呪いのセーラー服
以前から考えていた、ありきたりなTSFです。
連載が色々と煮詰まってしまったので、気分転換に書きました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「ええ!?僕に女装して女の子の役をやれって!?」
「当たり前だ。俺とお前しかいないんだから」
とある高校の演劇部の部室で、2人の学生が向かい合って座っている。その内小柄で中性的な顔をした1年生のアキラは、1年先輩で部長のコウタロウに文句の声を上げていた。
2人が属する演劇部は、現在部員は自分たちだけと言う状況になっていた。かつては数十人も所属し、大きな大会に出場した実績もある伝統ある部なのだが、少子化により生徒の数自体が激減し、各部と部員を取り合いになるなか、ついには部の存続ギリギリの5人にまで減少した。
そして、先日3年生の部員が引退したことで、ついに2人きりになってしまった。これでは部どころか、サークルとしてすら存続できるか怪しい状況だ。
そのため、新入生歓迎のイベントで、新入部員を獲得するべく2人だけで1人数役劇をすることになったのだが、コウタロウはアキラに女装して女子役を演じるよう命じたのであった。
「だからって、何で僕が女装して女の子の役を・・・」
「俺が女装しても仕方がないだろ。単なる受け狙いになっちまうだろ?」
「そりゃ、そうですけど」
大柄でガッチリした体格に、野太い声。確かにコウタロウが女装して演技しても、見栄え的に「ウ~ン」にしかならないだろう。
一方アキラはと言えば、彼とは対照的に小柄で線が細く中性的な顔。おまけに、声変わりしてはいるがそこまで低い声ではない。
女性を演じるならどちらの方が似合っているか、火を見るより明らかである。
「そう言うわけだ。とにかく、頼むぞ。衣装も好きなの使っていいから」
「全然慰めになりませんよ」
アキラは渋々ながら、承諾するしかなかった。
それから数日後、演劇で使う衣装を見繕うため、アキラは部の倉庫にやってきた。
「うちの部て、本当にこういうのだけは揃ってるよな」
歴史があり、かつては大所帯な部だったこともあり、衣装や小道具の類は倉庫に大量にあった。
「ええと、演じるのは女子高生だから・・・女の子の制服かな?」
新入生歓迎会での出し物で、アキラは女子高生の役を割り当てられた。だから、そのイメージに合う制服がないか探す。
しばらく、がさごそと大量の衣装と格闘していたアキラであったが。
「あれ?セーラー服?」
衣装の中から、一着のセーラー服を見つけた。
「昔の制服かな?」
今この学校の女子制服は、リボンタイのブレザーになっている。しかし、確か10数年前まではセーラー服だったとアキラは記憶していた。
「衣装として寄贈されたものかな?・・・うん。綺麗だし、サイズも良さそうだし、とりあえずこれ着て見るか」
見たところ、服に汚れや破れなどは見当たらない。アキラはこのセーラー服を試着することにした。
しかし、アキラがもう少し注意深かったら、このセーラー服が周囲の衣服と明らかに違うのに気付いただろう。他の服が長年使われず、埃を被っていたのに、この服だけがパリパリの降ろしたてのように綺麗であることに。
アキラは着ていた制服を脱ぎ、セーラー服に着替えた。
そして、姿見の前に立った。
「うう・・・自分で言うのも何だけど、違和感が仕事してない」
そこに映し出されているのは、少なくともセーラー服を着ていることに、違和感のない自分の姿であった。ボーイッシュなと言う形容詞を付ければ、充分女子として通用するだろう。
とは言え、やはり異性の服を着ることに抵抗と恥ずかしさを覚え、顔はほんのり赤く染まっていた。
「サイズがあうのはわかったし、さっさと脱ごう」
と口にした直後であった。
(そうはいかないわ)
「え?誰!?」
突然頭の中に響くように聞こえて来た女の子の声。思わず周囲を見回すが、それらしき姿は見当たらない。
だが。
「!?」
突然、アキラの体に冷たい、これまでに感じたことのない感触が全身に走った。
途端に、声を出すことも体を動かすことも出来ず、彼は立ち尽くすだけになった。金縛りである。
(何だこれ!?声が出ない!体が動かない!)
[うふふふ・・・捕まえた~]
アキラの脳裏に響くように、少女の声が聞こえて来た。
(誰!?)
だが目の前の姿見に移っているのは、アキラ自身の姿だけで、他に誰も見当たらない。
[こんにちは、私はこのセーラー服の地縛霊と言ったとこかしら]
(地縛霊!?)
[そうよ。私は40年前、この高校に入学する筈だったの。このセーラー服も、私のために誂えてもらったものよ・・・でも、私はこの制服に袖を通せなかった]
(どうして?)
[制服屋さんから引き取った帰り道、私はダンプに轢かれて・・・死んでしまったから]
(それは、お気の毒です)
[ええ、私はもっと生きたかった!楽しい学生生活を送りたかった!大人になって・・・やりたいことはいっぱいあったの!・・・だからずっと待ったの、もう一度青春を送れる機会を]
その鋭くも冷たい口調に、アキラは体が動かないにも関わらず、寒気が走ったのを感じ取った。
(え?)
[それじゃあ、まずは・・・私に相応しい体になってもらうわ]
(一体何を言って・・・!?)
アキラは鏡に映る自分の姿を見る。その姿が、まるでアニメのワンシーンのように、徐々に変わっていく。
少しでも男らしく見せようと、短めにしていた髪がスルスルと伸びていく。
時折女の子と間違えられる中性的な顔が、より小さく丸みを帯び、目鼻口の形も変わっていく。
肩幅が心なしか小さくなるが、逆に胸のあたりがムクムクと膨らみ、服の上からでも明らかにわかる膨らみを形成する。
(か、体が!?)
金縛りにあっているため、抵抗することも自分の体の変化を確かめることもできない。
だが鏡に映る変化は、アキラの体が急速に変化していることを示していた。
(僕の体が・・・お、女の子の体に!?)
鏡に映るのは、アキラの面影を残してはいるものの、明らかに女の子であった。
[フフフ。思ったとおり、可愛くなったわね]
(な、これはあなたの仕業ですか!?)
[そうよ。あなたには女の子になってもらったわ]
(どうしてこんなことを!?)
[そんなの決まってるじゃない・・・あなたの体をいただくためよ!]
(え?・・・うわああああ!?)
アキラは心の中で悲鳴を上げた。自分の中に何かが入り込んでくる。それは、アキラが味わったことのない暗く冷たい何かであった。
[あなたには悪いけど、これもこのセーラー服を着たのが不運だったと思のね]
(やめてえええ・・・)
セーラー服に憑いている少女の霊は、アキラの体を自分と同じ女の姿に変え、そしてその体そのものを乗り移ることで奪おうとしていた。
そのことに気づいたアキラは、心の中で力を振り絞り、自らを喪わまいと抗った。
[ク!?さっきので力で使い過ぎたかしら・・・でも、私だってもう一度生きたいの!]
(ううううう・・・)
自分の中に入り込もうとする霊と戦うアキラ。だが、それもいつまで持つかわからない。
「た、助けて・・・」
力を振り絞ると、声が出た。
[悪あがきはやめて、私に体を「アキラ、服決まったか・・・て、どうした!?」
様子を見に来たコウタロウは仰天した。
セーラー服を着たアキラが立ち尽くしている。明かに様子がおかしい。
「おい、大丈夫か!?」
コウタロウがアキラの両肩を持って、ブンブンと体を振る。
[イヤアアア!?ヤメテエエエ!!]
少女ののたうつ声が、アキラの頭の中に響く。憑依している途中で急に体を振られたせいで、上手く行っていないようだ。
その隙に、アキラは最後の賭けに出た。
(負けて・・・たまるか!)
[キャアアアア!!]
少女の断末魔の声がアキラの脳内に鳴り響くと、それまで体中に走り回っていた暗く冷たい何かも消え去った。
と同時に、金縛りも解けるが。
「おい!しっかりしろ!」
アキラの体は糸の切れた人形のように倒れそうになり、コウタロウが慌てて両腕で支えた。
「あ・・・先輩・・・僕・・・」
霊との戦いで体力も精神力も使い果たしたアキラは、そのまま意識を失った。
次にアキラが目を覚ますと、目に飛び込んできたのはコウタロウと養護教諭の姿であった。
「アキラ!」
「目を覚ましたのね」
「ここは・・・保健室?」
「そうだ・・・ところで、お前本当にアキラで良いんだよな?」
「?何言ってるんですか、先輩。僕ですよ。あなたの後輩部員のアキラですよ」
「うん・・・だけど、俺の記憶が正しければ、アキラは・・・男の筈なんだが」
「へ?」
アキラは今更になって気づいた。体がこれまでになかった感触を訴えていることに。
アキラは恐る恐る、胸と股間に手をやり、その感触を確かめる。
そして思い出す。あの地縛霊の少女に体を奪われる寸前に、自分の体にされたことを。
「何で・・・何で女の子の体のままなの!!!???」
保健室内に、セーラー服姿の美少女の悲鳴が木霊した。
「なあ。アキラ」
「?なんですか、先輩?」
「本当にそのセーラー服で劇に出るのか?」
「そうですよ、何かいけませんか?・・・似合ってるでしょ?」
アキラは、セーラー服のスカートの裾を両手でつまみ、カーテシーをする。
微笑みながらそんなことをするので、普通にコウタロウに突き刺さる。
「いや、似合ってるけど…それは、お前を女にした霊の服なんだろ?縁起悪くないか?」
今日は新入生歓迎イベントの演劇部の発表。その劇に、アキラはあの時のセーラー服で役を演じる。
結局、アキラは女の子の体から戻ることはなく、そのまま女性として生きていくことを選択した。
セーラー服と憑いていた霊の少女のことをアキラは両親や教諭にも説明し、調査もされたが、結局超常現象に対して打つ手などある筈もなく、周囲に出来たのは彼女が女として生きていくことをサポートするだけであった。
「そうですけど・・・でも、僕は彼女のことをどうしても恨めないんです。逆に、申し訳ないとさえ思うんです。彼女だって、もっともっと生きたかったのに、僕が殺してしまったようなものですから。だから、この服を着て演技するのは、彼女のためでもあるんです。彼女を忘れないように」
調査の中で一つわかったことがある。服の持ち主の、若くして亡くなった少女のこと。
この服に袖を通し、青春を謳歌する筈が、事故によって命と未来を奪われた先輩。
少女のことを思うと、彼女が自分の体を奪わおうとしたことも、女にしたことも、恨むことはできなかった。
「お前は優しい奴だな」
「ありがとうございます先輩・・・新入生勧誘、成功させましょうね」
「あ、ああ・・・あのさアキラ、上手く行ったら、お祝いにどこか行かないか?俺が奢るからさ」
「え!?いいんですか?」
「もちろんさ」
「ちゃんと、約束守ってくださいね・・・じゃあ、先行きますね」
「ああ、行って来い!」
アキラはセーラー服のスカートを翻して、舞台へと踊り出た。
結果を言えば、アキラとコウタロウの新入生勧誘の劇は上手く行き、見事1年生の獲得に成功し、演劇部は廃部を免れた。と言うより、ここから再び大会で賞を取るまでに、活動をV字回復させることになる。
そして約束通り、コウタロウはアキラをお祝いと言う名のデートに連れて行き、2人の男女としての付き合いがここから始まる。
だがアキラは知らなかった。あの少女の霊は消えたのではなく、自分自身の体の奥底に封印したということに。
その魂がコウタロウと結婚し、最初に生まれる長女に宿って産まれてくることを。
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