②
「ふぅ」
リーベミオ・ロベルダは部屋の中で一息を吐く。
今、彼女が居るのはロベルダ公爵家の別邸の一室である。乱心令嬢が引きこもっていると噂されているその部屋に魔法を使って、外からひっそりと戻る。
その部屋はあまり物がない。生活感がほとんどないのは、この場所で彼女が生活をしていない証でもあると言えるだろう。
(この二年間で様々なことが変わってきているわね。少しずつ前進はしているはずだけど、でもレリ様の声も聞けないで、姿も見れないのはやっぱり悲しい)
目を閉じると、すぐにリーベミオはレリオネルとの思い出を思い起こすことが出来る。
初めて会った日のこと。優しい笑みのこと。一緒に過ごした日々のこと。そしていなくなる前に――最後に交わした言葉と、手紙。
(当たり前みたいに、未来の話をしていた。私がまた王城に行きますねと口にしたら、レリ様はそっぽを向きながらも了承の言葉を口にしてくれた。……ああ、レリ様に会いたい。私が一生懸命頑張って、レリ様を取り戻せたら褒めてくれるだろうか。レリ様の声を聞きたい……)
リーベミオはそんなことを考えていると落ち着かなくて、思わず衝動的に唇を噛んでしまった。
時折どうしようもなく、いら立ちが収まらない時がある。
それは最も隣に居て欲しい人が、居ないから。
(こういう時はレリ様のことを思い出して、落ち着かないと。レリ様は私が大好きですと口にすると色んな反応を見せていた。照れたり、受け入れたり……最後の方はレリ様は周りを拒絶するようになっていたけれど、それでも私が声をかけるとなんだかんだ反応を示してくださっていた。どんなレリ様だって大好き。私がレリ様の苦しみをどうにか出来ないことだけは悲しかったけれど、それでもレリ様が私の話をなんだかんだ聞こうとしてくれていることが嬉しかった)
優しく微笑む王子様らしいレリオネルも、周りを拒絶するようになってどこか横暴になってしまったレリオネルも――ただただすべてが愛おしくて。それが彼女の王子様の起こした行動ならば、リーベミオはなんだって受け入れ、大切な思い出にしまうことが出来た。
レリオネルのことを思い起こしたリーベミオは、頬を緩ませ、笑った。
レリオネルとの思い出は、彼女にとっての精神安定剤のようなもので、落ち着かない時はいつだってその大切な思い出に浸っていた。
リーベミオは椅子に腰かけ、この二年間のことを思い起こしながらこれからのことをただ思考し続けている。
彼女は文字として、自分の考えを残してはいない。それは誰かに本心を知られることを望ましくないと思っているからである。そうやって書き連ねることによって誰かにリーベミオが行っていることが知られて、そのことが後から足を引っ張られることが嫌だと思っているのである。
(自分が自在に動かすための手足を作ることと、資金を作ることは今の所上手くは行っている。お父様達は私のことを最早居ないものとしていつも通り過ごしている様子だし。そういえば、妹が生まれたのだっけ。きっと私のことはその産まれたばかりの妹には伝えたりしないのだろう)
思わず呆れたような笑みを浮かべるリーベミオ。
リーベミオは辺境の地で大人しくしているように見えて、その実は全く違う。
彼女は王都やレリオネル・ユウディスとして存在している別人について、それに実家であるロベルダ公爵家についてなどの情報を集めているのだ。
ロベルダ公爵家には、末の娘が産まれた。
そして乱心令嬢として辺境の地に押し込められているリーベミオの元へと家族が接触してくることはなくなった。
この地に追いやられた当初はまだそうではなかったが、リーベミオが元のように戻ることがないと分かると諦めたのか“居ないもの”として扱うようになっているのだ。彼女としてみれば、それは別に構わないことだった。
(レリ様の姿をした別人の王太子殿下は、婚約者を複数決めたのよね。ここは辺境の地だからこそ、わざわざ私に対して面倒な接触をしてくる人が居ないのが本当に助かるものだわ。元の状況だったらもっと絡まれて大変だったもの。レリ様を取り戻すための情報はこの二年ではまだ集まってない。……でも世界中を探せば、きっと見つかるはず)
ぎゅっと拳を握るリーベミオ。
リーベミオはあらゆる情報を集めさせている。彼女自身がまだ幼い子供であるということもあり、動きにくいのである。
出来うることは自分の手で全てこなしているとはいえ、まだリーベミオは九歳だ。
だから彼女がこの二年でやったことは人を動かし、情報を集めさせることが主だった。
「少し、疲れたわ。もう寝ましょう」
つらつらと考え込んでいるリーベミオは、ベッドの上に横になる。
(レリ様を取り戻すための手段が見つかりますように――)
この二年、リーベミオはいつもそればかりを願っている。