⑤
リーベミオ・ロベルダは辺境の地に押し込められ、狂ったように生きていると言われている。まともな公爵令嬢としての輝かしい道はとっくに失われてしまった。
乱心してしまった公爵令嬢のことを誰もが捨て置き、忘れてしまっている。
それこそ彼女の婚約者という立場だったレリオネル・ユウディスも――過去の狂った婚約者のことなどは忘れてしまった様子で、今を生きている。
――そんな彼女が実は辺境の地で、ひそやかに力をつけていることを誰もが気づかない。
傭兵ギルド【ニクスの花】、新鋭商会【オランジュスカ商会】。
その二つを彼女が自力で作り出したことを知っているのは、奴隷として買われたカセルとスーラだけである。
彼女は徹底している。
まだ幼い身の自分が、そういう立場にあることを周りに悟られたくないとそう思っているのだ。
(【ニクスの花】も【オランジュスカ商会】も想定以上に国内での影響力は高まっている。そのことは喜ばしいことだけど、まだ足りないわ。力も財力も――私がレリ様を取り戻すためにはもっと必要だもの)
傭兵ギルドと商会。
その二つを設立した理由が、ただ一人のためだということなど誰も知らないだろう。
まさか齢七歳の少女が、たった二年でそんなものを作り出してしまうなど誰もが想像できないことだ。
だけどそれを成し遂げてしまうのが、リーベミオ・ロベルダという少女だった。
過去に王妃として、この国を導いていくだろうと囁かれたその才能は辺境の地で思う存分に発揮されている。
ロベルダ公爵家の屋敷に少しだけとどまっていたリーベミオは、窓から外へと出るとフード付きのローブを深くかぶり、ぶらぶらと歩いている。
基本的に彼女は人とあまり関わらずに過ごしている。街に行くこともあまりない。それはまだ幼い彼女が一人でぶらつくことは望ましいことではない。
下手に目立つ行為をまだ彼女はしたくないとそう判断している。
カセルとスーラと共に行動するのも今は、まだ早い。
そもそもまだリーベミオが表舞台から姿を消して、二年の月日から経っていない。まだまだ彼女の顔を知っている者は多いのだ。
リーベミオは一人で、山の中へと入る。
そこは魔物が溢れる危険な土地。
そこに幼く愛らしい少女が居ることを、誰かが知ったらそれはもう驚くだろう。
彼女は軽やかな足取りで山を登る。
ここは彼女にとっては庭のような場所であった。
「気持ちが良いわね」
夜風が吹いている。その風を感じながら、歩く。
レリオネルを取り戻すために、彼女は妥協などはしない。この二年の間、魔法の腕だけではなく体力もつけてきた。そこまでする必要はないと周りは言うかもしれない。だけど彼女にとっては大切な王子様を取り戻すために必要になるかもしれないと考えている。
もし彼女の王子様を取り戻すために何処か危険な場所に赴く必要がある際に、誰かを遣わすのは嫌だと思っている。
ほかでもない――レリオネルと一緒に居たいと望んでいるのは、リーベミオなのだから。
彼女自身がそのために全力を尽くさないなどというのはあり得ないのである。
(星空もキラキラしていて綺麗。周りに誰も居ないからこそ、余計に落ち着く。レリ様とお会いする時はいつだって護衛や侍女達の姿があった。レリ様が王太子という立場だったから仕方がないけれど――、レリ様とまた会えたらこうやって綺麗なものを一緒に見たい。この二年の間のことも沢山話したい)
そんなことを考えている彼女の前に、四つ足の魔物が現れる。その魔物はリーベミオのことを獲物だと認識しているのか、躊躇せずに襲い掛かってくる。
彼女は魔物がとびかかってきても、全く動じない。
「邪魔よ」
レリオネルのことを考え、幸せな気持ちに浸っている中で視界に入ってくる魔物は邪魔物でしかない。
すぐさま魔法を構築する。
――ぼそぼそと呟かれた詠唱。それによって、一つの魔法が完成する。
それは闇の魔法である。黒い何かが魔物を覆いつくし、そしてその息の根を止める。
彼女が使える魔法属性の中でも、一番殺傷力の高いのが闇魔法だった。だから戦いの場ではよく闇魔法を彼女は使う。
すぐさま素材をはぎ取り、もっとも高価な部位だけ持っていくことにして、後は処分することにする。
こういう時でなければ素材の全てをカセルやスーラなどに渡すものだが、生憎、今は彼女は一人である。
彼女が向かったのは、山頂付近に位置する一つの小屋だ。
これは彼女の秘密基地のようなものである。周りに魔物が溢れており、人気がないこの場所は都合が良かった。
それに加えて人が寄ってこないように魔法もきちんと発動させている。
その小屋の中には、レリオネルからもらったものなどが保管されている。この場所はカセルやスーラにさえも伝えていない。――ただ一人、彼女が穏やかに過ごすために建てた場所である。
小屋の中で、リーベミオは瞳を閉じ、レリオネルへと話しかける。
返事など来ないことをしっておきながら、時折、リーベミオはこうしてレリオネルに話しかける時間を作るのであった。