①
「そういえばあの乱心令嬢の噂、最近聞きませんわね」
「カンバラの地に送られてしまったのでしょう? 公爵夫人はリーベミオ様の話を聞くと、悲しそうな顔をされるのですわ」
「自分たちが至らなかったせいで娘があんなことに……と悲しんでいる様子を見ると同情してしまいますわね」
「そうですね。それより――」
王都では今日も、貴婦人たちが噂話に花を咲かせている。
彼らにとって、ロベルダ公爵家の次女であるリーベミオ・ロベルダが乱心してしまったことは恰好の噂の的だった。心から同情している者もいるだろうが、実のところは馬鹿にしている者の方が多い。
さて、噂の乱心令嬢リーベミオはというと、
「そっちにいったわよ。仕留めなさい!!」
辺境の地、カンバラで元気に魔物を追いかけまわしていた。
リーベミオ・ロベルダは今年、九歳の年を迎える。
彼女にとっての人生の転換期だった七歳から、二年。辺境の地で彼女は逞しく生きている。
雪に覆われた大地。作物のほとんど育たないような辺鄙な土地。そこでは狩りをすることで、食事にありつける。
七歳の頃は当然、魔物を狩るなどしたことのなかったリーベミオだが、すっかり魔物狩りに慣れていた。
「主様、仕留めました」
「主様、こっちも同様です」
そう言ってリーベミオに近づくのは二人の男女である。
リーベミオよりは年上の、だけれどもまだ若い十代ほどの二人。その二人はリーベミオに対して敬うべき相手に対するような言動をしている。
「よくやったわ。このまま帰りましょう」
対して一番年下の、まだ一桁の年齢の少女が一番偉そうにしている。一見するとお嬢様と従者のように見えるだろうが、実のところを言うと彼らの関係はそういうものとはまた異なる。
リーベミオ達はそのまま人里離れた位置に建てられている家の中へと入っていく。その建物自体はそこまで広くはない。三人で生活をするのに丁度良いものであると言える。
「さて、処理をしましょうか」
リーベミオはそう口にすると、刃物を取り出し、丁寧に魔物の解体をし始める。
普通の令嬢にとっては中々の衝撃映像であろうが、すっかりこの土地での暮らしに馴染んでいるリーベミオはすっかり手慣れている。
「自分達の分は取っておくとして……後は売ってきましょう」
にっこりとほほ笑み、そんなことを言うリーベミオ。
「はい。そのようにしましょう」
彼女の言葉を聞いて頷くのは明るい茶髪の男性――カセルである。
リーベミオの言うことを聞くのが当然と言った様子の彼はすぐさま解体された魔物を適切な方法で保存していく。
「主様、明日は屋敷の方に戻るのですか?」
そう問いかけるのは、金色の髪の愛らしい顔立ちの女性――スーラである。
にこにことほほ笑みながら、じっとリーベミオのことを見据えている。
「そうね。たまには戻っておかないと、面倒なことにはなるから一度戻るわ。とはいっても私が屋敷を抜け出して好き勝手していても気づかないものしかいないけれど」
リーベミオは一瞬思案した様子を見せた後、そう答える。
彼女の言っている屋敷というのは、ロベルダ公爵家の所有する場所である。そしてリーベミオ・ロベルダ公爵令嬢が押し込められている場所であると噂されている。
人里から離れた地にぽつんと存在するロベルタ公爵家の別邸。その屋敷は古びており、そこにかろうじて仕えている使用人に関しても質が悪い者ばかりであった。
そこに住まう使用人たちの認識では、おかしくなってしまった乱心令嬢は部屋に閉じこもってばかりで、姿を人前に出すこともあまりない、である。
……実際のリーベミオは意気揚々と外に出て、数々の行動を起こしているが、そんなことは彼らに想像もできないのだろう。
そもそも公爵家に捨てられて、こんな辺境の地へ追いやられたたった七歳の令嬢がそのような行動力があるなど彼らには想像など出来ないのだろう。
――リーベミオ・ロベルダは普通ではなかった。
何よりも叶えたい望みがあり、そのためならば時間がかかったとしても構わないと彼女は腹をくくっている。
「では主様が屋敷に戻っている間、私は傭兵団の方へ行ってきます」
「私は商会の方に顔を出しておきますね」
カセルとスーラがそう口にすると、リーベミオは笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。よろしく頼むわ。本当に貴方達が優秀で助かるわ」
「当たり前です。私たちは主様の奴隷ですから」
「はい。主様の下についている私たちは成果を出すのが当然ですから」
カセルとスーラは何を当たり前のことをとでもいう風に笑った。
そう、彼らは他でもない彼女が購入した奴隷である。この土地にやってきて彼女が真っ先に行ったことは自由に動くための力をつけることだった。
手始めに彼女は魔法を使って魔物を狩り、それを売ることにより金銭を得た。
そしてお金を払って奴隷商から購入したのがカセルとスーラだった。今、三人が過ごしている家もリーベミオ自身が自分のお金で購入したものである。
当たり前の公爵令嬢として生きていたリーベミオ・ロベルダは、九歳にしてすっかり家の力を借りずに生きていけるほどに自立していた。