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『耽溺ちゃんと退廃くん』  作者: sazanka
プログレス1 ―破滅の町―
1/4

♯1

夜は意外とお腹が空く、というお話。


登場人物

■君子

保科(ほしな) 君子(きみこ)」。

大学2回生。檻の君。

■捧一

「多々(たたら) 捧一(ほういち)」。

大学2回生。沼の底。


―黎和3年10月某日―

捧一:『神への祈り、つまり精神性は上昇しようとする欲求であり、悪魔への祈り、つまり動物性は下降する悦びである。』

君子:ボードレール、『赤裸(せきら)の心』より。


―タイトルコール。

君子:『耽溺(たんでき)ちゃんと』、

捧一:『退廃(たいはい)くん』。


―【畳の上】


君子:捧一くん。


捧一:はい。

捧一:……藪から棒に、何かな。


君子:私を退廃と情欲の禍根(かこん)(いざな)い、堕落を与えてくれると約束した、多々(たたら)捧一(ほういち)くん。


捧一:そんな大仰な言葉で誓った覚えはナイけど。勝手に要約するなよ。


君子:いつもの行為を始める前に。

君子:確認と言いますか、合意形成を新たにしておきたいのですが、


捧一:何度目だろうか、コレで。俺はバイトで疲れてて。君子さんは明日午前から1限。時間も体力も有限の筈だ。


君子:だからこそ、です。

君子:いつもはお互い、諸々お構い無しに貪り合ってしまいますが。

君子:今日は、相対的にはまだ時間がある方ですので、


捧一:今日はやめとく?


君子:いえ、やります。

君子:しかしそもそも、生活サイクルや翌日のコンディションを気にかけている時点で、ソレはもはや退廃と呼べるのかどうか、


捧一:退廃に決まった形なんて無いだろ。型に嵌めるコト自体退廃からは程遠い。


君子:では、


捧一:ソレは精神性とか、或いは行為の中に宿るモノだとして。

捧一:であるなら、


君子:行動あるのみ、ですか。やれれば何でもイイ、と?


捧一:ソレこそ退廃らしくないか。


君子:理性の崩壊、獣性の開放こそが退廃、デカダンスの定義であるなら、


捧一:一概には言えないだろうけど。

捧一:もう一度聞くけどやらないなら別に、


君子:(遮り)やると言ってるでしょう。


捧一:……うん、はい。


君子:いつもの通り、乱暴にして頂いて構いません。


捧一:傷まない範囲でね。


君子:お任せしていますから。今のところ生活に支障はありません。


捧一:お茶飲んでイイ?


君子:どうぞ。あ、私も飲みます。


捧一:(正座から起立し、キッチンへ)

捧一:うん。入れる。


君子:(キッチンに声を飛ばし)

君子:猫舌ですので、


捧一:ちょっと水で埋めるんだろ。知ってるよ。


君子:……やりたくないと言ってるのではありません。

君子:寧ろ……、出来ないなら今日1日ストレスに耐えたのは何だったのかという話で、


捧一:(茶こしで緑茶を淹れつつ)

捧一:解消されるモンかね。男は割りかし、ダイレクトにソレで済むというような節はあるけど、


君子:要はホルモン分泌の問題ですから。

君子:そしてストレッチしかり、適度な運動が心身に良い影響を生む事に議論の余地は無いでしょう。


捧一:初めは全身筋肉痛だったようだけど。


君子:それまでの生活では使わなかった部分の筋組織ですので。無理は無いかと。


捧一:今は、どこかに過負荷は、


君子:ありません。あれば言います。


捧一:そう。

捧一:……有酸素運動そのものが良くないという学説もあるようだけど。


君子:長期的スパンで見れば、データは幾らでも出せるでしょうが。

君子:メリットとデメリットを天秤にかけるのはいつだって人間の方であるべきです。


捧一:(茶を運びつつ)ごもっとも。

捧一:はい、お茶。


君子:(受け取り)どうも。

君子:……あ。……私の湯呑、欠けているんでした。


捧一:こないだ落としてたね。


君子:自業自得とはいえ。それなりに良い品で、実家から持参した数少ない物の1つだったのですが。


捧一:実用に耐えない程では無いようだけど。


君子:(ず、と啜り)

君子:……ふう。お茶は温まりますねえ。


捧一:器に依らず、ね。


君子:……焼き物というのは調和こそを旨とする工芸です。

君子:欠けて調和の乱れた湯呑など、不完全な宇宙同然。


捧一:およそ退廃とは程遠い物言いだね。


君子:そうでしょうか。


捧一:我が身と生まれを呪って、「壊してほしい」と懇願してきた人の言葉とは思えないな。しかも同級生に。


君子:……。お(あつら)え、だったんですよ。捧一くんは。


捧一:生まれ育った世界には居ないような、薄汚れた人間だったから、だろ。

捧一:何回も聞いたよ。


君子:高校の頃から、捧一くんの内に秘めた破滅性には気付いていましたし、


捧一:大袈裟。


君子:合格発表の日、同じ大学だと知った時には、


捧一:渡りに船だ、と。とんだお嬢様だよ。

捧一:……あの頃は随分痩せてたよな。


君子:そうですね。

君子:家庭内の軋轢もいよいよピークと言った所で、1番食べれていなかった時期ですから。


捧一:今にも消え入りそうな、細枝のようなイメージだったけれども……、


君子:儚げなキャラで通していましたから。今も対外的にはそうです。


捧一:大して前でも無いけど、当時に比べればだいぶ肉付きも、


君子:(遮り、圧を強め)健康的に、なったと。

君子:皆さんそう仰ってくれます。


捧一:異存ないけど、ね。一般感覚でもスリムの範囲内だろ。

捧一:俺にはどうでもいい事だけど。


君子:無駄と呼べる肉は、まあその、ほぼ、無いと言って良いと、


捧一:知らないワケはないね、俺が。


君子:ほぼ毎日見ていますからね。

君子:……何せ、ご飯が美味しくて。


捧一:ご実家のシェフに比べて俺の腕が立つ筈は無いから、要するに行為と環境のせいだろうね。


君子:そうだと思います。

君子:思っている以上に運動量が多いのだと。

君子:今も正直……、

君子:(ず、と啜り)

君子:お茶請けがほしいなぁ、口寂しいなぁ、等とフツフツ……、


捧一:「焦らなくてもスグに俺ので塞いでやる」、とでも言えばイイのかな。


君子:……、始まってしまえば興奮すると思いますが。

君子:今はどうにも、


捧一:勿論、判ってるとも。

捧一:ちなみに、練切りも金つばも、もう残ってないよ。


君子:そうなんですよ。問題はソコなんです。


捧一:(ず、と一口啜る)

捧一:我慢して、一服し終えたらさっさと始める、か。


君子:(ず、と啜り)

君子:そうですねぇ……。早くしたいという気持ちもあるのですが、


捧一:別に、睡眠時間で調整するなら、終わってからコンビニに買いに行けば。

捧一:俺は寝る。


君子:私も、終わった流れで気を失うように眠って、シャワーは朝に、という想定でしたから……、


捧一:良いプランだと思うけど。


君子:お茶請け欲求だけがイレギュラーです。


捧一:……聞いてたら俺も口寂しくなって来たな。


君子:欲求は伝染すると言いますからね。


捧一:現実問題として。

捧一:欲求を全て満たした上で、睡眠時間をも確保せんとするなら。


君子:二兎、三兎を追う訳ですね。


捧一:まず今から、コンビニなりどこかへ買い物に行って。


君子:……あ、羊羹(ようかん)の口になって来ました……。


捧一:今なら栗だの芋だの、選り取りみどりかな。

捧一:俺は、最中(もなか)だ。


君子:いけませんよ、コレはいけません……。


捧一:それでだ。

捧一:購入・帰宅の後、食べてからだとそれなりの時間になってしまう。


君子:日付は変わりそうですね、下手をすると。


捧一:とはいえ焦ってお茶をしたくないから、


君子:無論です。となれば……、


捧一:行為そのものを、今日の所は深追いせず、コンパクトに済ませておく。具体的に回数を決めても良い。


君子:考えはしましたが……、

君子:果たして、現実的でしょうか。


捧一:……、理性が勝れば。


君子:ソコですよ。

君子:少なくとも私の側で言うなら、理性の放棄をこそ眼目(がんもく)としているのに。


捧一:うん……。


君子:敏速に済ませた所で、私はソレ以上を求めるでしょうし。

君子:捧一くんも、コレまでの例に(なら)うなら、


捧一:恐らく、止まらないだろうな。なんだかんだで。


君子:何ら責められる謂れはありません。

君子:この関係と生活の主旨に一致しているのは、そちらの方なのですから。


捧一:完全にね。


君子:と、なれば、ですよ……。


捧一:朧気ながら見えて来たかな? やっぱりディスカッションは大事だな。


君子:(ず、と啜り)

君子:……ときに、捧一くん。


捧一:うん、はい。


君子:明日は確か、


捧一:……休みに、してあるね。特に予定は無い。


君子:……ココが、意外と分水嶺(ぶんすいれい)なのかもしれませんね……。

君子:私がまた1つ、悪徳に手を染めてしまうのか否かの。


捧一:想像は付くけど。俺なら迷わず取る手段だ。


君子:さて……、思い付き、口に出した時点で、行動の半分は完了している、と言ったのは誰だったか、忘れてしまいましたが。


捧一:誰でも実感としてすぐ思い付きそうな言葉だ。名言とはそういうモノだが。


君子:逆に言えば。行動したければ、まず口に出すだけで、半分は遂行されたも同然という事ですね。


捧一:レトリックじみてるが。そうなるんじゃないか、


君子:(唐突に)ズル休みっ。


捧一:…………。


君子:別の言い方をするなら。

君子:仮病っ。


君子:私は明日の朝、風邪を引きます。発熱します。


捧一:……まったく、いや、はや。


君子:そうすれば万事解決です。

君子:ゆっくり食べて、たっぷり行為をして、ぐっすり眠れますよっ。


捧一:……大学では「聖女」だのなんだのアダ名される保科君子(ほしなきみこ)が。

捧一:自身の3大欲求を満たさんが為、病身を偽り自主休校とは。

捧一:聞く人が聞けば、身投げでもするんじゃないか。


君子:案外と……、欲求には忠実な(たち)なのかもしれません。


捧一:それは……、ご兄弟や、ご実家のお母さんを見ていれば、ある程度判るけどさ。


君子:或いは。

君子:私も、この湯呑同様。

君子:知らずに欠けて、ひび割れて。

君子:私という宇宙の調和が、乱れているのかもしれません。


捧一:……、どうかな。

捧一:その湯呑同様、実用に耐えない程では無いようだけど。


君子:そのようですね。誰にも気付かれていないようですから。


捧一:それに、というか……。

捧一:宇宙には初めから、ブラックホールという亀裂が存在しているらしいし。

捧一:或いはその欠落こそが、孤独なる閉じた宇宙を、遠く離れた別の宇宙と繋げ得る、パイプラインなのかもしれない。


君子:…………。


捧一:なんて、聞きかじり、連想ゲームの繰り言だけど。


君子:さて……。

君子:今の私には、よくわかりませんが。

君子:車、出してください。


捧一:ああ……。「ふくとみ」まで行こう、と。


君子:お茶菓子、お茶請けに関しては。スーパーの方が充実していますよね。


捧一:圧倒的にね。


君子:(不敵に笑み)じっくり選びますよ。

君子:さて……、では、善は急げ。


捧一:うん。行こう。

捧一:最中(もなか)に加えて……、スーパーとなれば、団子の類も……。


君子:いけません、益々もっていけません……。


―各々出掛ける支度にかかる。


君子:あ、それと。これはお願いになるんですが。


捧一:うん?


君子:明日、どうせ2人ともお休みなら。鳩巣坂(はとのすざか)にある民芸市まで車を出してほしいんです。


捧一:随分遠いな……。目当ては湯呑?


君子:言うまでも無く。

君子:あくまでお願いですから、お礼はしますよ。


捧一:何かな……。


君子:行為の際に。何でも1つ、言う事を聞きます。


捧一:普段と何が違うのかな。


君子:いつもは捧一くんにお任せする形ですが。

君子:私が、捧一くんのして欲しい事を1つ、して差し上げます。

君子:いかがでしょう。


捧一:……普段から大概の事をしてしまっている手前ね、


君子:そうですね……。


捧一:1つと言われると、急には思い付かないが。


君子:本当に、どんなコトでも、良いんですよ。


捧一:……ちょっと嬉しそうに見えるけど。


君子:特段そういった事は。


捧一:……、良いよ。

捧一:どうせ朝までかかって、泥のように眠るだろうから、


君子:お決まりのパターンですね。

君子:出発は夕方で構いません。物色に時間をかけるつもりはありませんので。


捧一:そこは任せるよ。俺は焼き物や陶磁器に現状、欠片の興味も無い。


君子:隅の方でスマホでも触っていてください。壺の1つのように。


捧一:姿勢は自由にさせてもらう。

捧一:……さて、もう出れるかな。


君子:ええ。

君子:ではいざ、狩りの場へ……!


―玄関で靴を履き、出発の流れ。


捧一:民芸市の帰り、食事でもするか。


君子:良いですね。

君子:『ガレオン』2番館のあの、レトロな洋食屋さん。まだ営業されていれば、


捧一:店の入れ替わりが早いらしいね、アソコは。検索すれば一発だけど。


君子:文明の利器様々ですねえ。そこでなくても色々と……、


―欲望に沸く声が遠ざかり、耽溺と退廃の部屋だけが残され。

―暗転。


―【終】

【メイド日報】


登場人物

■みゆき

吹鼓(ふいご) みゆき」。

君子の実家の侍女。肉体派根性論メイド。

■笹

(ささ) 八千代(やちよ)」。

君子の実家の侍女。潔癖毒舌メイド。


―質素なアパートの斜向い、月極の駐車場より、棒一と君子を乗せ、ネイビーの中古車が発進。

―くたびれたエンジン音が遠ざかり。

―街灯のひずんだ光の外れ、物陰より、声。


みゆき:……っしゃー、っしゃ、おしっ。

みゆき:ご両人、車で出発進行ー。後はSP班のミナサンに、お渡ししまっすわーっと。


―言葉を返すのは通話音声。

―通信先は、隣県のとある邸宅、

―その、給仕室。


笹:『……おつかれさま。みゆき。』


みゆき:何回でも言いマスけども!

みゆき:「みゆき」って呼ぶのマジでヤメてね、(ささ)っち先輩。


笹:『どうして。良い名前じゃない。』


みゆき:好きじゃネーのよ、似合わんから!

みゆき:こんなゴリラ女にさァー、


笹:『類人猿を自称する気分にはさっぱり同調出来ないけれど。』


みゆき:イヤ下手すりゃ黎和(れいわ)の霊長類最強よ!?

みゆき:協会とモメずにレスリング続けてたらさーーっ!


笹:『静かになさい。』


みゆき:おっ、つ。


笹:『その愚痴は聞き飽きた、けれども。

笹:ちゃんと活かして頂いているでしょう。その経歴も、才能も。』


みゆき:へっ、ジッサイのオシゴトは、変態ストーカーのマネ事でござーますけども、


笹:『体力と腕力しか取り柄が無いのだから。

笹:しっかり働きなさい。』


みゆき:ワハ、テっキビシーっ。

みゆき:まっ。合法(ゴーホー)的に、リアルファイトで男相手にフォール取れるってーのは爽快っちゃ爽快だわ。

みゆき:今週だけでブチのめしスコア3人よ、3人っ。


笹:『重畳(ちょうじょう)

笹:……警護という観点上は頭の痛い話だけれど。

笹:近頃「築川(つくがわ)」が、またネズミをチョロチョロと増やしているというから。くれぐれも、』


みゆき:ウッホウッホぉ! アタシら地獄のメイド軍団にかかりゃー、三下ネズミの百匹や千匹っ!


笹:『ゴリラは貴女一人にしておいてもらうとして。

笹:勤労意欲旺盛なのは結構。引き続き、よしなに。』


みゆき:はァーーっ。あの二人ナンか、夜食かおやつか買いに行ったっっぽいしなーーっ。

みゆき:アタシも腹減るだろがって! あ、終わったらラーメン食いに行こっと! 絶対っ!


笹:『好きになさい。

笹:……全く。苦労を知らぬは当事者ばかり。』


みゆき:じゃなきゃこーして隠れてる甲斐もネーですし?

みゆき:あ、来月笹っち先輩の当番っしょ? 訪問。

みゆき:ひっさびさに東京来れるねェー?


笹:『何の興味も沸かないし。

笹:……虫唾が走るわ。あの顔を見ると思うと。』


―通信音に僅か、ノイズが走り。

―二人のメイドが息をついて、暗転。


―【終】


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