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『耽溺ちゃんと退廃くん』  作者: sazanka
プログレス1 ―破滅の町―
2/4

♯2

ごはんもお菓子も、なるだけ気のおけない人と食べたい、というお話。


登場人物

■君子

保科(ほしな) 君子(きみこ)」。

大学2回生。檻の君。

■捧一

「多々(たたら) 捧一(ほういち)」。

大学2回生。沼の底。

■笹

(ささ) 八千代(やちよ)」。

君子の実家の侍女。潔癖毒舌メイド。


―黎和3年11月某日―

捧一:『「淫蕩(いんとう)にふける者は(こころ)(ひろ)く、慈悲に富んでいる。純潔に傾く者はそうではない」と聖クリマコスは言った。

捧一:キリスト教道徳の、ひいてはあらゆる道徳の、虚偽をではなく本質そのものを、これほど明確に力強く摘出してみせるには、まさに聖者が必要とされた。』

君子:シオラン、『生誕の災厄』より。


―タイトルコール。


君子:『耽溺(たんでき)ちゃんと』、

捧一:『退廃(たいはい)くん』。


―【キッチン】

―鍋が煮え、食器を洗う音。


捧一:(独り言)……後、ひと煮立ちでシチューは完成。炊飯はあと9分。

捧一:皿の濯ぎが終われば……、


君子:(台所の入口から)

君子:捧一くぅん……。


捧一:…………、起きたのか。


君子:(ゆらりと擦り寄り)

君子:また独り言、言ってる。


捧一:……タスクを確認してるんだ。

捧一:包丁洗ってる時に後ろから抱き着かないでもらいたいな。


君子:うふ、ふ。

君子:お鍋、良い匂い……。


捧一:クリームシチュー。

捧一:これでも来客に備えてるんだけど。


君子:気を使わなくてイイですよぉ。

君子:どうせ、定期確認ですから。

君子:……カボチャはぁ?


捧一:入ってるよ。

捧一:君子さんがグウスカ寝てる間に買ってきたヤツが。


君子:どうせ何もしないんですから。

君子:寝てた方が邪魔にならなくてイイでしょ。


捧一:(鍋の火を止め)

捧一:起きたらこのザマだし、と。

捧一:シャワー浴びてきたら。


君子:ふふ、ふ。

君子:ねぇ……。(ささ)さんが来る前に、もう一回しましょう?


捧一:冗談だろ。もう6時20分だけど。


君子:どうせ、合鍵で勝手に入ってくるんですから。

君子:見せてあげればイイんですよ。


捧一:何の足しにもならないね、その手の趣向は。

捧一:特にあのヒトが相手なら。


君子:ふ、ふ。

君子:じゃあ……、お風呂で、一緒に。


捧一:さっき浴びたよ。俺はしずかちゃんじゃ無いから。


君子:……けちぃ。昨日はあんなに……、


捧一:メリハリ、切り替え。飽きない秘訣。


君子:……飽きてからが本番なのに。


捧一:ドコで覚えてくるワケ?


君子:秘密、でぇす。

君子:…………、シャワー。


捧一:先にトイレ行きなよ。

捧一:あと、いま着てる俺のシャツ、


君子:籠に、でしょ。

君子:……はぁい……。


―ゆらりと立ち去る。

―炊飯器から、湯気。


―【食卓】

―君子はバスルームから未だ戻らず、食卓には捧一と、侍女の(ささ)


捧一:すみませんね……、なんか。


笹:いえ、別段問題ありません。

笹:君子お嬢様の長風呂は昔からですので。


捧一:学校の前とか、用事の時は早いんですけど、


笹:それも昔からです。幼少の頃より長く、お仕えしていますので。

笹:……貴方等よりも。


捧一:……身の程を弁えろ、と。


笹:当然の心掛けでは。貴方は貴方の役目を全うしていれば良いのです。

笹:無論、我々も、ですが。


捧一:……ごもっとも。


―急須から、湯呑へと煎茶。


笹:(湯呑を寄せつつ)どうも。


―2人、ず、と茶を啜る。


笹:……君子お嬢様には、何にも縛られない時間と、場所が必要なのです。


捧一:こんな、ご実家と比べればウサギ小屋同然の、安アパートだったとしても。


笹:とんでもない。ゴキブリホイホイが精々。


捧一:……流石に想定外のヤツが来たな。シチューを運ぶ前で良かった。


笹:気にしませんね、個人的には。

笹:(僅かなドアの音に反応し)

笹:さて、そろそろ……、


捧一:判るんだ。さすがメイドさん。


笹:……。

笹:次に、私をそう呼んだら。


捧一:え、


笹:その首、挿げ替えて差し上げますので。


―洒落では済まぬ眼。湯呑から、湯気。


―【晩餐】

―3人での食事は終わりがけ。ホワイトシチューと、ライス。笹はシチューのみ。


君子:……ふぅ。

君子:美味しかったです、捧一くん。


捧一:どうも。……カボチャがもう少し、


笹:柔らかく煮えていれば。少しはマシだったかと。


君子:…………。

君子:笹さんはいつも、


笹:率直に。

笹:申し上げたまでです。


捧一:(口元を拭いつつ)忖度する謂れが、特に無いものね。


笹:物分りが良くなって来たようですね。お嬢様のご友人でも無ければ、交際相手でもありませんので。


君子:そうだとしても……、

君子:……あ、麦茶、私にも。


捧一:うん、はい。


―アクリルコップに麦茶。水滴。


笹:さて。体調面は。


君子:メールで、伝えている通りです。

君子:特段、何も。


笹:……食欲は、かなり戻ったようですね。


君子:空っぽのお皿を前にして言われると、気恥ずかしいですが……。

君子:そうですね。人並みに。


捧一:間食が多いんじゃないの。俺もヒトの事言えないけど。


君子:うるさいですねぇ、捧一くん。

君子:……冬を前にして、蓄えているだけです。


笹:人並みに?


君子:……ええ。はい。BMIは適正域です。


笹:……気にする余裕が出たというだけで。

笹:大進歩と言えますね。

笹:浄子(きよこ)お嬢様にも、よしなに伝えておきます。


君子:ええ、そのように。

君子:お姉様は、当たり障りのない報告さえ聞ければソレで満足でしょうから。


笹:……、私の口からは何とも。

笹:我々はただ、正しく観測し、報告をするのみです。


君子:…………。

君子:(こくり、と麦茶を飲み下し)

君子:もう、判ったでしょう。手土産も無いのなら、帰ってください。


捧一:あ、お菓子、貰ったけど。

捧一:「九芯亭(きゅうしんてい)」の白桃饅頭。


君子:……。それは、どうも。


笹:形式的なものです。経費で落ちますので。


捧一:お茶でも……、


笹:結構。あと二、三、聞き取りが済めばお暇しますので。


君子:さっさとしてもらえますか。夜は忙しいんです。


笹:(けだもの)のようにまぐわう事に?


君子:…………。

君子:何か異存でも?


笹:いいえ。職務上は、特に。

笹:ただしこの場合、保科(ほしな)家と現当主様にお仕えする我々、給仕室の侍従連(じじゅうれん)と致しましては。

笹:かなりのグレーゾーン、危ない薄氷の橋の上ですので。


君子:……心得ていますよ。そのぐらい。


捧一:その辺りはそうなんだ……。

捧一:あの、白桃饅頭開けたらダメかな。


笹:(無視して)(ひとえ)に、全ては。

笹:浄子お嬢様への恩義に報いんが為。


君子:私情による個人的行動だ、と。


笹:……さて。

笹:本来は、私などが決める事ではありませんが。

笹:いずれにせよ、私見を挟ませて頂くならば。


君子:仰ってごらんなさい。


笹:汚らわしいですね。何もかも。


君子:……。

君子:私たちの行為が、関係が?


笹:獣欲そのものが。

笹:そして、淫蕩と恥辱によって、寧ろ精悍さを取り戻しつつある心身そのものが。


君子:……恐るべき侮辱ですね。

君子:本家の子息に向かって。怖いもの知らずと言いますか、


笹:ですから、私見です。

笹:その類いの一切、禁忌として、恥ずべき事として、育てられましたので。


君子:……私も、人の事は言えませんが。

君子:果たして、異常と呼ぶべきはどちらでしょうか。


笹:極端と極端を比べても意味の無い事。

笹:感じたままを口にしたまでです。


君子:…………。


笹:依然、よく眠れているようですね。


君子:……、ええ。お陰様で。

君子:激しかった日の翌日は寝足りないくらいですが。

君子:学業にも差し障りは、


笹:無論。あれば本末転倒ですので。

笹:避妊については。


君子:……取り決め通りに。

君子:ねぇ? 捧一くん。


捧一:(食器を重ねていたところ)

捧一:あっ、俺に来るのか。

捧一:そうですね……。ええと、一応、


君子:(遮り)食器っ。今日は私の当番でしたね。


―重ねられた食器を奪い、足早にキッチンへと。バタリ、とドア。


笹:…………。


捧一:えっと。続けたらイイですか。


笹:……結構。

笹:避妊具の着用と、基礎体温レコーディング。

笹:2週に一度の検査薬使用。

笹:守られていれば。


捧一:はい。問題なく。

捧一:……麦茶、どうぞ。


―アクリルコップへと麦茶。


笹:……どうも。


―こくり、と飲み下す。


笹:…………。


捧一:…………、

捧一:実際、


笹:(思わず睨み)何っ?

笹:…………ああ、失礼。


捧一:いえ、全然。

捧一:興味本位で聞くんですけど。


笹:はあ。


捧一:ヘイトコントロールの側面は、どのぐらいあるのかなぁ、と。


笹:……君子お嬢様から、お姉様や保科家そのものへの、という意味ですか。


捧一:そうです。


笹:私が、敢えて、憎まれ口を叩いている、と。


捧一:どうなんだろうと思って。

捧一:あと、お姉さんまでで話が止まってるなんて事、本当にあるのかなぁ、って所も。


笹:…………。

笹:貴方が気にして、答えが得られるとお思いですか。


捧一:いやあ、全然。

捧一:所詮、お釈迦様の掌の上だと。


笹:良いように言ったものですね。

笹:まな板の上の鯉が精々。


捧一:どちらでも。

捧一:ゴキブリよりは上等でしょ。


笹:…………口の減らないガキ。

笹:……君子お嬢様の御身(おんみ)に、如何様(いかよう)であれ(きず)が付けば、


捧一:吹いて飛ぶのは俺の命、と。

捧一:心得てますよ、これでも。


笹:……ええ。精々心血を注いで、


捧一:ただ、個人的には。


笹:……っ、


捧一:これ以上、どう傷付けて、汚して、壊したらいいのか。

捧一:ちょっと困ってるトコなんですけどね。


笹:…………。

笹:ご相談は、君子お嬢様とご存分に。

笹:あと、それから。


―蔑みを込めた、剃刀の如き眼。


笹:……汚らわしい、(おぞ)ましい、ドブの底のような糞ガキ。

笹:……これは、本心です。


捧一:どうも。

捧一:……好きになれそうですよ、貴方の事。


笹:…………。

笹:精々、羽虫の様に潰されないように。


捧一:お構いなく。

捧一:この世に未練はありませんから。


―湯気立つ物は、1つも無かった。


―【再び、キッチン】


君子:(きゅ、と水道を締め)

君子:……帰ったんですか。


捧一:ついさっきね。

捧一:お嬢様によろしく、だって。


君子:……何をよろしく、受け取れば良いのか。


捧一:相変わらずけんもほろろだね。


君子:苦手なんです。昔から。


捧一:得意な人の方が少なそうな気がするけど……。


君子:……せっかくのカボチャのシチューが。美味しくないったら。


捧一:結構満面の笑みで完食してたような。


君子:後味の問題です。

君子:……もう一杯食べても良いですかっ。


捧一:……、良いとも。

捧一:何杯でも食べたらイイ。

捧一:何にも縛られずに、ね。


君子:…………。

君子:何ですか、それ。


捧一:別に。受け売り?


―少しの沈黙。


君子:…………。

君子:そう言えば。

君子:「九芯亭(きゅうしんてい)」の白桃饅頭があるんでしたね。


捧一:あるね。

捧一:個人的には、その一言を待ってた。


君子:甘味(かんみ)に罪はありませんから。


捧一:全くもって、本当に。

捧一:好物なんだろ?


君子:……ええ。

君子:覚えているのは、今となっては侍女連中ぐらいのものです。


捧一:ふうん。


君子:…………お茶を、


捧一:お、


君子:入れてください。


捧一:あ、そうだよな。

捧一:うん、はい。


―ケトルのスイッチをオン。

―水の沸き始める音。君子はどことなく、胡乱に佇み。


君子:洗い物、疲れました。


捧一:それは、どうも。


君子:(ゆらりとキッチンを離れ)

君子:もう今日は、私からは何もしませんよ。

君子:食べたら勝手にお布団へ行きますから……。

君子:好きに脱がせて、よしなにしてください。


捧一:ご要望は?


君子:お任せします。

君子:…………、

君子:たくさん、たくさん、してください。


―茫と言い置き、茶の間へと去る。


捧一:(見送りつつ)

捧一:…………。

捧一:どっちが退廃的なんだか。


―ケトルの嘶く音。

―湯気はもうじき、立つ筈である。

―暗転。


―【終】

【メイド日報】


登場人物

■吉備弥

保科(ほしな) 吉備弥(きびや)」。

君子の兄。保科家現当主。


―深夜。

―冷徹なるメイドは、主君へと定例報告。

―モニターの向こう、柔和なる影を帯びた、男。


吉備弥:……なるほどね。

吉備弥:ごくろうさま、八千代(やちよ)


笹:勿体なきお言葉です、吉備弥(きびや)さま。


吉備弥:健勝息災大いに結構。さすが浄子(きよこ)と言おうか、中々に順調のようだね、君子は。


笹:我々と致しましては……、

笹:日々それだけの為に力を尽くして、影に日向にご奉仕をさせて頂いておりますれば、


吉備弥:(遮って)時に、


笹:(ピクリと構え)

笹:……はい、


吉備弥:お前の言葉に、嘘、偽りなど、

吉備弥:まさか……、

吉備弥:あるまいね?


笹:…………、

笹:滅相もない事です、


吉備弥:天地神明に誓って、保科家当主たるこの僕の、大切な、大切な、一家伝来の本屋敷に替えてでも守り抜きたい妹の君子の心身にも身辺にも、

吉備弥:何らの支障も、障害も、

吉備弥:違和も、破綻も見受けられなかった、と。

吉備弥:虚偽も詐称も誇大も無く言い切れる、と、

吉備弥:お前は、

吉備弥:言うんだね?


笹:…………。


―画面越し、大気の張り詰め。

―引っ詰めの髪の内、密かに、汗。


笹:…………断じて、

笹:断固として。

笹:関東守護地鎮(かんとうしゅごじちん)司六家(つかさろっけ)(いち)、「保科」の家紋に誓って、

笹:嘘、偽りは、ございません。


―磨き抜かれた漆の鞘の如き、澄み切った眼差し。


吉備弥:…………。


―男は笑みを、唇に乗せ。


吉備弥:(一転、調子を変え)

吉備弥:そうかっ! いやぁ、他ならぬ八千代のお墨付きを貰えると、僕も安心だなぁ。

吉備弥:いつも、ありがとう。


笹:……いえ。私はただ尊き職務を、


吉備弥:何を持っていったんだい?


笹:……、は、


吉備弥:よもや手ぶらじゃあないだろう? 多々良ナニガシくんに、ご挨拶の何かを、


笹:ああ……。

笹:「九芯亭」の、


吉備弥:白桃饅頭か! いやあ、アレは君子の好物だったろう、流石は八千代だ、気が効いてる。


笹:……、さて、そう、だったのですね、

笹:ただ季節に於いても妥当かと、


吉備弥:(遮り)「メイドの土産」だっ!!


笹:……、……、

笹:は、


吉備弥:あっはっはっは!

吉備弥:あっはははコレは傑作! 意図せずに奇跡が! わかるかい八千代、「メイドの土産」だよ、ほら!


笹:…………、……、


吉備弥:あっはっはっはっはっはっ!

吉備弥:ああ可笑しい、八千代も遠慮会釈なく、我慢なんてせずにホラ、笑っていいんだよっ、あっは、あはははははっ。


―主君はいつしか腹を抱え、濁りのない大笑。

―メイドの面差しは、硬直。


笹:……誠に慚愧(ざんき)に、堪えません、が。

笹:私の笑顔は、生来これですので。


―奥歯を噛む微かな音。

―哄笑は止まず。暗転。


―【終】

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