④
「会長、よくいらっしゃいました」
リーベミオが【オランジュスカ商会】の本部に顔を出していた。
すっかりリーベミオに心酔した様子を向けているのはダクルエとエナートである。
彼女はそういう視線を初めて向けられた時には驚いたものだ。
元々は商会のことは基本的にスーラに任せており、リーベミオのような年若い少女が商会を設立したというのを聞いても彼らは特に気にしなかった。当たり前のようにそれを受け入れて――リーベミオを会長として認める。
どこか妄信的な様子には驚いた。
彼ら曰く、スーラを通してリーベミオのことを知っていたからだと言う。
(……設立者として、私のようなものが来ても簡単に受け入れるなんて本当に変わった人たち。それに私は本当に時々しか此処に来ないのに、それでも私を追い落とそうとはしないのよね)
世の中には色んな人たちがいるわけだが、ダクルエとエナートはただリーベミオのことを慕っている様子を見せている。
(まぁ、スーラ曰く狂信的な面はあるって言ってたけど。私に迷惑が掛からないならば特に問題ないわね。それに私を慕ってくれているのならばやりやすいし)
リーベミオ自身はそういう狂信的と呼ばれるような部分を一度も目撃したことはない。
ただスーラがそう言うほどなので、よっぽどだろうとは思っている。ただそれでも特に彼女にとっては問題がない。
「それで私を呼んだということは、それだけ重要な話があるのでしょう?」
「はい。まずは……相変わらず王都に本部を置いてほしいという要望が多いです。商会に所属する者達の中にも、そうするべきではないかという声も大きいです」
「もちろん、拒否はしているのでしょう?」
「そうですね。会長の意思が一番重要ですから当然です」
「別に支部を置くぐらいなら条件付きで許すけれど、ただ……王都に支部を置くなら、きちんと信頼できる者を上に置く必要があると思うわ。王侯貴族の意見に左右されるようでは困るもの」
リーベミオはばっさりとそう言い切る。
元々この商会はリーベミオがレリオネルを助けるために作り出したものだ。資金源の確保と、情報の入手。そのために設立したものなので、下手に王侯貴族からの影響は持ちたくないというのが本音である。
「私は状況によっては王族とも、それに貴族とも事を構えるわ」
リーベミオは躊躇せずに、そう言い切った。
(レリ様がレリ様でなくなったことに気づかなかった人たちだから、大丈夫だとは思うけれど。もしかしたら気づいて私からレリ様を奪おうとするかもしれない。それに私の血のつながった家族達だって、私やレリ様のことを知ったら接触をしてくるかもしれない。自分たちが気づかなくて、私の話を聞いてくれなくて――おかしくなったの一言で済ませたのに。それでも……きっと私達の事を知ったら関わってくると思う。その時には、私は全力で抵抗する)
リーベミオは崩れ去ったものは元には戻らないと思っている。周りが事実を知って変わろうとも、それでもだから何だというのかと思う。
(レリ様も、もしそういう状況に万が一あっても私と一緒に居てくれるって言ってくれた。レリ様にとっても、私にとっても……彼らは全て過去。きっとそういうことが本当に起こったら、家族なんだからとか、謝っているんだからとかいう人いそうだけど。まぁ、それも全員蹴散らす)
彼女は既に進むべき道を自分で定めてしまっている。【オランジュスカ商会】の商品を気に入っているらしい高貴な身分の者たちは、この商会が大きくなればなるほど注目を向けてくるだろう。
その際に何が起ころうとも、リーベミオはどうにかするつもりである。
「はい。もちろん、存じています」
「すべては会長のお心のままに」
「もし会長を引き渡すように言われても、私共は絶対に屈しません」
「その時は会長だけでも逃げてください」
王家や貴族とも事を構えると言っているのに、全く引く気はない様子だ。それを見て、リーベミオは微笑む。
「助かるわ。でも私はなるべく私を慕ってくれている方たちを置いては行く気はないの。本当に難しい場合でも逃げた後に迎えに来るわ」
不敵に笑った彼女がそう言い切れば、ダクルエとエナートは目を輝かせる。リーベミオのこういう一面を見るのが彼らは好きらしく、いつもこのような表情を向けてくるのだ。
「それと会長、もう一つ本題があって……」
「何かしら」
エナートの言葉に、リーベミオは問いかける。
「会長の探しておられた精霊に関する情報を入手しました」
「……どういったもの?」
「このユウディス王国から南にある国で、精霊と出会えると言われている場所があるとのことです。嘘か真かはわかりませんが……」
「それでもいいわ!」
リーベミオはエナートの言葉に大きく頷き、勢いよくそう口にするのだった。