④
「スーラ様!!」
カセルが傭兵ギルドを訪れている同じころ、リーベミオの奴隷の一人であるスーラはとある建物へと赴いている。
カセルとスーラがそれぞれ訪れている街は異なる。両方ともリーベミオ・ロベルダが暮らしているとされている屋敷からそれなりに近い街だ。このカンバラの中ではまだ栄えていると言える場所。
その街でも一際大きな建物の中へと足を踏み入れたスーラは、そこで働いていた者に笑顔で迎え入れられる。
「スーラ様に来ていただけてとても喜ばしく思います。奥で話しましょう。夫も呼びますね!」
その女性――ダクルエは満面の笑みを浮かべている。
そこは最近、王国内で名を馳せつつある【オランジュスカ商会】の本部である。
スーラは当たり前のように彼らに受け入れられ、奥の部屋に向かうと、ソファへと腰かける。一人の職員が淹れたての紅茶を持ってきてくれる。
「ありがとう」
スーラがそう口にすると、その職員は嬉しそうに笑った。どこか高揚したような表情で、スーラのことを見ている。
ダクルエはその職員を下がらせると、夫であるエナートと共にスーラの向かいのソファへと腰かける。
「スーラ様、本日はどのようなご用件ですか? もしかしてまた新たな商品を?」
嬉しそうに微笑みながらエナートが告げる。
「はい。主が新しく売り出したいとおっしゃっているものをお持ちしました。これまで同様、売り物になるかどうかに関しては貴方達の判断に任せますが、素晴らしいものであるとは断言できます」
スーラがそう言い切ると、ダクルエとエナートの瞳が輝く。
「まぁ! どのようなものかしら?」
「楽しみだ」
そして夫妻はスーラが主から頼まれて持ってきたという商品のことを売れると、見てもない段階から信じ切っているようだった。
それはこれまでその商品の数々が【オランジュスカ商会】に富をもたらしているものであるからと言えるだろう。
「今回、お持ちしたのはこちらです」
「これは、化粧品でしょうか?」
スーラが持ってきたものは、いくつかの種類の液体の入った容器である。
「はい。美容に役立つものになります。まずこちらは肌に塗りこむことで、肌荒れを防ぐ効果にあります。主と私で試してみましたが、効果的です。そしてこちらは塗り薬の一種ですね。ちょっとした怪我ぐらいならすぐに回復します。最後にこちらは体に振りかける香水になります」
一つ一つ、スーラが説明していく。それぞれ容器が異なり、入っている液体の色も違う。
「こちらの数々ですが、ルーシェシカの花を使って作られたものになります」
「……あの何にも使い勝手のないとされている?」
ダクルエが不思議そうに問いかける。
ルーシェシカというのは、このカンバラの地で大量繁殖している花の一種である。ただし自然に生えているものは匂いが凄く、とてつもない繁殖力から周りから疎まれているものであった。そしてそれだけ大量にみられるのに、何も使い勝手がないと……ただ狩られていっていたもの。
それを使える商品として落とし込んだというのだから、ダクルエは驚いた。
「はい。全て効果が出ております。また元の匂いも上手く落とし込み、不快にならないものに変えているとのことです」
そう言われて、ダクルエとエナートはその三つの商品の匂いを嗅いでみる。そして驚いた表情になる。
「確かに……元のルーシェシカの匂いがないですね」
「これで効果が出るなら確かに商品として売り出す価値はあるかと」
ダクルエとエナートがそれぞれ反応を示すと、スーラは満足気に頷く。
「元々処分されているルーシェシカならば材料を手にすることも簡単でしょう。それに冬の間に働き口を無くしている方にとっても朗報かと」
「そうですね。本当に商会長様は素晴らしいですわ。いつかお会いしたいのですけれど、まだこちらには来られないのでしょうか?」
「私も是非、お会いしたいです」
スーラの言葉に夫妻はそう口にする。
カンバラの地は、冬の間に仕事を無くしているものが多い。雪深いこの地では、冬になる前に貯蓄をため、冬をなんとかしのぐものがばかりだ。
【オランジュスカ商会】では、これまで不要なものとして処分されてきたものの数多くを商品として昇華させている。その結果、働き口を無くしている者達に手を差し伸べる形になっている。
また冬の間だけ、【オランジュスカ商会】で短期で働き、他の季節は本業を行うという形で働いている者も多い。
少なからず【オランジュスカ商会】はこの辺境の地を栄えさせていくことに成功していた。
「そうですね……。そのあたりは主様に確認しないとなんとも言えません」
ただスーラはそう答えた。
――この商会を設立したのは、他でもないスーラの主であるリーベミオ・ロベルダである。
しかし彼女は自身が商会を設立したことも含めて、周りに広める気はないようだった。