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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
62/66

第62話 混沌の血(2/2)

 再び空で流れ始めた映像。今度はグレースやほかの仲間にも見えている。


 そこには、さっき初めてみた、俺の両親の姿があった。


 母は赤ん坊を抱きながら大きな木製テーブルの前に座っていて、反対側の椅子には父親の姿があった。


「何の呪いなのかしらね、あたしたちの不幸は。あたしのほうは、『曇りなき眼』なんていう役に立たないスキルを覚えたせいで捕えられ、外に出られずにいて、あなたに至っては、ツノシカ村で産まれたばかりに、どこへも行けない」


「君のほうはまだいいじゃないか。転生者だから、たとえ外に出てもマリーノーツに来る前までの記憶は持ち続けていられるんだ」


「でも、柵をまたいだら、あなたとの思い出も全て忘れることになってしまうわ」


「それでも、君だけでも全てをやり直して、幸せに生きてくれたなら、俺はそれでいい」


「そんなこと言わないで」


「俺のほうは、まず無理だ。どうにもならない。子供の頃に、友達と柵の近くでふざけ合ってたことがあったんだ。うっかり一人が柵をこえてしまって、まるで人形のように動かなくなってしまった。呪いがある限り、外には出られないんだよ」


 ツノシカ生まれの父親もまた、ツノシカ村からは出られなかった。村から出ると自我を失い、人形のようになってしまうと教え込まれていたし、実際に柵の外に出て、そうなってしまった人を目の当たりにしたことがあった。


 柵の中で起きたことを忘れる呪いは、確かにあったのだ。


 このままでは、一生を村の外に出られずに過ごすことになる。ツノシカ村の住人であるばかりに、この村で生き続け、死んでいく運命にあるのだ。


 転生者である俺の母は決意に満ちた声で言う。


「あたし、地底湖の魔王に挑戦しようと思う」


「あの恐ろしい狼の大魔王にか? 無茶だ」


「それでも、もうやるしかないと思うの。街を囲うほどの強い忘却の呪いが維持されているのは、あの大魔王の溢れる魔力があるからよ。だから、あれを倒して、みんなをツノシカから自由に出られるようにするのよ」


「……君を失いたくない」


「もちろん勝つつもりでいるわ。あたしはね、産まれたばかりで、まだ名前さえ決まっていない可愛いこの子に、無限の可能性を開いてあげたいのよ」


「わかった、俺も一緒に戦うよ」


「は? そうは言うけど、あなた、偽装とか誤認とか、戦闘に向かないゴミスキルばかりじゃない」


「それは君も似たようなものだろう。『曇りなき眼』もちが何言っているんだ。それに、俺のスキルだって、戦闘に応用することだってできるはずだ。たとえば、君の武器を敵から見えないように隠したりだとかね。だから、二人で大魔王を倒そう」


 話がついたとき、赤ん坊の俺は泣きだした。


 そうして戦いが始まった。狼の大魔王は、俺の父親からすれば先祖にあたるのだが、そうとは全く気付かずに、討伐にかかった。


 返り討ちだった。見どころさえ無く二人とも命を落とした。


  ★


 ある朝、一人の若い男が、新聞片手に木造小屋の扉をノックした。今では近所のおじさんになっている人だ。


 ゆっくりと扉を開いた老人は、おとなしい赤子を抱えていた。


 その赤子は俺だ。


 若者は興奮気味に、


「じいさん、聞いてくれよ。すごいことが起きたかもしれない!」


「まあとりあえず座れ。どうした、頭でも打ったか? 薬では治らんだろうが、一応、()てやろうか」


「そんな皮肉は後にしてくれ! 実は今朝、水汲みがてら滝つぼを見に行ったんだよ。そしたら、いつもいるはずの狼の大魔王の姿が見えないんだ。いつのまにか消えていた!


数週間前には二人が戦ったはずだから、姿がないのはおかしい。まさか逃げ出したんじゃないかって思って不安になって、しばらく地下室で震えてたんだよ。村が襲われたらどうしようって頭を抱えながらさ。


ところが、よくできた伝言鳥が地下まで届けてくれた新聞を見たら、どうよ。一人の英雄が、奇跡の霊薬を使って、全ての魔王を消し去ったって言うじゃあねえか」


「ほう、その英雄の名は?」


「ええと、ラックっていう転生者で、本名がええと、読みにくいな。オリヴァ、ラッコン?」


「……よし、ようやく、この子の名が決まったぞ」


「急にどうしたんだ、じいさん」


「ツノシカ村を救ってくれた大英雄の名をとり、オリヴァンと名付ける!」


 じいちゃんは、赤ん坊の俺を天井に向かって持ち上げていた。


  ★


 グレースは微笑んだ。


「見た? ほら、見たでしょう? 結果はとても残念だったけれど、オリヴァンのために、希望を胸に二人は戦ったのよ。あなたの未来のために! どう? 誇れるでしょう? あなたの血を。あなたの家族を」


「二人が命を落とした数週間後には、大魔王が消滅したわけだろ。結果だけで言えば、挑む必要は無かったんじゃないか。戦いを好む血が騒いだのかもしれない。命を落とす必要なんてなかった。もしかしたら、二人は俺を置き去りにしたかったのかもしれない。子供を捨てる血が騒いだんだ」


 俺がそう言うと、グレースは一気に目に涙を溜め、すぐに泣きだした。


「なんでそんなこと言うのよ」


 遠くから、矢が飛んできた。寒気が走った。俺の顔のすぐ横を通って、かなり離れた場所の、色あせた岩を砕いた。


 遠くから、土魔法が炸裂した。俺の頭の上から、そこそこ硬い石の塊が降ってきた。


 頭に衝撃を受けて、俺は倒れた。


「えっ、オリヴァン、大丈夫?」


「ごめんグレース。どうかしてた。俺が悪かった」


「ううん。苦しかったよね」


 そしてグレースはぼろぼろと涙をこぼしながら、俺の頭を掴んで引き寄せた。それから、ずっと優しく抱きしめてくれた。


 あったかいな、と俺は思った。


「なあグレース。俺は、グレースと一緒にいていいのかな」


「当たり前でしょ。私には、オリヴァンが必要よ」


「ありがとう」


「だからね、オリヴァン。すべてが終わったら……」


「終わったら?」


「えっと……その、なんでもないわ」


 きっと、一緒になろうということなんだと思う。すべてが終わったら、俺から彼女に言おうと思った。




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