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四話

 柚乃が縁石の上を歩いていた。

 振り返る。

 笑いかける。

 伸ばした手は、しかし空を切った。



 ミサキがやられた。

 ケンジが、リョウヤが、ユノまでもが。

 だが俺は生きている。剣を持つ手も、まだ健在だ。

 振り上げ、叩き付けた剣は、しかし硬い鱗に弾かれた。

 ドラゴンが俺を睨み、炎のブレスを吐き出す。



 目が覚めた。

 教師が何か言っている。

「つまり生態ピラミッドは――」

 なんだよ、これ。

 意味が分からない。

 理解できない。したくもない。

「灯利は間違えたんだよ」

「間違えてなんかない!」

 叫んで、はっと我に返る。

 早くも世界は崩れようとしていた。

 柚乃が微笑む。何か言いたげに。

「でも、だけど俺は」

 俺は……俺が、間違えたのか?

 何を?

 どこで?

 いつ?

 世界が回る。ぐるんと回る。

 そして、また夢を見る。

 俺は再び、夢を見る。



 喧騒に包まれる街。

 帰宅途中のサラリーマンや見知らぬ学生たちを遠目に見ながら、俺たちは肩を並べて立ち話をしていた。

「俺は美咲ちゃんがいいと思うんだよね」

 健二がそう言ったのを見て、あぁこれは夢だなと気付いた。

 記憶にあるやり取りだったからだ。

 確か四月の終わり頃か、五月に入ってすぐの頃にやった親睦会の帰り際のことだった。クラスも馴染んできたことだし、と誰かが言い出して、十数人という大所帯でカラオケに行ったのだ。

 入学から一ヶ月といえど、されど一ヶ月。

 同じ教室で毎日顔を合わせれば嫌でも互いを覚え、人間関係も生まれる。

 初対面のなんとなく嫌だった印象はどこへやら、健二とはよく話す仲にまでなっていた。昼飯もお調子者で名が通りつつある秋田とかも入れ、男子連合みたいな感じで食べる。

 そんな最早思い出となった頃の出来事だ。

「美咲って誰だっけ」

 周りを見て、柚乃がいないことを見て取る。

 当然か。

 何が当然なのかは分からなくて、でも当然のことすぎたから考える気にもならなかった。

「おまっ、名前覚えてねえのかよ!」

「いや、覚えてるよ、覚えてる。多分名字は覚えてる」

「結城だ、結城」

「結城? あぁ、あの性格キツそうなやつか」

「でも美人だろ?」

「まぁ美人だな」

 思い出通りの会話を、しかし演じているつもりでもなく自然体で繰り返す。

 結城美咲。

 今となっては名字の方が慣れない感じだ。そうか。この頃はまだまともに話したこともなかった。

「美咲ちゃん、美人じゃん?」

「それは聞いたから。けど近寄り難いんだよなぁ」

「そこがいいんじゃねえか!」

 健二が大声で言ってしまい、焦って辺りを見回しながら声のトーンを落とす。

「あれで案外、話してみりゃ嫌味じゃないんだぜ」

「そうなのか?」

「あぁ。むしろめっちゃいい。なんつうか、こう、いいんだよな」

「そすか」

「興味なしかよ」

「いやいや、お似合いだと思うけどね?」

「え、マジで?」

 にやけるのが抑えられないといった調子の健二だったが、それも数瞬のことだ。

 すぐに眉間にシワを寄せ、首を傾げながら低い声で言う。

「や待て、お前さっき性格キツそうとか言ってなかったか?」

「それがどうかしたか?」

「それとお似合いって、遠回しに俺のことディスってね?」

――俺さ、最初お前のこと嫌味なやつだと思ってたんだよね。

 それは親睦会から一ヶ月以上が過ぎた頃、神妙に口を開いた健二の言葉である。

 こうして思い返すと、確かに言葉が足りなかったところもあるのだろう。

「いや、だって健二って、なんかチャラそうじゃん?」

「は?」

「だけど話してみると案外……いや、案外とか言ったら悪いけど、普通にめっちゃ良いやつじゃん?」

「お、おう、まあな?」

 照れるな照れるな、気持ち悪い。

「だから結城も、話せば分かると思うんだよな、健二の良いとこ。それで結城も結城で誤解されやすそうだし、つうか現に俺が誤解してたっぽいし、だったらお似合いなんじゃねえかなって」

 我ながらどんな理屈だよ、と笑いそうになる。

 けれど、その時は大真面目だった。

 大真面目なのが健二にも伝わったらしく、満更でもない感じの笑い声が返される。

「まぁ、まあな? 俺はほら、人を見る目あるからよ」

「そうか?」

「今だってほら、灯利と話してるわけじゃん?」

「おいよせ、お前の恋を応援したくなるじゃねえか」

 馬鹿みてえな青春してやがるな、こいつら。

 改めて見せつけられると、なんだか乾いた笑いが出そうになる。

「……けど」

「けど?」

「椋也もあれ、多分だけど美咲ちゃん狙いだな」

「椋也? あー……ちょっと待って、あれか、あれだな、チャラそうなやつ」

「お前の目には全部チャラそうに見えるのか」

「いやいや、健二とは別方向な? 椋也のあれは、なんていうかガチのチャラじゃん」

「そこまでガチじゃないと思うが、まぁチャラはチャラだな」

 そこまで話したところで、少し離れたところでまた別の話に興じていた何人かが電車に乗り込んだ。

 俺と健二は何気なく会話を中断して、何気なくそれを見送っていた。

 と、そこへちょうど椋也が通り掛かったのだ。

「お、噂をすればってやつだ」

「アァ?」

 ドスの利いた声でこちらを睨んでくる椋也だったが、俺たちが見覚えのある顔だと気付いたのか、少しバツの悪そうな顔をしながら寄ってきた。

「なんだよ、何か用か?」

「なぁ椋也、お前って結城のことどう思う?」

「結城? 誰だそれ」

「美咲だよ、結城美咲。あの性格キツそうな美人」

 パクパクと何か言いたげな健二は捨て置いて、さっさと椋也とだけ話を進めてしまう。

「あー、あいつか、あいつな」

「どう思う?」

「どうって言われてもなぁ……」

 椋也はしばし考え込んで、それから不意に、ぽつりと呟いた。

「胸がデケェ」

「そんだけ考えてそれかよ!」

 叫んだのは健二だった。

「そうは言うが、ついこないだまで中学生だったサイズじゃねえぞ。あれクラスどころか学年でもトップクラスだろ」

 前のめりになって訴える姿を見て、こいつとは馬が合いそうだと確信したのを覚えている。

「じゃあ、やっぱ付き合いたい感じ?」

「は? なんで?」

「いや、だって、ぶっちゃけ巨乳じゃん?」

「だからって付き合いたいかっていうとなぁ」

「は? いやいや、美咲ちゃん良いだろ、めっちゃ良いだろ」

「性格キツそう」

「そ、こ、が! そこがいいんじゃねえか! あと意外と良い子なんだぜ?」

 話が一周して戻ってきた。

 笑いながら二人の肩を叩き、ちょっと女子組から冷たい眼差しを向けられていることを指差して教える。

 二人はすんと我に返り、潜めた声で言い合い始めた。

「で、じゃあなんだよ、お前はその美咲狙いなんか」

「お前じゃねえ、健二だ」

「はいはい、んで健二は美咲に告ると」

「おうよ。いや待て違う」

「言質取ったぞ」

「ほーら行ってこーい!」

 二人でバシバシと健二の背中を叩きながら、冷たい眼差しを向けてきていた女子たちのところへ向かう。

 そこには美咲をはじめ、先の電車に乗らなかった幾人かが残っていた。

「健二君と灯利君と、そっちは椋也君だっけ? なんの話をしてたのかなぁ?」

 ニヤニヤと笑いかけてきたのは杏だ。

「この後どうするかって話をな」

「そういう君らは? 帰らんの?」

 まさか胸のサイズで盛り上がっていたとも、健二が美咲狙いだと話していたとも言えず、適当にはぐらかしながら話を回す。

「こっちは、まぁちょっと歌い足りないかなぁって」

「違うから。あたしは二次会やろうって引き止められてただけ」

「二次会? いいじゃん! やろやろ!」

 美咲の言葉に健二が食いつき、向こうがため息を零したのにも気付かず杏たちと盛り上がり始めてしまう。

 椋也もため息をついた。

「強制?」

 その呟きには美咲も同感の表情を重ねてくる。

「いやまぁ、時間も時間だし全然帰っていいと思うけど、ここに残った面子ならさっきより楽しくやれるんじゃない? なんていうか、遠慮がいらない感じ?」

 ちょっと真面目が過ぎる総一朗と修二郎は勿論のこと、秋田も教室で騒ぐ分には好きにしてくれればいいんだが、盛り上げようとしすぎて空回りされると鬱陶しい。

 その点、今こうして残っているのは良くも悪くも緩い面子だ。

 杏が二次会に積極的だったのは、そういえばこの時の俺には意外だった。後から思い出せば、意外でもなんでもないんだけど。

「つうか、あんたってそういうキャラだったんだ」

「あんたって俺?」

 美咲のため息混じりの声に、他の誰かと間違えられたかなと不思議に返した。

「真面目クンってか、もっと融通利かないやつだと思ったんだけど」

「そうかな、割と適当だよ、俺は」

 笑って返すと、美咲はふぅんと興味なさげに答えるに留めた。

「ま、灯利は遊び人って感じじゃないし、どっちかっていったら真面目ちゃんだけど、言われてみるとしっくり来るよな。適当ってのはさ」

 どこから聞いていたのか、漂いかけた沈黙を追い払うのが健二だった。

「あ、もち悪い意味じゃねえよ? 適度に力が抜けてる感じ? ダウナー系っていうの?」

「ダウナー? それは初めて言われたな」

「けど、的は射てるかも」

 美咲の同意を得て、健二も嬉しそうだった。

 それを一歩引いたところから見ていた椋也が声なく笑い、杏も何かを察してニヤニヤしている。

「じゃ、二次会行きますか」

「今いる全員?」

「嫌じゃなきゃ、ね。あとは予定とか門限とかさ」

「門限とかいつの時代だって」

 いつの時代も門限はあると思うが。

 苦笑していたら、いつの間にかまた隣に来ていた健二が囁くように言った。

「お前は? いいの?」

「何が?」

「門限」

「そんなんないよ、関係ない」

「そうなん? てっきり、親御さん厳しい系かと思ってたんだけど」

「どうしてだよ」

 また苦笑して、思い描こうとした我が家に霧がかかっていることを初めて知った。

 あぁ、なるほどね。

 その頃の俺ではなく、夢を見ている俺が我知らず笑っていた。

 そこは夢の外、というわけか。

 けれど、その頃の俺には思い描く家があったらしい。

「むしろ、帰っても仕方ないんだよな」

「そうなん? あー、親と気まずい感じとか?」

 俺は三度、苦笑した。

「まぁそんな感じ。帰ってもさ、息詰まるんだよ。だったら――」

 ヴー、ヴーと何かが震えた。

 無意識にポケットに伸ばした手がスマホを掴んで、ちらりと一瞥だけして電源を落とす。

「いいの?」

 そう訊ねてきたのは誰だったか。

 あぁそうだ、杏だ。

 蛇みたいだな、とその時思ったのを、今初めて思い出した。小さく、可愛らしい蛇。その瞳は冷たくて、いつも笑っているように見えるのは錯覚だ。

「いいんだよ、別に」

 覚えている。

 この日、何かがあったのだ。

 とっくに日も落ち、夜更けというほどではないにせよ高校生の帰宅には遅すぎる時間帯。

 そんな頃になってようやく家に着いた俺を、その何かが待っていた。

「でも、なんだっけ」

 記憶と夢が乖離する。

 記憶の中にいる俺の背中を見送りながら、夢を見ている俺が呻いた。

「なんだ、何を忘れてるんだ、俺は……」

 街から明かりが消える。

 闇に包まれ、やがて闇は黒に塗り潰された。

 何もない、ただ無だけが背景として存在する夢の世界。

 それまで歩いていた俺は、だから慣性に従って歩き続けた。

 進んでも進んでも、背景は黒一色。前も後ろも、右も左も、何もかもが存在しない世界の中で、何かが見えた気がした。

 気のせい、だったのだろうか。

 それでも我知らず振り返っていた。

 光だ。

 光が見えた。



 手を伸ばせば、遠ざかる。

 いくら走っても、近付けない。

 だから叫んだ。

「待てよ! 待ってくれよ……!」

 しかし、光に近付くことは叶わなかった。

 なんでだよ。

 あそこに、あの光の中に、忘れている何かがあるはずなのに。

 手を伸ばしても、走り続けても、叫び声を上げてもなお届かない。

 どうしてなんだよ。

 夢なんだろ、夢の中なんだろ。

 だったらもっと自由に、俺の思い通りに――

「……今、なんて?」

 ふと我に返る。

「夢の中? ここが? 俺の?」

 呟けど、答える声などあるはずがない。

 けれども目を凝らし、遠ざかっていく光を見据えてみた時。

 脳裏にズキリと走った痛みが、何か忘れているぞ、と分かりきったことを教えてくれる。

 そうだ、分かりきったことじゃないか。

「何かを忘れていることの、何がそんなにおかしいんだ?」

 ただの人間に、平凡な高校生に、何もかもを覚え続けるだけの記憶力なんかありはしない。

 忘れて当然。

 それが人間という生き物で、だから『何か』を忘れていても驚くほどのことはない。

 そんな何かを必死に追いかける必要なんてないのだろう。

 だけど、だけどさ。

「それは忘れちゃえるような『何か』なんかじゃないだろ……!」

 遠ざかっていく光。

 手を伸ばすほどに儚く薄れる光。

 その正体を、その価値を――

 あの日、ようやく思い出したんだ。



   × × ×



 おれは弟だ。

 そのことは認めなくちゃいけない。

 姉ちゃんはおれより先に生まれて、おれは姉ちゃんより後に生まれた。

 だからおれは弟で、姉ちゃんは姉ちゃんなんだ。

 たぶん、大人はそれに気付いてない。

「ね、ね、あかり」

「なんだよ、そんなに手ぇ振り回すなよ」

 姉ちゃんはいつも元気だった。

 笑ってたし、走ってたし、手はめいっぱいに振るし、えっと……、いつも笑ってたし。

「あかりさ、楽しい?」

「何が?」

 姉ちゃんはいつも変だ。

 とつぜん話しだす。何を言ってるのか分かんないことも多い。

「お姉ちゃんはね、楽しいよ」

「だからなんの話だよ!」

「えへへ~、内緒だよ~!」

「意味分かんねえよ」

 たぶん、意味なんて求めてはいけないのである。

 イジンとかいうすごい人が言っていたから、たぶん正しい。花丸が貰える。

「姉ちゃんはさ、楽しい?」

「楽しいよ~」

「学校」

「楽しいよ~? だってあかりがいるもん」

「おれ、ずっとは一緒にいないじゃん?」

 姉ちゃんは姉ちゃんだ。

 姉ちゃんっていうのは、年上のことだ。

 だから姉ちゃんとおれは、学校だとずっとは一緒じゃない。

 家ならずっと一緒なのに。

 子ども部屋とかいって、おれだけの部屋は貰えないから。

「んー。でもね、お姉ちゃんは楽しいよ? あかりと二人で帰るの」

「姉ちゃん、ここ学校じゃないよ」

 ここは学校じゃなくて、学校からの帰り道だ。

「でもさ、遠足は家に帰るまでが遠足なんだよ?」

「今日は遠足じゃないよ?」

「そういうことじゃなくて……あれ? そういうことなのかな? あれれ?」

 姉ちゃんは姉ちゃんだ。

 おれより先に生まれたから。

 たったそれだけのことだ。

 なのに大人は、そんな簡単なことも分かってない。

 家についたら二人で手を洗う。じゃないと母さんがカンカンに怒る。

「そういえばさ、ねぇ、姉ちゃん」

「なーにー?」

「姉ちゃんは姉ちゃんじゃん?」

「そうだね、お姉ちゃんはお姉ちゃんだね」

「けどさ、母さんは母さんだよな」

「ん? んんん? そうだね、お母さんはお母さんだね」

「なんで?」

「えっ?」

「なんで姉ちゃんは姉ちゃんなのに、母さんは母さんなの?」

 分からないことがあったらお姉さんやお兄さんに聞きなさい、って先生は言う。

 でも、姉ちゃんに聞いても無駄だ。こういうことを『らちがあかない』っていうらしい。

「ごめん。あかりの言うこと、ちょっと難しいんだよ」

 姉ちゃんは変だと思わないのかな。

 姉ちゃんは姉ちゃんなのに、母さんは母さん。

 ……あ、でも、それでいいのかな。ミィちゃんはミィちゃんだけど、ゲンさんはゲンさんだ。ミィちゃんは猫だから可愛いけど、ゲンさんはおじいちゃんだから可愛くない。

 そうだ、ゲンさんはおじいちゃんなのにゲンさんだ。

「姉ちゃん、分かったよ」

「ふ? ふぁひふぁ?」

 姉ちゃんはうがいをしていた。

 手を洗うのは二人一緒でもできるけど、うがいは一人でしかできない。コップが一つしかないから。

 それで諦めた。

 けど、諦めてよかったかもしれない。

 前に三年生の男子が猫を可愛いって言って、女子にからかわれていた。おれはからかわれるのは嫌だ。

 ……姉ちゃんは、嫌じゃないのかな。

 姉ちゃんはいつも笑ってる。いつでも笑ってる。好きだけど、少し嫌い。

「姉ちゃん」

「ん? なに?」

「ゲームしよ、ゲーム!」

 昨日は釣りをした。大物を釣った。姉ちゃんは三十センチだったけど、おれは二メートルのを釣った。

「ダメだよ、先に宿題しないと」

「おれもう終わってるし」

「えっ? なんでっ!?」

「帰りの会の時にやるようにしたんだ。そしたら帰ってきてすぐにゲームできるもん」

「ずるい! ずるだよ!」

「だから姉ちゃん、ゲームしよ!」

「待って! わたしまだやってないの! ごはんの前にやらなきゃ怒られちゃうの!」

 姉ちゃんは泣きそうになりながら……じゃなくて、泣きながら言うけど、待っててもやることがない。ひまだ、たいくつだ。

「じゃあ姉ちゃん、おれは先にゲームしてるから」

「なんで!? あかりは弟でしょっ!?」

「弟だからどうしたの?」

「あかりは弟で、わたしはお姉ちゃんなんだよ!」

「……え、うん、だからどうしたの?」

「だから! 一緒にいないとダメなの! 先にゲームしに行っちゃダメなの!」

 おうぼうだ。

 ぼうくんだ。

 どくさいってやつだ。

 だけど、おれは弟だから。姉ちゃんは、姉ちゃんだから。

「じゃあ早く終わらせて」

「むり」

「どうして」

「わたしは……お姉ちゃんは、五年生なんだよ?」

「だから?」

「五年生のお姉ちゃんは、二年生のあかりより難しい宿題をしなくちゃいけないの」

 姉ちゃんは、じしんまんまんに言う。

「だから、早くなんてむりっ!」

「……じゃあ、早くなくてもいいから頑張って」

「うん! 頑張るっ!」

 姉ちゃんは、いつも元気だ。

 それから、いつも頑張っている。

 だけど。

 だから……。

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