3話 8年後
あれから三年後、俺は高校生になっていた。
といっても勉強が苦手な俺が入れたのは、地元でも有名な誰でも入れると噂の高校だ。
その噂は本当で、足し算やら引き算やらが受験で出た時はさすがに驚いた。
そしてまた夏休みがきた。
勿論俺は五目並べをするために、わざわざ東京から長野の山奥にせっせと足を運ぶ。
ばあちゃんは80近くなってもまだまだ元気で安心できる。俺はばあちゃんが好きだから、もっともっと長生きして欲しいと思ってる。
そしてじいちゃんの部屋へはいると――。
「今年は遅かったの。もう来ないと思ってせいせいしてたと言うのに」
狐っ娘は悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに笑った。俺は高校生になり、体つきも大きくなった。それなのにこの狐っ娘は、出会った時から何も変わっていない。
狐の耳が生えた美少女のまんまだ。
「馬鹿言うなよ、あれからまだ1回も勝ってないのに辞めれるわけないだろ。ほら、いいから打つぞ」
そう言って俺はいつも通り、黒石を握った。
暫く無言で打ち続け、ふと狐っ娘がこちらを見て言った。
「お主、いい歳じゃろ。交際しているおなごは出来たのか? それとももう姦通……」
「ばっ、バカ何言ってんだよっ! そんなんいねぇよ!」
何を言い出すのかと思えば、彼女は出来たかだって? そんなもの必要ない。
俺は狐っ娘と五目並べできれば、それで十分だ。
それにコイツにだけは言いたくないけど、未だ童貞だ。そういう事に興味が無い訳じゃないけど、学校で好きな女子は本当にいない。
そして自分の番だと言うのを忘れていた俺は、慌てて黒石を置く。
「――もう、ここへは来るな」
パシッ。白石をいつもより強く、碁盤に置いた。
碁石の乾いた音と、やかましいセミだけが響いた。
「な、なんでだヨ! 俺はまだ――」
「お主と儂は住む世界が違うのじゃ。それくらい、わかる歳になっておろうに。いつまでも儂なんぞの暇つぶしに付き合わなくてよいのじゃ。お主はお主の人生を歩まねばならん」
何を言っているか分からなかった。
この狐っ娘が何をいいたいのか、俺にどうして欲しいのか全然、全く理解ができなかった。
俺はこの五目並べをしている時間が大好きで、何よりも大切で、そのためにアルバイトをして交通費まで貯めたのに。コイツと五目並べをするために頑張ったのに。
コイツはそう思っていなかった。別に俺じゃなくても良かったんだ。
そう思うと堪らなく悲しくて、悔しくて、胸が熱くなった。
堰を切ったように溢れる涙を隠そうと、俺は部屋を飛び出した。
視界の端に映る狐っ娘の顔は、最初の時と同じように酷く悲しそうに見えた。