっているのだろう。
『……ところで、この男達はなんだったの?』
「人さらいですわね。それに見目の良い女性の尊厳を奪う真似を行ったりなど、好き勝手しているようなので、騎士にはつき出したけれど……」
『何か不安事?』
「もしかしたら……きちんと処罰されない可能性もあるかもしれないと思ったの」
リーベミオはそう口にしながら、嫌そうな表情を浮かべる。
『処罰されない? 僕のリーベを襲ったのに?』
「ふふっ、私が襲われたから怒ってらっしゃるのね! レリ様、大好き!」
『……リーベ、そういってもらえるのは嬉しいけれど今はそういうことじゃないでしょ』
「そうね! 襲い掛かってきていた連中は常習犯だったみたいなの。それでいてこの国の有力者の子息もいたみたいだわ。私のように身寄りのなさそうな、攫っても問題がなさそうな存在を攫ったり襲ったりしていたみたい。それでいて一部の騎士達とも癒着しているみたい」
『……それ、許せないね』
「私もそう思うわ。騎士とは本来、民や国を守る者よね。何かしらの事情があって潔癖なままではいられないことはあるかもしれないけれど……、こういうのを常習化しているのは問題だわ。それに私としても気に食わないもの。ただまともな騎士も居たわ。その騎士にはすぐにこの街を去った方がいいと言われたの」
リーベミオは嫌そうな表情を浮かべてそう告げる。
彼女だって高位貴族の産まれであり、様々な教育を受けている。だからこそ、正しいだけで終わらないこともあることは知っている。とはいえ、正直言って気に食わないというのが感想だった。
彼女自身が襲われかけたのもあるが、これまでも愚か者たちの被害に遭った者達が居たかと思うと嫌な気持ちになる。
『それでどうするの?』
「一先ずカセルに連絡して、【エクスの花】を動かすわ。幸いなことに【エクスの花】は国外でも活躍していて、名がしれているもの。そうね、囮作戦でも行うように指示しておくわ。ただそれまでの間に被害者が増えるのは嫌だから、ちょっと先に脅しつけにいくわ」
そう告げて、リーベミオは美しく微笑む。
まだ齢十三と言うのに、彼女はこういう時の決断に躊躇がない。失敗を恐れたりなどもせず、不安な様子を一つも見せない。
『そう、でも無茶はしちゃだめだよ』
「もちろん。それにレリ様も一緒にいってくれるでしょう?」
悪戯な笑みを浮かべて彼女がそう告げれば、レリオネルは『うん』とただ頷くのだった。
その後、彼女達はひっそりと襲撃者たちを脅しつけにいくことにした。リーベミオが想像していた通り、彼らは釈放金を払われてすぐに自由の身になっていた。被害者に貴族などがいたら別だろうが、貴族の横暴を前にすれば平民は泣き寝入りするしかないことも多い。
彼女はそういう貴族を、見たことが幾度もある。乱心令嬢と呼ばれ中央から離れる前も、離れた後も――遭遇したりする。【ニクスの花】や【オランジュスカ商会】相手に横暴を働こうとした貴族は徹底的にやり返している。
(……特にユウディス王国でそういう貴族が野放しになっているというか、昔より増えた感覚があるのはレリ様の姿をしたあの王太子の影響もあるかもしれないわね)
少なくともリーベミオのレリオネルは、そういう存在がのさばるを良しとしなかっただろう。王太子としてそういう貴族相手に対応をしただろう。
――だけどリーベミオが情報収集している限り、レリオネルの姿をした何かはそうではない。
与えられているものを享受している部分もあるだろう。それでいて国王夫妻は、元々横暴に変わったと噂されていたレリオネルが元のように戻っただけでも喜ばしいこと、王太子であるレリオネルは自由であるべきという考え方なのか、中々甘くしているようだというのもリーベミオは知っている。
(私のレリ様だったら――、甘やかされたとしてももっとちゃんとしていたと思う。時々は色んな要因が重なって、周りから距離を置かれるような態度はしたかもしれないけれど。……レリ様は成り代わられなければ、きっとそのうち立ち直ったはずだもの)
彼女はそれを思うと、どうしようもない事だと分かっているが少しだけ何とも言えない気持ちになるのだった。
「レリ様、やるわよ」
『うん。いいよ。僕も準備は出来ているから』
リーベミオの言葉に、レリオネルは頷く。
彼女たちの目の前には――その釈放された貴族の子息の居る屋敷がある。
……あろうことか、彼女たちはそこに忍び込んだ。魔法を行使して、誰にも気づかれずに子息の部屋へと向かう。
そしてぐうすかと寝ている貴族を叩き起こして、脅しつけた。
――もう二度と、横暴な真似をしないように徹底的に。痛みを与えて、恐怖心から従うように。
自分たちの正体がバレないようにそれをやり切った彼女たちは、そのまま屋敷を後にするのであった。
――それから嘘のように、子息は大人しくなったらしい。