プロローグ
……今日は一段と暑いな。
私は3階にある講義室に向かうため、階段を上っていた。部屋の中はエアコンが聞いているとしても、廊下にはそんなものはなく、ただ暑い。ましてや私は家を出てから今に至るまで水分を取っていなかった。
いったん戻って飲み物を買いに行くか?いや、そうすると授業に遅れる。
あと少しで講義室に着くはず、そう思って急に顔を上げたのがいけなかったようだ。腹の底からせりあがってきた吐き気とともに、視界がぐわんと歪んだ。まずいと思ったのもつかの間、少し後ずさった足が階段を踏み外し、後ろへと倒れこんでいく。意識が朦朧とする。このままでは床に叩きつけられるかと思ったが、突然、体全体が持ち上がるような感覚があった。
上へ上へと上がっていく。一番上には水面があったようだ。私はそこから顔を出し、次いで体も水面上に浮上した。そうっと瞼が開いていく。見慣れない天井だ。保健室や病院によくある無機質な白ではない。紅だ。
ここはどこだろう?
そう思った瞬間、全身に神経がいきわたったような気がした。手や頭を動かしてみる。目は金糸を捉え、手はサラサラとした感覚を感じ取った。少し遠くに目をやると、天井と同じ色のカーテンと、光の漏れ出る白色のカーテンが見えた。今は朝か昼のようだ。体を起こしてみる。布団が重い。
頭が痛い。
頭に当てた手が、いつもより小さく感じた。疑問に思っていると、荒いノックが3回響いた後ドアが開いた。メイド服を着た女の人がズカズカと遠慮なく部屋に入ってくる。そのまま奥へと歩いていき、素早くカーテンを開け、私にこう言った。
「もう起床の時間ですよ!マリアンヌ様!」
マリアンヌ…?いったい誰のことだろうと思っていると、数秒の眩暈がした。誰かの記憶が頭に入ってくる。
誰か?いや違う。これは、私の記憶だ。
私はマリアンヌという少女に生まれ変わったようだ。
部屋全体が明るくなったので、改めて自分の手を見つめる。やはり小さい。マリアンヌはまだ子供のようだ。手元が陰ったので見上げるとメイドの女性がいた。彼女は確かそう、マキという名前だった。いつの間にか近づいてきていたようだ。
「何をぼうっとしているのです?まだ具合が悪いのですか?」
マキは前髪を押し上げて私の額に触れてくる。暖かい。
「熱はありませんね。ならばさっさとベッドを降りなさい、支度をしますよ。」
マキの指示で複数人のメイドたちが部屋に入ってくる。ベッドを降りると、手早く着替えさせ始めた。寝間着からドレスになると、ドレッサーへと移動した。椅子が高い。ドレスでよじ登るわけにもいかず、メイドに抱き上げて座らせてもらった。鏡に映る自分を見つめる。
これは、鏡に映る人は私じゃない。……私じゃない!マリアンヌだ!
やっと自分が自分ではないことの自覚がついた。改めて鏡に映る自分を見る。
金髪碧眼だ!しかもかわいい!
これは令嬢転生ものに違いない。私は転生前そういった話を数えきれないほど読んできたのだ。さて、私はヒロインかな?悪役令嬢かな?それともモブかな?それによって今後の私のすべき行動が変わってくるのだ。今の時点でマリアンヌはかなりの美少女だ、モブということはないだろう。今の私はマリアンヌだ。マリアンヌは…えと、私で…じゃなくて…あれ?私はどの作品の誰だ?